役目は終わった。
僕とキャスターはタケルたちと離れ、夜道を歩く。
「サーヴァントと言うのはやはり興味深い。ランサーはもちろん、貴方のサーヴァントも」
声がした先を見ると、そこにはアサシンのマスターであった女性がいた。
「貴方は」
「名乗っていませんでしたね。私は美星、しがない科学者です」
「……」
自分のサーヴァントも失ったのに動揺もない。彼女はキャスターに視線を向ける。
「固有結界、空間操作を行う魔術もまた素晴らしい。あれ程の術を行使出来るランサー、そしてキャスター……」
そこまで言うと瞼を閉じて、言葉を言い直した。
「失礼。今はそんな話をする気はなさそうですね。
では、偶然鉢合わせしてしまいましたけれど、私もこれでサヨナラです。──悔いのない時間を」
美星は一人去った。
けれど、今は彼女の事よりも……。
「……はぁ、っ」
「──キャスター」
胸を押さえてよろめくキャスター。
彼女には時間がない事は分かっている。だから、彼女が消える前に……。
森から出た先には、小さい草原があった。
木の葉に遮られずに空もよく見える、静かな場所。
「ここなら君と話が出来る。一緒に座ろうか、キャスター」
僕は草原に腰を下ろす。キャスターもすぐ隣に座った。
座って空に瞬く星を眺める。彼女は微笑みかけて言う。
「星が綺麗ね、マスター」
まるで少女のような、黒いドレスの姫になったキャスターの姿。
「僕が影響を受けた創作物のキャラクター、ダークアビス・ファンタジーの『アイナ・アム・アリス』姫……そのままに変わるなんて」
「ふふっ、マスターが強く思う
それだけにあの子のことを──」
キャスターの言葉に、僕は少し口を閉ざす。
「……わからない、僕には」
彼女から視線をそらしながら、話を続ける。
「好きとか、そう言うのじゃない。ただ、ほんの少しだけ許せなかっただけだった。……物語で、彼女が悲劇的な最後を遂げるのが」
ダークアビス・ファンタジーのアニメを観た時、僕もまだ小さかった。
主人公レイの活躍を追って、アイナ姫の回もあくまでその1、2回のアニメ話数に過ぎなかった。
冒険をする彼の旅先の一つ。姫は彼に恋に落ちるけれど、怪物に変えられて、主人公に倒されて命を落とす。
もう大分前でその時、どう思っていたかもあやふやで。少しだけ悲しかったような記憶がある。
でも、『その程度のもの』に過ぎなかった。
「あのアニメを見終わっても、僕の人生は続く。
学校や勉強、趣味の読書や絵を描いたり。……暗い性格で友人は出来なかったけれど、月日が経つにつれて、子どもの時に覚えがあるアニメの、物語の一つとして記憶の片隅に追いやられた。
半分、忘れかけていたと言ってもいい。けれど」
僕はまた、キャスターに目を向けた。
「大学に入って初めの頃、僕は同人誌と言うものに興味を持った。
一次創作〈オリジナル〉を元にその物語、キャラクターを使って別の
物語はある程度好きではあったし、絵も描けた。自分でも物語を作りたい……と言う望みはあったけれど、一から物語を書くのは難しいように思えて手が出せなかった」
だからこそゼロから一にする物語、一次創作が出来る人は尊敬している。
僕にはそれが、出来なかった。だから代わりに『あること』をしようと思った。
「それで僕も二次創作を、同人誌を始めようと思ったんだ。
何かを元にした物語なら僕でも出来そうだと考えて、その元になる『何か』をどうしようかも悩んだ。そんな時にダークアビス・ファンタジーのアイナ姫をふと思い出した。
──もし、彼女があんな最後を遂げずに幸せになれたらって」
「マスター……」
彼女が向ける視線。
一瞬ある感情が浮かんだけれど、すぐに自分でかき消し自虐に嗤う。
「馬鹿馬鹿しい、どうかしているんだ。
幾ら僕が二次創作を描いたところで、原作にくらべれば虚構に過ぎない。原作の悲劇は変えられもしないのに、僕は異なる結末を望むのを……描くのを止められなかった。
いや、そもそも一次創作さえも結局はフィクション、虚構だ。
僕は現実には存在せない世界、キャラクターに感情を揺さぶられて、救いを願ってしまった。
虚構に虚構を重ねてまで。何もかも、現実に存在さえしていないはずなのに」
今、目の前には、まさに僕が救おうとした
「僕だけじゃない。多くの人間が創作と知りながら、現実事のように感情を動かされて、時には現実以上に心動かされる。
創作を求めて、時には自分でさえ創り出そうともする。……分からない、現実でないものに人は、僕は、何故そこまで影響を受けるのか。
考えれば考えるほど、理解不能で……異常で…………狂気と考えるようになった。だから──」
『創作』と言う概念そのものが消えればいいと思った。
存在しない物に思い焦がれるのは、人類の抱えるバグであり、そんな機能は取り除かれるべきだと。
聖杯戦争の申し出があったのはその矢先だった。僕にはマスターになる素質がある、勝ち残れば望む願いを一つ叶えると。
信じていたわけではない。けれど、万が一本当であるならば、これは運命だと感じた。
人類の間違いを正す唯一の機会で、僕にはその資格が与えられたと。
「マスターに出会ったときのこと、私も覚えているわ。
真剣で、ひどく思い詰めていて、創作を……憎んでもいて」
「……」
聖杯戦争に参加し与えられたのが彼女、サーヴァント・キャスター。
