「……はぁ」
ソファーにもたれかかって、天井を仰ぎ見る。
何だか、今日は何かする気も起きない。だけどそれでも不便はない。
「主さまー! 買い物から帰ってきました!」
買い物袋を片手に、セイバーが戻って来た。
「今日は何だか、お疲れでありますね」
「……ちょっとな。色々とありすぎて、正直疲れた」
「聖杯戦争に、学校の勉強もありますしね。無理もないでありますよ。
さてさて、ボクがマッサージをしてあげますね」
うつ伏せになった俺の背中を、セイバーは揉みほぐす。
「結構固くなっているであります……特に肩が凝っていますから、しっかり揉ませていただきます」
「……結構楽になる。ありがとう、セイバー」
「主さまに尽くせるのがボクの喜びですから! ふふっ!」
そんな感じで俺の世話を焼いてくれる。
しっかりマッサージをしてくれるセイバー。……大助かりだ。
「じゃあ、軽くお部屋の掃除をした後、夕ご飯の準備をさせて頂きます」
そんな上機嫌なセイバーの姿。
バーサーカーにアサシン、そして暴走したランサーとの激戦。あれからまだ一週間も経っていない。セイバーも疲弊したはずなのに、微塵も感じさせない様子だ。
(本当にセイバーは俺の世話をするのが好きなんだな。むしろそれがリハビリになっている節があると言うか)
元気なのは何よりだ。けれど、こう任せっきりにするとなんと言うか、ずるずる堕落して行きそうな感じもしないでもない。
俺もそろそろ動かなければ。そう思ってはいるものの……セイバーの楽しげな様子を見ると、止める気にもならない。
(まぁ、こう言うのも悪くないか。──だけれど、セイバーは何のサーヴァントだろうな)
セイバーの正体、つまり真名。
サーヴァントは『英霊』と呼ばれる高次の存在を現世に顕した現身みたいなものだ。
ライダーはかの有名な船乗りであるクリストファー・コロンブス。そしてランサーが悪逆で名を残した稀代の悪女、エリザベート・バートリー。
何かしらの元になった人物がいるはずだ。
(……そのはずだけれど。俺のセイバーは、どうなんだろうか?)
今夜のセイバーの夕食は、すき焼きだった。
「良いお肉が安くで売ってましたから、豪勢にすき焼きですっ!」
大きめな鍋に、グツグツと煮えた牛肉と野菜、それに豆腐に糸こんにゃくと言った具材。
「肉もよく煮えているでありますね。ドンドン食べてください、主さまっ」
セイバーは俺に多めに肉を入れる。
まぁお肉は好きだし、嬉しいと言えば嬉しいが。
「ありがとう、セイバー。一緒に夕食にしよう」
「ふふ、そうですね。じゃあ主さまと──いただきます!」
テーブルを囲んで二人での夕食。
牛肉を白菜と一緒に一口。味が染みていて美味しい。
「セイバーが作ってくれた料理、今日も美味しいよ」
「ありがとうございます。ボクも……主さまとお食事が出来て、いつも幸せであります」
誰かと食事か。
──そう言えば学校以外で誰かと食事をするなんて、セイバーと出会うまでは孤児院以来、始めてだった。
(親の顔も知らない俺は、生まれてからずっと孤児院で育って来た。
……天宙学園に入学するためにこの街に来るまでは)
少し懐かしい。孤児院では誰とも打ち解けられずにずっと一人だった。
幼い頃はそれが辛く思った。……だけど、いつしか僕には宇宙を目指す夢が出来て、夢を叶えるために勉強に励んだ。辛いと言う気持ちもなくなっていた。
(宇宙を目指す夢、何かきっかけがあったはずだ。
けれど孤児院の頃の記憶を失ったせいで思い出せない。たった二ヶ月間のはずなのに、大切な記憶だったと感じる)
思い出しても、不自然な空白を感じてしまう。
