俺にも振り返って笑顔を投げかけた彼女。その身体を──赤い弾が貫く。
「は?」
驚愕と、訳が分からないと言うような表情を浮かべた後、アルスは……。
「……くそっ、カッコ……わりぃ」
彼女は斃れた。起き上がることもなく、ただ赤い水溜りが広がるだけ。
その光景に俺は思考がまとまらなくなる。覚悟はしていたはずなのに、頭が真っ白になってまともに考えられない。
「……あ……あ」
「お気を確かに主さま! 今はショックを受けている場合ではありません!」
セイバーの声が聞こえる。言葉は聞こえるはずなのに上手く理解が出来ない。
この状況への混乱と、そして……。
「……ふ、ふふふ。まずブタを一匹……仕留めてやったわ」
膝をついたまま、空いている左手で手銃の形を作って嗤うランサー。……さっきの一撃は彼女の仕業だ。
アルスをあんなにしたランサー、俺の方にも狂気で濁った水色の瞳を向ける。
「っ!?」
奔る強烈な恐怖。彼女はそれを感じ取り愉悦に浸る。
「いい顔じゃない。……待ってなさい、すぐに同じ目に遭わせてあげるから」
どうしようもない状態。ランサーの狂気と殺気に圧されて精神が潰されそうになる。
(駄目だ……ここで俺まで潰れたら、それこそ終わりだ)
寸前で何とか理性を取り戻そうとする。ようやく働き出した正気で、美星が倒れているアルスの状態を確認している事に気がついた。
「安心しなさい、出血は酷くても急所は外れているわ。止血すればしばらく保つはず」
彼女はまだ生きていた。けれどしばらく保つと言った、それまでに決着をつけて医者に診せる必要があると言うこと。
「……ますます折れるわけにはいかないな。ランサーは──」
光の粒子の分離は止まり、再び立ち上がろうとするランサー。瞳の狂気は消えていない、霊基の分離は不十分か。
「美星さん、令呪は残り一画だろ。もう一度すれば……」
「思ったより霊基の結合が強いわ。完全に分離するにはまだ一、二手足りない気がします。
それに残りのチャンスは一度。今度こそ確実に成功させなければ」
今度はより消耗させる必要があると言うこと。
ランサーは確実に弱り続けている。さっきみたいに圧せばいいだけの話、ダメージは与えられるようになった。全然大丈夫……。
「ふふっ、ははははっ!」
だけど俺の推測を嘲笑うように彼女は哄笑を響かせる。
「こんなに弱ったアタシなら倒せると、そう思っているのでしょ。バカね! アナタ達なんかアタシの力の足元には及びはしない。
本気の本気、今見せてあげるわ」
そう言って立ち上がったランサーの様子は、異様な雰囲気を放っていた。
これは、何をする気なんだ。
「……だめ」
かすかな声が聞こえた。それは半壊したキャスターからの呟き声だった。
「ランサーは……固有結界を使うつもりだわ。……今すぐ逃げて、さもないと──」
「今更遅いわ。味あわせてあげる、アタシの支配する──『チェイテの夜』を」
──いつの間にか別の森にいた。
今までいた森とは全く異なる。生えている樹木はずっと高く暗い木々ばかりで、夜空に浮かぶ大きい満月が真上を照らす。
(今日は満月じゃなかったはずだ。同じ森の中でもさっきまでいた場所とは全然違う……まるでヨーロッパ辺りの、外国の森みたいじゃないか)
ずっと前に観たテレビの海外ドキュメンタリー番組を思い出す。、まさにそんなイメージ。
「おい……何の冗談だ、あれは」
何より異様な光景は森の向こうに見える巨大な、石造りの城だ。長年の歴史と伝統を感じさせる由緒正しい古城の風貌、それが急に姿を現した。
冗談と思ってしまう程に非現実的で。そんな中でキャスターの呟きを思い返す。
(固有結界……と言うことは、ここは結界──ランサーが作り出した空間、なのか?)
