Fate/Cosmic Light   作:双子烏丸

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第二十三節 悪くない──かすかな救い

 ────

 

 それは初めて彼女、ランサーと出会った時の事だった。

 

「──もう目を開けていただいても構いません」

 

 目隠しを外されて、僕は未知の部屋の中にいると気付いた。

 場所は秘匿されて何処かも分からない。壁と床も機械と一体化したような金属の床、光のラインが絶え間なく走り、まるで巨大な機械装置の中……もしくは生物の中にいるような感覚を覚える。

 

「ようこそ、竜禅寺タケルさま。あなたの望む『力』は間もなくです」

 

 僕をここに案内したのは、スーツを纏った女性だった。

 前髪で片目が隠れてもう片方の赤い目でこちらを覗く。

 

 

 彼女はハルと名乗った。そして『聖杯戦争』と呼ばれるシステムを行うためにマスターを探しているとも。

 他のマスターと戦い、最後の勝利者になれば何か一つ、どんな願いでも叶えられる権利が与えられると言う。……僕にとってそんなものはどうでもいい。

 

「本当に……ガイアスが関わっているのか」

 

「はい。テロ組織ガイアスは我々が運営する聖杯戦争に目をつけ、ガイアスのトップに立つ『総帥』と呼ばれる人物自らがマスター権を奪い、強引に参戦を行いました。

 危険な要素は排除しなければ。ガイアスが仇であるなら、今後も協力は惜しみません」

 

「──」

 

 ガイアスは地球への回帰と反科学文明、反宇宙開発を提唱する世界規模のテロ組織だ。

 各地の施設で破壊活動を行ったガイアス。その中で最悪な被害を出した十年前の『シリウス宇宙空港爆破テロ』。

 

(あの時、幼い僕とお父さんとお母さん、それにお兄ちゃんもいた。

 ──月に旅行に行くはずだったんだ。シャトルに乗る前に僕はジュースが飲みたくなって、一人で自販機に向かった。……その後の光景は)

 

 爆発と炎、そして死。僕も爆発に巻き込まれ、薄れゆく意識の中で見た光景は今でも忘れない。

 僕は重症を負い、病院に運ばれて一命を取り留めた。運良く爆心地から離れていたのが幸いした。……家族は違った。

 テロによって数百人規模の人間が命を落とした。僕の家族も、あのテロで失った。

 

「この力でガイアスに、罪を償わせる」

 

 右手の拳を握る。その甲には三角形の赤いアザ、聖杯戦争の参加権と言える令呪が刻まれていた。

 

「では右手を機械に差し込んでください。

 タケルさまの身体と精神、データを直接繋げて相応しい英霊──サーヴァントを顕現させましょう」

 

 部屋には二つの装置があった。

 一つは近くにある四角柱型の台座。正面には手を入れられるくらいの孔がある。

 そして台座を数歩先、丁度部屋の中央にはもっと大きな機械。中身が空っぽの円筒のカプセルが鎮座していた。

 壁と床を伝う光のラインも中央のソレに集約されている。部屋の床と天井と直接接続されて、まるで太い柱のように目の前にあった。……高度な科学技術で作られた部屋全体と装置。これも聖杯戦争を動かしている天原銀星、コズミック・セントラル社の科学力で作られたのか?

 

 

 言われるままに台座に手を入れる。同時に二つの装置、そして部屋全てが稼働する。

 ラインを伝う光量も増大する。大量のエネルギーが機械のカプセルに集まり、ガラス越しに見える空だった中身に『何か』が満ちる。

 光の塊。それはやがて人のカタチをなして姿を形成する。

 

「これがあなたの喚び出した、サーヴァント──ランサーの誕生ですね」

 

 眩い輝きの後、光は止んだ。

 カプセルが開き、その中から何かが現れる。

 竜の角と尻尾を持つ真紅の髪の少女。水色の瞳を向けて高圧的な微笑みを浮かべながら

 

