第一節 動き出した聖杯戦争(Side 天原銀星)
──宇宙、それは人類に残された最後のフロンティア。
コズミック・セントラル本社『マガハラ』、その広い会長室の中、私は天井を眺めながらそんなフレーズを思い出した。昔有名だった、あるSFドラマで言っていたものだったか……。
天井のドームは全天周囲モニターであり、マガハラが位置する小惑星から見える外の光景をリアルタイムで映し出す。
混沌の暗闇と星々の輝きが支配する宇宙空間の全景。──この小惑星である『発見』から既に半世紀。人類の科学、宇宙進出は進み、太陽系の約半分を手中に収めた。
だが、それでも人類のとって宇宙は未だ多くが未知であり。そのあまりにも……例えるなら大砂漠の砂粒の一つにも満たないほど、宇宙に比べれば小惑星など微々たるものに過ぎない。
おそらく多くの人間は、今でも大きな進歩を遂げていると考えているだろう。確かに事実である、だが私にとって現状はかつての大昔、科学どころか文明もない、ただ狩猟し動物のように暮らしていた原始の時代と変わりはない。
(ふっ、何でも宇宙……あるいはそれ以上の何かと比べてしまう事が、そもそもおかしいと思うがな)
しかしその基準で考えるのなら、人類はそこまで大きくは変われないのかもしれない。
どこまで言っても無限の宇宙の片隅の、取るに足らない存在。いくら果てに手を伸ばそうと届くこともない……虚しい足掻き。
(だとしても、せめて出来るだけの事はしたい。
この計画は恐らく私にとっては最後で、最大の一大事業。成功すれば人類は今よりもほんの少し──その手が届くはずだ)
「失礼します、ギンセイさま」
部屋の扉が静かに開き、私の秘書であるハルが現れた。
外見は顔半分を前髪で隠した紅い瞳の女性だ。だが……彼女は人間でない、自律思考を行う機械、アンドロイドだ。そして私がある目的のために行っている、対戦式高次エネルギー収集プログラムの監視、監督を行う監督官でもある。
私は席に座ったまま、机の上で両手を組み彼女と向き合う。
「ご苦労、ハル。最後のAエナジー人型構成体……サーヴァント・『イレギュラー』と遭遇したそうではないか」
「はい。イレギュラーを含めて七基──全てのサーヴァントが確認、及びマスターと共にプログラムへの参加が完了しました。
この世界で言うなら……『聖杯戦争』でしたね」
ハルの言葉に僅かに頷き、応える。
私の父が関わりがあった、魔術世界。科学とは異なる魔術と呼ばれる超常の力を扱う魔術師と言う人種。オリジナルの聖杯戦争は彼らが行っていた儀式だそうだ。英霊の魂を宿した『サーヴァント』と呼ばれる使い魔を召喚し、戦い合わせる事により破れた魂を聖杯に集約させ、あらゆる願いを叶えるほどの力を顕現させる儀式──それこそ魔術師が行っていた聖杯戦争。
(私が行う対戦式高次エネルギー収集プログラムの機構も、それと等しい。
『あれ』と、その管理システムはまさに『聖杯』と呼んでも良い機構を備えている。そしてAエナジーを仮初めの身体にし英霊を宿した存在、Aエナジー人型構成体は『サーヴァント』に等しい。
だからこそそれに倣った。天宙市を舞台にし秘密裏にサーヴァントを戦い合わせ、最終目的に必要なエネルギーの収集を計画した。これが私の──聖杯戦争だ)
「バーサーカー、アサシン、キャスター、ライダー、アーチャーと……そしてランサー。
六基の生成は既に終わり、先に聖杯戦争を始めてはいた。──だが」
ハルは一礼した後、私の言葉を代わりに続ける。
「聖杯戦争に必要なのは全部で七基──最後の一基目、クラス・セイバーだけが生成出来ずにいました。
原因は管理システムのエラー。聖杯戦争の範囲圏内の天宙市に既に七基分の反応を感知、必要以上の生成は不要と判断された事による……です」
「まさか関係のないサーヴァントが一基、街に紛れ込んでいたとは……な。
秘密裏の情報収集と捜査の結果、データベースにない人物がある少年の傍についている事を突き止めた。そして──この間のガイアスによるテロ行為。巻き込まれた少年を救うために姿を現し、人型機体を相手に戦闘を繰り広げた……イレギュラー。
正体は不明だが少年をマスターとし、イレギュラーも聖杯戦争に加わった。今は頭数が揃っただけでも上出来だ。詳細は今後調べれば良い。──各マスターとサーヴァントの動向は、監視しているのだろう?」
アンドロイドのハルは、天宙市の管理、監視システムに干渉する権限を与えている。
私の作った都市は高度に情報管理されたものだ。報道、インターネット、監視映像等など、彼女の指先一つで思いのままに出来る。聖杯戦争の存在はおろか、多少サーヴァントが暴れ、戦い合おうとも、大体の事ならば無かったことにするくらい容易い。
そして街に張り巡らされた監視網を利用すれば、参加者であるマスターとサーヴァントの動向をリアルタイムで把握する事が出来る。
機械としてこれらのデータに接続し、人間以上の情報処理を行えるハルだからこそ、監督官として適任だ。
「もちろん。サーヴァント・イレギュラー、『セイバー』はマスターである少年、ソラカミ・カナタとともに生活しています。あれから戦うこともなく、殆ど普通の生活を送っているみたいですね。特質すべき情報の開示は現状ありません。
大きな変化、例えば再び戦いとなれば何か分かる可能性があるかもしれません。……まぁ、他のサーヴァントに倒されなければ、ですが」
彼女の言葉に思わず苦笑いをしてしまう。
「正体が謎のまま終わってしまうのは少し困るな。だが、仮にそうなればその程度の事。私達の目的に比べれば些事に過ぎない。──そうだろう、ハル?」
確かに不明なサーヴァントの正体は気になりはする。だが、現状私達が行う事の妨げにならない存在だ。ただの七基目、聖杯戦争最後のサーヴァントとして役目を全うして貰えれば十分だ。
「はい。──全ては人類と、その未来のために」
その答えにも満足だ。さすがは私の忠実な秘書、と言っても良い。
「──ギンセイさま」
「何だね?」
私に言葉を続けるハル。例え機械であっても彼女は人間と同等の思考能力を持ち、意見も当然行う。それくらいの性能がなければ私の秘書、右腕にふさわしくない。
「アーチャーの一件はいかがしますか?