「これがアタシの固有結界。生前所有していたチェイテの領地を再現した空間、領主であるアタシが治める場所よ」
ランサーは勝ち誇ったように俺達を見据えて言った。
「もうアナタ達には万の一つにも勝ち目はないわ。全員まとめてアタシのために無様に喚いて……死になさい」
圧倒的な上位者の態度。何かがあるのは分かっている。
……それでも逃げることは出来ない。美星が応急処置で止血こそしているものの、早く治療を受けさせる必要がある。
「気をつけろセイバー。この空間、何かあるはずだ」
「ダメージと消耗は残っているはず。速攻で半殺しにすれば!」
瞬間、セイバーはランサーに迫る。
彼女の四方八方を高速跳躍。移動を繰り出していくつもの残像を残す。
さながら分身の術のように、どれが本物かも見分けがつかない。その中の一人がランサーに近接を仕掛ける。
槍で振り払う彼女。──だったが、それも残像の一つ。残像が掻き消えたと同時に背後から一閃が浴びせられた。
「マスターが受けた借り、倍にして返してやるよ!」
続けてバーサーカーの正拳突きが襲う。ランサーは吐血しダメージを受ける。
……空間を形成しても本人は強くならないのか?
セイバー達はランサーを追い詰める。
絶え間ない猛攻を受ける彼女。……その筈なのに。
「──ふっ」
おかしい。途中からランサーに余裕が戻っていた。
「くそっ! こんなこったろうと思った!」
「攻撃が通らない? ……ランサーの魔力が、戻っている!?」
セイバーの一太刀を竜化させた腕の鱗で防ぐ。
少し前まではその守りも弱まっていたはず、失われた防御力が復活しているのか。
いや、それだけじゃない。
「……うっ、はぁ」
俺自身ひどく消耗している。
サーヴァントに生命力、魔力を送っているから当然にしても。ここまで消耗するのは早すぎると感じた。
戦っているセイバー、バーサーカーも同じように消耗し出している。……この空間に入ってから急速な消耗だ。
「なるほど……そう言うものですか、ランサーの固有結界は」
今はサーヴァントを使役していない美星までも疲弊した表情だ。
彼女は青ざめた顔を俺に向けて伝える。
「彼女の作り出した空間は、私達やサーヴァントの魔力を奪い取って……自分のものにしてしまう。
……状況は最悪です」
セイバー、バーサーカーの同時攻撃を槍で防ぎ、圧し返すランサー。
そして俺達に向けてにやりと笑みを浮かべる。
「よく分かっているじゃない。
──そうよ。この固有結界はアタシが生前治めていた領地、チェイテを再現したと言ったでしょ。
アタシこそが『領主』! そしてこの場所にいる以上はアナタ達は『領民』。残っている魔力はアタシのために徴収されて然るべきじゃない?」
固有結界なんて初めて聞いたが、ただ異空間を形成するだけじゃない。
(空間を作り出し、さらに独自の『法則性』、『性質』までも空間内の者に強制させる。
ここでは一般法則は通用しない。現に何をするわけでもなく俺達の魔力はランサーに……)
この空間に入ったばかりは優勢に回っていた二人も、さっきまでは互角。今は──。
「あはははっ! やっぱり大したことないわねっ、アナタ達!」
竜化した左手でバーサーカーの拳を用意に受け止める。
「ぐ……っ」
「拳も全然軽くなったわね。もうアタシには効かないわよ」
続けて放たれたセイバーの斬撃さえ鉄壁の鱗で尽く防がれる。
「──もちろんアナタの刀も、ね」
そして、槍のたった一薙ぎで二人まとめて蹂躙する。
絶望的なまでの差だ。セイバーとバーサーカーの魔力は奪われ、ランサーは力を取り戻した。
美星がぼそりと呟く。
「……ランサーを元に戻すことは、もう無理ね。彼方君」
彼女は俺に眼差しを向ける。
「この空間なら逃れるには彼女を倒すしかないわ。私は残りの令呪を彼女の足止めに使い、貴方は令呪でセイバーに全力の宝具を放つように命令しなさい。
ランサーを倒さなければ、私達は全員助からないのだから」
対ライダー戦で使用したセイバーの宝具は、簡単に言うなら強力無比な一太刀だ。今は魔力が弱まっていても、令呪の力があればあの時と同じ……それ以上の一撃を放てるかもしれない。