「貴方がアタシのマスターかしら? ずいぶんみすぼらしい……小イヌじゃない」

 

 カプセルから降りて、僕に歩み寄る少女。右手を開く──何もない空間に禍々しい長槍が実体化して現れる。

 

「そうだ。僕が君のマスターだ」

 

 瞬間、瞬きする間に槍の切っ先が僕の喉に突きつけられていた。冷酷な視線、殺気までも向けて言い放つ。

 

「言葉は考えた方がいいわ。アタシの真名はエリザベート・バートリー、生前は数え切れないくらいの生娘を贄にして血を浴びてきた鮮血魔嬢。

 その気になればアナタなんて八つ裂きにするなんて造作もない……怪物よ」

 

 エリザベート・バートリー、歴史に名を残す残忍な悪女。

 その恐ろしさは僕でも知っている。──それでも。

 

「だから、どうした」

 

「……へぇ」

 

 彼女の正体を知って恐ろしくも思った。でも僕にはそれ以上に、成し遂げるべき事がある。

 

「君が怪物だろうと、聖杯戦争さえもどうでもいい。

 僕の家族を奪ったガイアスへの復讐を果たす。その為なら僕も怪物にでも、何にだって成り果ててもいい。命さえも惜しくない。

 ……サーヴァントはその為の手段にすぎない」

 

「──」

 

 僕のサーヴァントは口を閉ざしたまま見つめる。

 鋭い視線と殺気は薄れ、槍先も降ろされる。

 

「怪物に……ね」

 

 視線を僅かに落として小さく呟く。それからまた僕を見て、こう話した。

 

「その態度、気に入ったわ。アナタの復讐に付き合って上げる。代わりに一つ約束をしなさい」

 

 淡々と、同時に強い意思を感じる言葉。

 そして僕はランサーと約束──契約を交わす。

 

「アタシはマスターの目的のための手段であり道具、アナタのための槍になってあげる。

 だからこそ手を汚すのもワタシの役目。タダで力を貸してあげるのだから、マスターもその約束を忘れないで。

 ──怪物はアタシだけで十分なのだから」

 

 

 

 ────

 

 アサシンの霊基を取り込み、狂気に陥ったランサー。

 彼女の力は確かに強大だった。けれど彼方たちマスターとサーヴァントの力を借りて追い詰めることに成功した。

 そして今……。

 

「……ぐうっ……はぁ……あ」

 

 固有結界も解除され、僕達は元の空間に戻っていた。

 そして、目の前の変わり果てた僕のサーヴァント・ランサー。

 まるで手負いの獣だ。セイバー、バーサーカーの戦闘で深手を負ってはいるものの、むき出しの凶暴さは変わらない。

 そんな彼女の前に僕は歩み出ていた。

 

「……アナタは……っ!」

 

 僕に気づいたランサーは目を見開いて迫る。

 一瞬で僕を地面に叩きつけ、馬乗りになって槍先を突きつける。

 

「くっ!」

 

「丁度……いいわ。その血さえあれば、アタシは──!」

 

「タケル!?」

 

 向こうでは彼方の驚く声も聞こえた。

 今のランサーは本当に血に飢えた獣だ。でも、それでも。

 

「ランサー、これが君の望みなのか?」

 

「!!」

 

 彼女は目を見開く。僕の姿がしっかり映り込むほどに。

 けれどすぐに残忍な笑みをこぼし、言い捨てた。

 

「……はっ、当然じゃない。アタシは怪物なのだから、怪物らしく振る舞って何が悪いの」

 

 さも当然のように答える。けれど、それは……。

 

「それは君が望んだ結果じゃ、ないはず」

 

「──」

 

 唇を噛むランサー。

 

「今からでも間に合う。君だって本当は──」

 

「黙りなさいよっ!!」

 

 彼女は平手打ちを放った。

 頬に受けた強い一発。意識が飛びそうになるほど痛く、内側が裂けて血の味がする。

 

「アタシが生前何をしたのか知っているでしょ!? 若いままでいるために生き血を求めたバカな娘! そのために残酷な方法で多くの命を奪った救いようのない怪物!