ナーサリー・ライム──物語と言う概念そのものが英霊として召喚されたサーヴァント。彼女の言うように憎んでいた……いや、そんな感情を抱いていることさえ、認められはしなかった。
そのはずなのに、僕のサーヴァントは非実在と思っていたはずのモノが形となって現われた存在。
自我があろうとサーヴァントは僕の願い、人類から創作と言う概念の抹消を叶える道具に過ぎない。けれど僕が喚んだサーヴァントは僕が抹消を願った概念『そのもの』だった。
「……君が僕のサーヴァントになって、ずっと複雑だった。
こんな願いを持つ僕を拒絶するならまだ良かった。でも、それでも君は僕の為に戦ってくれた……どうして」
「私は貴方のマスターよ。サーヴァントなら、マスターの願いを叶えるために力を貸すのは当然じゃない?」
当然のように答えるキャスター。
僕は僅かな苦笑いで返してしまう。
「あの時も、君はそう答えたね。
でも僕は納得せずに更に問い詰めた。……その時に言った言葉が、僕は認められずに──令呪まで使って口を封じた。
……『僕が創作を愛してもいる』なんて」
キャスターがそう言ったことを、あの時の僕は認められなかった。だから令呪を使ってまで口を封じた。
でも、それは間違っていた。
「否定をする程に、葛藤も増えた。なら考えるのを止めればいい、無関心でいれば済む話だ。
分かっていても僕には出来なかった。そしてタケルと戦った時、君と同じことを言われて気がついた。──それでも、愛していたんだと」
僕の目の前には消えゆくキャスターの姿。
すでに身体は光の粒子と化しつつあった。もう時間もない、悔いのないように彼女には伝えたかった。
「存在しない
それでも、好きだと思った気持ちは理性じゃない。僕は不幸な物語を許せなかった。君の……『アイナ姫』が幸せになれる物語を願った。例え
彼女は僕を静かに見つめていた。
何も言わずに僕へ寄って──そっと抱きしめてくれた。
「あ……」
「──やっぱり、貴方が私のマスターで良かった」
感謝の言葉だった。そんな資格なんて、僕にはない筈なのに。
「そんな……僕は、君の存在を否定し、抹消しようと願った。感謝されるいわれは……ない」
受け取れない想いだ。それでも、キャスターは首を横に振って言う。
「私を愛してくれていると知っているから。
愛と憎しみはとても近いもの。貴方はマスターで、を読んで感動してくれた大切な読者。
貴方を傷つけてしまってごめんなさい。でも、私も貴方に伝えたいことがあったから……」
すでに消えかかっている彼女。光になりかけて透明になりかけた表情には、嬉しげな微笑みが浮かんで。
「ありがとう、マスター。私にたくさん向き合ってくれて。愛でも、憎しみでも、強く想ってくれたことが、とても嬉しかったわ。
貴方の物語も大好きよ。だって、いつもハッピーエンドで終わってくれるもの。だから……」
消えゆくなかでも彼女は笑顔だった。
「……これからも、物語をつくり続けてくれたら嬉しいわ」
「キャスター……消えないでくれ」
無駄だと分かっているはずなのに、つい口から溢れた言葉。
そんな僕に、キャスターは安心させるように、優しく告げた。
「安心して。読者がいて、書き手がいて、物語を望む人がいるかぎり。──私はずっとそばにいるから」
キャスターは光になって姿を消した。
一時の幻影のような彼女、まるで初めから存在していなかったようだった。……いや、聖杯戦争そのものも今になっては夢を見ていたようだった。
「……キャスター」
『物語』と言う概念を具現化したサーヴァントと共にいた。あり得ることのない時間を過ごした。
「僕の物語が……好き、か」
一人呟いていたとき、誰かの足音がした。
見るとそこには知っている人がいた。その姿を見て、聖杯戦争はやはり現実だったと思い起こさせた。
「キョウスケさん、ここにいたんだ」
そこには僕たちが助け出した少年、タケルがいた。
「……君か」
「彼方から言われて会いに来た。まだ、助けてもらったお礼を言えていなかったから」
慣れないような態度のタケル。
「僕とランサーを救ってくれて、ありがとう。それに、ごめんなさい。そのせいであなたのキャスターは……」
「気にしないでいい。僕とキャスターが決めたことだ。
それに聖杯戦争である以上覚悟もしていた。だから、謝らなくていい」
そう、これが僕たちの戦いの結果だ。今更後悔なんてしない。
タケルは少し沈黙した後、改めて僕に言った。
「……あと、さっきの話も聞いてしまった。
僕が言うのは違うかもしれないけれど……彼女の言ったことは嘘じゃないと思う」
「そっか……聞こえていたのか」
僕は彼から視線を外して、夜空を見上げる。
「結局のところ、本当は何がいいかなんて分からない。……今でも、どうかしているとも思っている。けれど──」
夜空の星を眺めながら、自分に言い聞かせるようにして呟く。
「僕はこれからも創作を続けたい。理屈よりも、ただ自分の望む物語が見たい、創りたい。それで十分、もしかするとそれが『愛している』ことかもしれないから」
そしてキャスターの想いに報いることにもなる。これからも、一緒にいられると思うから。
タケルは僕の答えにかすかに笑って両目を閉じる。
「僕は貴方が羨ましい。目指す素敵な、未来があって」
不思議な言葉ではあった。けれど僕も少しだけ笑って、頷いて答える。
これからは少しだけでも前を向ける。
彼女に、キャスターに出会えた運命。僕はきっと──忘れない。