第一節 人間としての決意(Side タケル&ランサー)
前の戦いから、二日後。
「また戻って来てくれて嬉しい、タケル」
彼方が住む部屋の玄関で、俺とランサーは改めて挨拶に来ていた。
「前まで暮らしていた隣の部屋が空いたままで良かった。聖杯戦争が終わるまでは、また隣人としてよろしく頼む」
「そー言うこと。またしばらくの間、仲良くしましょ」
そんな感じで挨拶を済ませた後、自室へと戻った。
部屋に戻って、休息をとる僕たち。
ランサーはソファーに座ってくつろいでいた。
「落ち着ける場所があるって、いいものね」
「……そうかも」
そう呟くと、彼女はおかしそうにしてクスクス笑う。
「マスターってば、大分素直になったじゃない」
そんなランサーの言葉に、僕は振り返って表情を緩める。
「──僕は怪物にはならない。一人の人間として、ガイアスと決着をつける。
そのためにはランサーの力が必要だ。力が完全に回復するまで、今は休んでいてほしい」
「分かっているわ。体力も随分戻ったし、もう少しすれば元通りに戦える。安心して」
今度はソファーにごろんと仰向けになって、ぐっと背伸びをする彼女。
「じゃあアタシは昼寝でもしとくわね。二、三時間したら起こして頂戴」
そう言うとクッションを手にとって顔に被せる。
少し勝手な所もランサーらしい。言われた通り、彼女は寝かせておこうとは思った。……けれど。
「ランサー」
「……どうかした?」
クッションを少しずらし、半分眠たそうな目を向けて彼女はこたえる。
「実は、どうしても君に伝えたいことがある。──僕の復讐について」
ランサーは「それで?」と言うような様子。
少し呼吸を整えて、僕はこう伝えた。
「ランサー、君は僕の武器として、代わりに手を汚すと契約した。仇を討つ時には力を借りると。
けれど……もうそんな必要はない」
「何言っているのよ。ついさっき怪物にならないって言ったクセに、結局自分で仇を討ちたいってこと? このアタシが認めるでも」
怒りを込めて睨むランサー。
僕はそうじゃないと、静かに首を横に振る。
「そうじゃない、僕は君の力で戦う。ただ、君にも怪物に──誰かを手にかけて欲しくないだけ。
ガイアスを倒す。けれど奴らと同じように殺したりはしたくないし、君にもさせたくない。捕まえて、償いは生きたままさせる」
これに彼女は目を丸くする。それからため息を一つ。
「アタシは既に怪物なのに、どうかしているわ」
けれど少し口元を緩めて、言った。
「でも悪くない考えね。簡単に殺すより、そっちの方が案外復讐になるかもしれないし。
……オーケーよ、マスター」
「良かった、君がそう言ってくれて。それと──」
僕が振り返ると、ランサーは完全に目を閉じて、小さく寝息を立てていた。
(最後までは言えなかった。……もう一つ、伝えたいことがあったのに)
「──!」
頭が痛い。激痛で冷や汗が流れて、くらついた。
「……ランサーが寝ていてくれて良かった。無駄な心配を……させるだろうし」
ポケットを弄り、薬入れを出す。
水を用意する暇もなく、錠剤を数粒出すとそのまま口に入れて、飲み込む。
(僕も変われたんだ。これくらいで弱音は言えない、まだしばらくは……)
痛みは酷くなりつつあるけれど、ここしばらくは悪化もしていない。
(ライダー、アサシン……そしてキャスター。
サーヴァントも半分近く減っている。アーチャー陣営──ガイアスも動く可能性だってある)
決着をつけるには問題はないはず。
そしてその後は──。
「すべてが終わった後……か」
そんな事、今までは考える必要はなかった。
仇をとったらそれで終い。僕の結末はとっくに『解って』いる、その先なんて存在しない。
そう、僕の結末は……だけど。
もう一度、ランサーを横目で見た。
今は穏やかに眠っているように見える竜の少女。かつて怪物と化した哀れな女性の、写し身。
(サーヴァントは人間ではない。英霊──既にを迎えた何かの記録で、聖杯戦争のための駒。
僕にとっては仇討ちの道具に過ぎなかった)
今まではそれで済んでいた。なのに今は、そう割り切れない自分がいた。
「君には……幸せになって貰いたい」
サーヴァントがどんな物か理解もしている。それに、こんな僕が誰かの幸福を願うなんて、自分でも滑稽でさえ思う。
ただ、もしその願いが叶うのなら。
(もしサーヴァントではなく、人間になれたなら。また一からやり直せたなら。実現不可能な願いだとしても…………願い、か)
ふいに思い出した、聖杯戦争は願いを叶えるための戦いでもあった事を。
最後まで勝ち残ったマスターとサーヴァントには、望む願いを叶える権利が与えられる。叶える願いがない今まではどうでも良かった。
(今更、聖杯戦争に勝利したい理由が見つかるなんて。でも構わない)
仇討ちと、もう一つの目的が出来た。
マスター、サーヴァントを全て倒して、聖杯戦争に勝ち残る。
──もちろん、彼方とセイバーも最終的には。例外はない。