聖杯戦争、決戦の日。
俺達はハルから連絡を受けてある場所に来ていた。
「軌道エレベーター、アマノバシ。最後はこの場所に来るなんて」
都市中央に位置する、直径約二百メートル超えの白銀の塔。大型のポッドが五台連結されて上空へ昇るのが見える。あれは人や物資を宇宙へと運ぶエレベーターのかごだ。
雲を突き抜け先の見えない超巨大建造物を見上げて傍に立つタケルがつぶやく。
地球と宇宙を繋げる、その名の通り天空の架け橋だ。
「ええ。カナタさまにタケルさま、これからお二人をコズミック・セントラル本社にご招待します。
聖杯戦争、最後の決着はギンセイさま自らが見届けたいと」
「天原銀星、聖杯戦争を用意した本人に会えるなら、俺も聞きたいことがある」
ハルは俺達の案内のため先導して歩きながら、振り向いて視線を向けた。
「構いませんよ。貴方がたはギンセイさまの計画に大きく貢献してくれました。答えられる質問であれば、何でも」
アマノバシの正面入口、資材運搬用ゲートからは巨大なコンテナが運び出され、旅客用のロビーでは大勢の人が並んで列を作っていた。俺達が案内されているのは裏手側にある別の入口。
ハルがスキャナーに手をかざすと、閉ざされていた扉が自動で開く。俺達が入ろうとした時──。
「待ちな!」
誰かに呼び止められた。声の主はバーサーカーのマスターだった、アルス・アランシア。
「まさかアルスさまも来られるとは」
「固いこと言うなよ、ハル。アタイだって聖杯戦争はいいとこまで残ったんだ、最後くらい立ち会ったってバチは当たらないだろ?」
結構な無理を言っている気もする。さすがにハルも考える様子だったものの、仕方ないと言う態度で。
「まぁ、いいでしょう。アルスさまも来ていただいて構いません」
「やったぜ!」
アルスは上機嫌で、俺とタケルの間に割って入り腕を肩に回して来た。
「そう言うことで、一緒させてもらうぜ。
聖杯戦争最後の戦いなんて、面白い。どっちも応援しているからな」
入口を通り、俺達はエレベーター内部にいた。
「ずいぶんと普通なんだな」
外で見たステーション行きのかごは建物規模の大きさのものが五台連結されていた。対して今乗っているのは、少し広いくらいで普通のエレベーターと変わりがない。
俺の質問にハルは微笑みを見せて、こう答えた。
「私たちが乗っているのは本社へ直通するものですから。人の行き来もそうあるものではありません。ですが──」
彼女はタケルと、隣にいるランサー、そしてアルスを見て言う。
「聖杯戦争でサーヴァントを喚び出したのは本社の設備。
カナタさまはともかく、タケルさまとアルスさまはこのエレベーターを使うのは二度目になるのですよ」
「……召喚に使った、あの謎の部屋か」
心当たりがあったらしいタケルは、一人つぶやく。
「僕にはよく分からなかったけれど、あの部屋の技術は異質だった。まるでこの世界の技術じゃないような……本社に行けば秘密が分かるのかな」
「タケルさまの疑問もまた、すぐに分かることです」
入口は自動で閉まると、エレベーターは上昇した。天宙市の中心部の高層ビル群を通過し、都市の全景が見える高度に達する。
「いい眺めね。アタシ達がいた街が一望できるわ」
ランサーは外の景色を眺めて呟いた。上昇速度は次第に加速し、先に出発していた宇宙ステーション行きの巨大かごを追い抜いた。
「かなりの速さだ。雲を抜けて、そして──星々が見える」
俺達は宇宙へと到達していた。夢に見ていた果てない星の大海に、初めて一歩踏み出した気がした。
「ロケットと同等の加速度はもちろん、重力制御により地上同様の安定した重力に保っています。
これもまたコズミック・セントラルが『再現』した技術」
開発ではなく再現? 気になる言葉ではあったけれど、今は無視することにした。多分これも着けば分かることだと思うし、それに……。
「ランマル、これが宇宙……なんだな」
「ええ。彼方さまのいる宇宙も、とても綺麗です」
大事な親友と見るこの光景。この感動を一緒に分かち合いたかった。
軌道エレベーターの先にある宇宙ステーション。
円盤型の本体から放射状に幾つもの長い区画が伸びる、蜘蛛のような形状。区画にドッキングされるのは全長数百メートル規模の大型宇宙船、船外作業用のロボットによる点検作業を受けながら停泊している。
俺達が乗るエレベーターはステーションを通過し、さらに上に──宇宙の深淵に昇る。
「……」
「……」
コズミック・セントラル本社、最後の戦いの場──終点が近づく。