本来のマスターの令呪が刻まれた右手、そしてサーヴァント・アーチャーが国際テロ組織ガイアスに奪われ、その総帥が新たなマスターとしてサーヴァントを操る事態。
──ここまで来れば、見逃すべきではないかと」
……アーチャーの事か。あれもまたイレギュラーとはまた別の異常事態だ。
私が選別したマスターの男を襲い、自らを次のマスターとしてサーヴァントを意のままに操る者がいた。それも、よりによってガイアスの総帥が……だ。
(これまで数十年に渡り文明社会、宇宙開発の最大の障壁であったテロ組織。各地でテロを行い、世界規模の捜査をしてもなお、壊滅させられないでいた。私が経営するコズミック・セントラルも被害に遭ったのは一度や二度ではない)
恐らく強力なバッグでもいるのだろう。ガイアスは未だに健在で、その総帥はおろか、上層部の尻尾すら掴めはしなかった。
(──だが、今度の襲撃で総帥自らが表舞台に現れた。今までのようなテロの妨害ではない、私同様に何らかの大きな賭けに出ての事だろう。
まさか己がマスターとなるとは。何より、総帥は私の父同様……魔術師であったとは)
魔術の存在は父を病で失くし、会社を継いだばかりの若い頃、遺産として遺した蔵書を発見して知った。
私を生むよりも前、父は有力な魔術師の一族で、当然彼自身も魔術師だったらしい。と言うのも生きている間は私にさえその事を秘密にしていた。
今の科学でさえ説明出来ない数々の奇跡、神秘の存在。にわかに信じられるものではないが、それはこの世界に確実に実在している……らしい。
「──あの時の状況記録では、総帥は自らを魔術師だと名乗っていた。だからこそマスターに成り代わるような真似が出来たと言うことか。
なるほど、確かに厄介だ。だが君にもその調査は頼んではいたはずだ。総帥、そして奴が率いるガイアスそのものが聖杯戦争に関わると言う事なら、天宙市内、あるいは近くに拠点があるに違いない。そのはずなのに……まだ手がかり一つ掴めていないのか」
厳しい言い方だが、仕方あるまい。ハルは人間らしく申し訳ないような仕草をし、頭を下げる。
「申し訳ありません。天宙市全域に張り巡らされた監視網、情報を収集しても尚発見に至っていない状況です。例の技術展の襲撃においても人型機体は使い捨て。実際に現れた総帥及びアーチャーも行方をくらまし追跡することは……」
「もういい。未だ所在が不明であることは私も理解した、君の調査に抜かりが無いこともな」
仕方ない。ガイアスそのものさえ二十年近く、世界中が総力を上げてもなお壊滅させる事が出来ないでいた。資本による後ろ盾のみならず、更に魔術師達が関わっているのなら幾らでも隠れ、逃れる手立てがあっても不思議ではない。
彼らが自在に振るえる魔術の力も、侮る事は出来ない……と言うわけか。
「だが、手がかりもなく、表に現れもしない限りは手立てもあるまい。それに聖杯戦争も始めた後だ、今更止めるわけにもいかんよ。
あの襲撃は確かに総裁の出現、アーチャーも動いてはいたが、行った事そのものはあくまでこれまで同様、宇宙開発に反抗するためのテロ行為の範疇を出てはいない破壊行為。……明確に分かっているのはここまでだ。
無論裏で捜索、警戒は続ける。だが、大きい問題が起こっていないのなら聖杯戦争は現状継続。それが私の結論だ」
ハルは何も喋らず、再び一礼する。
問題が生じるのは仕方あるまい。だが私なら必ず上手く成し遂げられる……はずだ。