パズルの一部分のピースがごっそり失くなっているような、そんな感覚だ。
「──そう言えば、主さま」
ふいにセイバーが俺に声をかける。
「不躾な質問かもしれませんが……主さまはボクのこと、何か少しでも思い出されましたか?」
感じ的には気にしている様子だった。
正直言って全く思い出せない。ただ、可能性があるなら失くした記憶に関わることだと思う。
「はっきりとはまだ分からない。……けれど、もしかすると」
サーヴァント、英霊には元になる偉人がいる場合が多い。
歴史上の人物なら、もう少し古風な、神秘的な外観なイメージのはず。
対してセイバーはサイバーパンク風のSFチックな服装で、扱う太刀もハイテクな機械刀と、ビームサーベル的な小太刀だ。
可憐な見た目だけれど、性別も男か女かも未だに分からない、色々謎の多いサーヴァントだ。
(過去の英雄や偉人、とてもそうは思えない。ただ、サーヴァントが使う『宝具』もその伝承や真名にちなんだ技だ)
宝具の詠唱も、技も。真名をそのまま扱うこともあれば伝承に関わる何かであることもある。
対ライダー戦で一度見た、セイバーの宝具。エネルギーの巨大刃で大型船さえ一刀両断する必殺技、『オーキッドラウンズ・セイバー』だ。
詠唱も聞こえていたから覚えている。
(だから、セイバーの真名らしいものは、もしかしてと思う物があった。
騙すようだけれど、今はかまをかけてみることにする)
もしかすると失った記憶の手がかりも分かるかもしれない。だから俺の推察を言ってみることにした。
「なんとなく、君の真名は分かった気がする。
もしかして…………蘭丸、なんじゃないか?」
同名で歴史上の人物、可能性が高いのは『森蘭丸』と考えた。
(安土桃山時代だったか。かつて天下統一の野望を抱いた武将、織田信長に仕えていた小姓として名が残っている。
……詳しくはないけれど、森家も名の知れた武家で、蘭丸は女性と見紛うほど見目麗しい容姿であったとされたのが森蘭丸だ。セイバーとも共通点がある)
未だに男か女かも分からない、それでいて可憐で麗しい姿。
それに扱う武器も小太刀と太刀。刀を扱うと言う点でも、時代としての共通点だ。
「らん……まる、ですか!」
俺の言葉を聞いて、セイバーはぱっと嬉しそうな表情を見せた。
「その通りであります主さま! ボクの真名はランマル、正解でありますよ!」
「──そうか! やっぱり!」
推測は当たっていたようだ。
俺は身を乗り出して言葉を続ける。
「やはり君は、あの織田信長に仕えていた森蘭丸。大昔の日本の英霊なんだな」
「……」
途端、風船がしぼむように喜びが消えて、しゅんとするセイバー。
「……やっぱり、まだ覚えてないでありますか」
何か致命的なミスをしてしまった。
確かにセイバーの真名は『ランマル』だと言っていた。けれど、史実にあるあの『森蘭丸』ではない……のか。
(考えてみれば、仮に森蘭丸とするなら、あのSFな格好の説明がつかない。
ビームサーベルの小太刀に、フライボードに変形するハイテクな太刀。森蘭丸にはそんな伝承なんてある訳もない。となると、別のランマル……ランマル違いか?)
「すまない。俺の勘違いで、セイバーを困らせてしまったな」
「いえいえ。主さまが真名を知ってくれただけでも、ボクは嬉しいのです」
うっすら微笑むセイバー。けれど、少しうつむきながらこんなことを。
「でもいつか、ボクのことを思い出してくれたら。……その時には」
「ああ。きっとセイバーの事も思い出す。──約束する」
セイバーにとって俺は思っていたより大切な人で、ずっと前に会ったこともあるみたいで。
なのに忘れてしまっている。
それが寂しく、申し訳ないことだと感じた。