俺とランマルはタケル、ランサーの二人と無言で向かい合う。そして、最初に沈黙を破ったのはタケルだった。
「感謝しているんだ、彼方にも」
「今更、そんな事を言うなんてな」
あいつはかすかに笑った。
「今だからこそ言っておきたかったんだ。
利害関係だったかもしれないけれど、復讐しかなかった僕に付き合って、気にかけてもくれた。
友達として、違うかな?」
その言葉は間違ってはない。
「ああ。聖杯戦争で頼ったのもある。けれど、タケルの事が放っておけなかった。
俺にとってもタケルは友達だ」
「ありがとう、そう言ってくれて嬉しい。でも……」
俺を正面から見据えて、言葉を続ける。
「改めて言う、僕はタケルとセイバーを倒して聖杯戦争に勝利する。
僕の病気を直して、そしてランサーを人間にして一緒に新しい人生を歩む。僕たちの願いには──彼方たちは邪魔だ」
「……そっか」
タケルの覚悟はとうに知っている。
不治の病にかかってこのままでは命がないことも、知っている上で俺は返答する。
「なら俺も受けて立つだけだ。倒すしかないのなら、俺たちはタケルの願いを砕いてでも道を開く」
ランマルも俺の言葉に同意を示してくれる。
「自分の望みのために他者と競い、必要なら打ち倒す。それは人の世においても普遍的なこと。聖杯戦争だけが特別ではありません。
願いが対立するなら、どちらか一方しか叶わないなら戦うだけ。たったそれだけの事であります」
「そうね。今更難しい理屈なんて、面倒くさいだけだもの」
その言葉にランサーが応えた。
「最初はアタシも願いなんて興味はなかった。でも、願いが見つかった今は負けるわけにはいかない。
全身全霊で、相手してあげるわ」
そしてついに、終着点が見えた。
「……ひゅう。これは何とも、立派なことで」
同行していたアルスが上を見えたモノに感心する。
軌道エレベーターの到達先、宇宙に浮かぶ超巨大な岩の塊──天宙市全域をゆうに超えている、一つの島に等しい規模だ。
(五十年前……コズミック・セントラルの会長、天原銀星が発見した小惑星。
今の科学文明、宇宙開発が進展した始まりの場所だ)
小惑星に建てられたドーム型の宇宙基地。あれこそがコズミック・セントラル本社、軌道エレベーターの到着地だ。
辿り着いた宇宙基地。降りた先に広がっていたのは、まるで工場のような光景だ。
青い輝きを発するAエナジーの流れるチューブに、幾つもの巨大炉心と複雑な機械群。ドーム全体、内部の空間が丸ごと区画として使われている。
工程、維持もロボットによる完全オートメーション化、完全に無人だった
「何だこの光景、とても企業の本社とは思えない。……これは、Aエナジーの生産施設か」
コズミック・セントラルが生み出した万能のエネルギーであるAエナジー。各地にエネルギー生産プラントがあるが、中でも最大のものがこの場所──本社だとされている。
軌道エレベーターであると同時に、そのものが巨大なAエナジー伝導ケーブルであるアマノバシを伝い、地上にまでエネルギーを行き渡らせている。
(巨大都市、天宙市で使われている莫大なエネルギーの大元。これほどだったなんて)
「……彼方さま。下を見てください」
ランマルは驚いた様子で下にある何かを見ていた。ランマルだけじゃない。タケルとランサー、そしてアルスも。
「ワオ、こいつはたまげたな」
俺達が立つ足場の下。透明な床から覗く先には小惑星に開いた大穴の底に鎮座する、流線型の巨大物体が見えた。
「あれは……宇宙船、なのか」
宇宙基地の底部から伸びる大小多数のケーブルによって接続され、まるでユニットの一部として取り込まれているような有様だ。
そして何より、現代の技術とは異なる科学文明によって作られたような外観。ランマルははるか下に見える宇宙船を見て呟く。
「この世界でエネルギー源となっている大量のエーテル──Aエナジーは確かにここで生産されています。
……ですがそれを上回るほど、アーチャーの亜級機神アラハバキさえも超えた膨大なエネルギーを感じます」
「……」
そんな時、近づく足音とともに人影が現れた。
長い白髪を後ろの束ねたスーツ姿の老年男性で、身長は高い。年齢による衰えを感じさせない体格に長年で培われた風格、シワが刻まれたその顔は精悍で、瞳からは高い知性とともに強い野心を感じた。
彼は親しみが持てる笑顔を向けて、俺達に言う。
「ようこそ少年たち。私が天原銀星、コズミック・セントラルの会長であり、聖杯戦争の最高管理者だ」