彼女を倒す。そう言った美星の表情には一切の余裕がなかった。
(あんな変わり果ててしまったまま、ランサーを倒すしかないのか)
「頼むぜ彼方っ! 俺のマスターはああなっちまっている。今はお前が頼りなんだ!」
切羽詰まったバーサーカーの声が響く。覚悟を決めるしかない。
「っ、セイバー!!」
俺は右手をかざし令呪を行使しようとした。……が。
「──ふふ」
「なっ!?」
ランサーから放たれる魔力の奔流と気迫に呑まれ、全身が麻痺してしまう。
まるで蛇に睨まれた蛙だ。セイバー、バーサーカーさえも足を止めるほどの魔力増大。……まさか。
「そろそろお遊びにも飽きて来たわ。一思いにフィナーレと行きましょう。
光栄に思いなさい。アタシの最っ高の『宝具』を味わうことが出来るのだから」
翼を広げて彼女は跳躍。その背後から大型の何かが出現した。
──城を模した巨大スピーカー。彼女は槍を地面に突き刺し、柄を足場に着地し不敵に笑う。
「聞かせてあげる! アタシの
────
ランサーから放たれる圧倒的威力のブレス。
彼女のボイスはスピーカーによって何倍にも増幅され、全てを薙ぎ潰す破壊の波となる。
「っ!!」
津波のように広範囲で迫るブレス。逃げることはできない、俺達はここで終わりだ。
覚悟して両目を閉じた。けれど、数秒経っても変化はなかった。再び目を開けると……。
「万一の試作品だけど、用意して良かったわ」
俺達全員は半透明、半球体の殻にような障壁で守られていた。
美星が右手に握られていたのは正六角形の機械装置。俺と倒れたままのアルス、それにセイバーとバーサーカーの前に出て彼女は装置を前にかざしていた。
「これは、貴方の装置が……」
「ええ。Aエナジーを防壁として展開する携帯型フォース・フィールド発生機、サーヴァントの宝具でも持ちこたえる強度はあるようね」
彼女のおかげで首の皮一枚繋がったみたいだ。……いや。
俺達全員を守るエネルギーの障壁に亀裂が入る。フォース・フィールドはもう保たない、そうなれば今度こそ俺達は終わりだ。
「ここまで……ですか」
美星は唇を噛む。そんな中でセイバー、バーサーカーが太刀と剣を構えて前に出た。
「ここからはボク達の役目です!」
「残りの威力ならギリギリ防げるかもだ! やるしかねぇ!」
次の瞬間に障壁は砕けた。
と、同時に押し寄せる破壊の波。サーヴァント二人は俺達を守るために宝具を防ぐ盾となる。
「──っ! 霊基が消し飛びそう……でありますっ」
決死の覚悟で宝具を受け止めるセイバー達。凄まじい破壊の奔流、美星のおかげで威力の大半を防げた。おかげで──。
辺りの地面は樹木もろともことごとく抉れ、破壊の跡を一直線に残していた。
無事だったのは美星、そしてセイバーとバーサーカーが防ぎきった俺達の周囲だけだった。
「……助かった、セイバー」
「ふふ、っ。ボクにかかればこれくらい──」
セイバーは俺に振り向いて笑みを投げかけようとした時、崩れるように倒れた。
「く……っ、戦う為の魔力が、完全に切れたってわけか」
バーサーカーさえも両膝をつき立ち上がれないでいた。俺達には今度こそ戦う力を失ったんだ。
確かに宝具で消し飛ばされずには済んだ。けれど、これじゃ『悲惨な死』を遂げる運命は変わらない。
「アタシの宝具を防ぎ切るなんて。認めてあげるわ……ただの子ブタどもじゃないって」
地面に着地し、俺達を見据えるランサー。
嘲るような笑みを消し、槍を持ったまま俺達に歩みを進める。
「どうせ殺すなら愉しむのも悪くはないけれど、領主として敬意を払うわ。
安心しなさい、苦しまないように一突きで仕留めるから」
「……」
終わりだ。着実に迫る終焉にどうすることも出来ない。
「さようなら。アナタ達の血、アタシの糧としてあげる」
槍先が月光を反射して赤く光る。
これが俺達全員の、運命なのか。
「──もう止めるんだ、ランサー」
聞き覚えのある声。
その方向にいたのは……。
「……タケル? どうして」