 ……アタシはそうなった、なってしまった! 完結した結末は変わらない……それがアタシたち(サーヴァント)

 

 そうまくし立てると、自虐の嗤い声を力なくこぼす。

 

「アハ……ハハ、っ。……なっちゃったからには、もうね、そう振る舞うしかないじゃない。

 怪物は怪物らしく、人間(ブタ)どもを殺して、殺して、血を浴びてやるわ」

 

「別の方法だってある。自分が怪物になる結末は変わらなくても、他の誰かまでも怪物にならないで済むように戦う道が。

 ──それが以前の君だったはず」

 

「く……っ」

 

 突きつけられた槍先が僅かに揺らぐ。

 

「復讐に取り憑かれて、何を犠牲にしてでもいい。僕も君と同じ……怪物になろうとしていた。

 君はそんな僕を救おうとしてくれた。聖杯にかける願いがなくても、消えないかもしれない罪滅ぼしだとしても。

 なのに僕は自分のことばかりで、ランサーの事を見ていなかった。……ごめん」

 

「何よ……今更。

 ……そんなのアタシの気の迷いよ。バカらしいことに、すぎないわ」

 

 確かにそうかもしれない。

 ランサーの本性は救いようのない怪物かもしれない。──だとしても。

 

「それでも、そうする事で少しは君も救われているようだった。

 たとえ僅かな……泡沫の救いに過ぎないかもしれないけれど、僕が覚えているランサーは、そう見えたから」

 

「救われるわけがない、アタシは……」

 

「でもサーヴァントになってまで罪を重ねることはない。それだと逆に苦しいだけだ」

 

 ランサーは顔を反らして、口を閉ざした。数秒の沈黙を挟んで、ぼそりと呟くのを聞いた。

 

「アナタが……言わないでよ」

 

 それと同時に槍も僕から離した。

 使うなら今しかない。僕は令呪を向けて、こう告げる。

 

「令呪を以て命じる。君が望む道を選んで、ランサー」

 

 

 

 手の甲に刻まれた令呪が光る。

 それと同時に、ランサーの力が抜けて、背中から光の粒子が立ち上る。

 

「結合していたアサシンの霊基の完全分離、今度こそ成功のようですね」

 

 後ろからアサシンのマスターだった女性が呟くのを聞いた。

 

 彼女の身体からは粒子が放出され続け、少しした後に止まった。これでアサシンの霊基も分離しきったのだろうか。

 そしてランサーは力尽きたように倒れた。僕は彼女を抱き止めて様子を確かめる。

 

「……ランサー?」

 

 僕の声掛けに、僅かに動いて顔を上げた。

 

「マスター……あたし……」

 

 うっすらと目を開ける彼女。さっきまでの狂気は瞳からも消えているようで。

「良かった、正気に戻ったんだ」

 

 僕の言葉にランサーは寂しげな笑顔を浮かべる。

 

「言ったでしょ? あれがアタシの本性なのは変わりないわ。今こうしているのは、ただの気の迷いみたいなもの。……でも」

 

 けれど、彼女はほんの少し穏やかな顔で、こう続けた。

 

「バーサーカーからさっき受けたダメージは残っているのに、頭痛はずっと……楽になった気がする。

 気の迷いに過ぎなくても……悪く……ないわ…………ね」

 

 声も次第に弱まる。そして言い終わると同時に、今度こそ力尽きて意識を失う。

 僕は目を閉じる彼女を抱き上げて、振り返る。

 

「おい? ランサーは無事なのか?」

 

 心配そうに声をかけるバーサーカー。傍らのマスター、アルスはため息混じりで言い返す。

 

「何心配してんだよ。最悪このまま倒されてても、敵が一人減るから丁度いいだろ?」

 

「ははっ! 俺は元のランサーとも正面切って戦いたいんだ。なのに、このまま消滅したらつまらないだろ?」

 

