西暦2001年、6月。民間宇宙企業コズミック・セントラル所有の小型シャトルは探査目標に到達しようとしていた。
操縦士のジョナサンが俺に声をかける。
「本船は目的地点に接近中です。坊っちゃん、大丈夫ですか?」
「あ……ああ。……うっ、ぷ!」
俺にとっては初の宇宙飛行、宇宙酔いで酷く気持ちが悪い。胃の中の物を戻しそうになり口を押さえる。向かい座席に座る乗員の一人、武田は密閉されたパックの形の袋を差し出す。
「坊主、無理はするなよ。初の宇宙飛行なんだろ?」
「すまない……ありがとう」
強面で図体も大きい、その上口も荒いけれど会社では一番腕の立つ宇宙飛行士だ。俺は彼から渡された袋を受け取り、開けて我慢していた分中に思い切り吐いてもどす。口を密閉して離した所にやると、袋は無重力で浮遊して宙を漂う。
「あれが探査目標──太陽系外から漂着した小惑星か」
そして船の窓に映る、宇宙の闇に浮かぶ巨大な岩石の塊。俺たちが乗るシャトルの数百倍はある大きささ。
「そうだ。見た所はただ巨大な岩の塊に過ぎないが、着陸して詳しく調査する必要がある。
何か価値のある発見があれば良いがな。坊主の親父、煌星(コウセイ)社長が他の宇宙企業と競ってまで獲得した星の調査権だ。成果がないんじゃ割に合わないだろう?」
……確かにその通りだ。
第二次大戦終結後、米国、当時はソビエト連合だったロシア、二大国家を中心にした冷戦の影響で1950年代から軍事利用を目的とした宇宙ロケット、人工衛星を契機に人類の宇宙開発が幕を開けた。
──そして1969年、アメリカのアポロ計画により人類がロケットで月面に降り立って以降も宇宙開発は進歩を続け、月面、宇宙空間には資源採掘、探査開発目的の基地が幾つも建設……僅かではあるけれどついに民間人の宇宙移民も始まりつつあった。
人類の宇宙開拓は大戦後の全人類社会にとっての一大事業。当時は国家による主導だった。けれど1991年の冷戦終結後の現在、宇宙開発に関する技術と一部資産は国家から民間へと還元され、今では企業が代わりを担っている。
俺の親父、天原煌星が経営するコズミック・セントラルもそうした民間宇宙企業の一つだ。
「俺だって分かっている。俺たちみたいな日本の一企業より、ロシア、アメリカの宇宙企業の方がずっと大きいし金もある。
その中から獲得した調査の権利、安くはないのも分かっている。だからこそ発見が必要なんだ。……親父の為にも俺が」
「熱意は分かった、だが無理は絶対するな。社長の息子だとしても、宇宙での経験と年齢は俺が上だ。命令には従って貰うぞ」
「ああ。ちゃんと従うよ」
武田は俺の言葉に満足したように頷く。それから宇宙船の姿勢制御ブースターの衝撃で、船内がガクッと揺れる。ジョナサンは言う。
「お二人とも、しっかり席に座っていて下さい。……間もなく船は小惑星に着陸しますので」
船は速度を落とし、着陸脚を展開して地表に着陸する。操縦士のジョナサンは船に残り、武田と僕は宇宙服を着て降りる準備をする。
エアドッグに入り、室内の空気が抜かれて気圧が下がる。彼からの通信がヘルメットから流れる。
『これからハッチを開きます。二人とも、お気をつけて』
船のハッチが開く。その先には荒涼とした地面と闇夜の空が広がっていた。
いや、そもそも大気すらない、上はそのまま宇宙空間だ。『空』……とは言えないか。
「俺に続いて降りてこい、坊主。地球と違って重力はほんの僅かだから注意しろよ」
言われなくても、俺だって一応は訓練を受けている。武田に続いてハッチから小惑星の地表に降りる。
「……なるほど」
宇宙船で体験した無重力の環境と違い、今は小惑星の質量で発生する小さい引力……重力がある。ただ地球のそれとは比べ物にならないくらい弱く、身体がやたらに軽い。
外宇宙から漂流して来た小惑星の調査。その為の設備も降ろし俺たちは調査を始めた。
地表を削り岩の欠片を解析機にかける。けれど成分は地球で見られる炭素質、元素組成も珍しい物ではない、ただの岩だ。調査地点、深度を変更し複数回の調査でも発見はない。
「どうやら小惑星自体は残念だが珍しいものではないようだ。
だが、船のスキャナーで内部を解析したジョナサンから発見があったと連絡が来た」
けれど、ジョナサンが行っていた小惑星の解析結果によれば……小惑星の内部には何か巨大な塊が埋まっているらしい。岩の類とは異なる、強いて言うなら金属に近い正体不明の物体みたいだ。
「星に埋まっている何かだって? 一体、何なんだ?」
「さあな。だが、社長の賭けは正しかった。ジョナサンによれば丁度……ここの縦穴を降りた先にあるらしい」
俺達はジョナサンに示された場所、小惑星に空いた大穴に来ていた。
かなり深い縦穴……底は闇に隠れて見る事ができない。穴の縁で下に降りるためのワイヤーの設置を行っている武田。俺は装着した、そのワイヤーに繋がる命綱を含めた装備の安全確認を入念に行う。
何しろ大発見の機会だ。先に下に降りるのを、俺が無理を言って頼んだんだ。
「俺としては……坊主にこんな無茶は、させたくないんだがな」
「ただ下に降りるだけだと言ったのは武田さんだろう? 心配しなくても、危険がありそうならすぐに上に戻って来る」
「──全く、我ながら甘いな。準備は出来たか?」
武田の言葉に俺は頷く。
そして用意が出来たワイヤーに宇宙服のフックをかけて、大穴の端から降り始める。
「重ねて言うが、注意は忘れるなよ」
「……分かっている」
ワイヤーをつかみ、足を岩壁にかけながらゆっくりと下へと降下する。
重力が弱い分、少しクセはいる。けれどそう難しいことじゃない。武田の言葉通り注意しながら下り、そして、間もなくして穴の底に辿り着く。
(宇宙服のライトがあっても、さすがにすべて照らすことは出来ないか)
穴の底を見渡す。辺りを岩壁で阻まれた底……いや、違う。
岩壁の一画、そこが大きく崩落して出来た横穴があった。ジョナサンが言っていた未知の物体があると言う、場所なのは間違いない。
俺はそこに向かい、ライトで穴の先を照らし出す。そこには──。
「こんな物が、宇宙の果てから……地球にやって来たのか!?」
太陽系から漂流した小惑星に隠されていた物の正体。それを見た時、俺は思った。
──これは宇宙開発を、何よりも人類文明の在り方を大きく変える物になると。