 二人とも随分な事を言ってくれている。けれど、僕はこう答えることにした。

 

「ダメージは残っているけれど、このまま消滅することはないと思う。

 数日かけて回復すれば、また元のランサーに戻るはず」

 

「そりゃ良かった! ならよ、その時には今度こそ正々堂々戦って、ぶっ倒してやる。セイバーの次にな!」

 

 バーサーカーの言葉に、僕はまっすぐ見据えて答える。

 

「僕のランサーは負けない。戦うと言うなら、返り討ちにしてみせる。……でも」

 

 アルスにバーサーカー、そして彼方とセイバー、アサシンのマスターを見回して、こう伝えた。

 

「僕を、ランサーを助けるためにここまでしてくれて、有難う。本当に感謝している」

 

「よせやい。そう礼を言われると、恥ずかしいだろ」

 

 アルスは片手で顔を少し隠しながら呟く。

 

「じゃあ、用も済んだしアタイらは引き上げるぜ。サーヴァントも結構消耗しちまったし、夜だって遅い。

 行くぜ、バーサーカー」

 

「了解だマスター。今日は特に大変だったが、その分楽しめた良い夜だったぜ。

 俺の方こそ感謝だ、小僧。またな!」

 

 二人はこの場から立ち去って行った。

 

「……タケル」

 

 そして声をかけたのは。彼方だった。

 

「お前が無事で良かった。もちろん、ランサーも。

 それに、俺の方こそ助かった。タケル達の助けがなかったら今頃どうなっていたか」

 

「僕だけじゃないよ。みんなの力があったから、ランサーを救えたから」

 

 そう話す僕を、彼方は意外そうな表情で見つめていた。

 

「……どうかした?」

 

 思わず尋ねると、はっとした後で、何て言えばいいか少し考えた後、こんな事を。

 

「いやさ、タケルはだいぶ変わった気がしたからさ。

 雰囲気が穏やかになったと言うか、今だって、話していた時に少し笑顔だったし」

 

「笑顔……僕が」

 

 自分でも気づかなかった。けれど言われた通り、何だか気持ちが軽くなったようなような気はしていた。

 そんな心変わり、おそらく──

 

「多分、ほんの少し気がついただけだと思う。色々と」

 

 今、腕の中で眠っているようにしているランサー。

 僕もまた、今回の事で少しだけ救われたんだと思う。復讐に囚われた怪物にはならなくて済んだのだから。

 

(僕は僕として、ガイアスに決着をつける。ランサーとともに──残された時間で)

 

 復讐心もまだ少しはある。けれど、それ以上に同じ被害を出さないためにガイアスと戦う。それが今の僕の決意だ。

 彼方はふっと笑みを投げかけて、応えてくれた。

 

「そっか、タケルが変わってくれて俺も安心した」

 

 ああ、こんな感覚は久しぶりだった。例え一時の安らぎだとしても……悪くはなかった。

 

 

 

「……あのー、主さま」

 

 そんな最中、彼方に彼のサーヴァント、セイバーが声をかけた。

 

「すまない、タケルにばっかりだったな。セイバーのことも忘れてない。どうかしたのか?」

 

 彼はセイバーに振り向いて尋ねる。

 

「えっと、もうこの場にはボク達しかいなくなっているでありますよ」

 

「……? そりゃあアルス達は別れを言っただろ。無事に事が済んだんだ、いつまでもここにいる理由もない」

 

「そうでありますけれど、あの二人はともかくキャスターとそのマスター、あとミホシと言った元アサシンのマスターはどうでありますか?

 勝手にいなくなって、何か企んででもしていたら」

 

「大丈夫だって、美星はサーヴァントを失っているし、キャスターは──」

 

 そこまで言うと、彼方は何か思ったように目を伏せた。

 

「……」

 

 ランサーが言っていた。キャスターは既に致命傷を受けて長くないと。

 だとするなら……

 

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