ブルーアーカイブ 〜平等の幸せを求めて〜   作:眠り狐のK

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こちらでは3ヶ月ぶりですね


23話 先生の選択

「……貴方からこちらに来てくれることをお待ちしておりましたよ、ホシノさん」

「……黒服」

 

 覚悟を決めた目つきで部屋に入るホシノを黒服は歓迎するように招き入れる。

 黒服は歓喜していた。

 それは、ホシノ自身から黒服の提案を受け入れるという連絡があったからに他ならない。

 黒服は、ずっと小鳥遊ホシノを欲していた。その、キヴォトス最高の神秘を実験、研究し、理解する。それこそが黒服の目的であり、その対価としてアビドスの借金の約半数を肩代わりするという形でホシノに契約を持ちかけていた。そして今、その契約が成立しようとしているのだ。

 黒服は、机の引き出しから契約書を取り出してはホシノに向けるように机の上に置く。

 

「約束は守ってよ?」

「えぇ、契約ですから。貴方が契約書にサインさえしてくれれば、きちんと借金の半数はこちらで負担しますよ」

 

 その言葉を聞いたホシノはゆっくりと歩みを進め、ペンを手に取った。そして、契約の証である筆跡が契約書に刻まれようとした、その時――

 

 

 

 

 

「その契約、少し待ってくれないかな」

 

 

 

 

 

 第三者の言葉により、ホシノの手の動きがぴたりと止まった。

 

「な……んで……」

 

 聞き覚えのある声、昨日まで聞いていた声、もう二度と聞くことのないと思っていた声。部屋の入り口にはシャーレの先生が立っていた。

 ホシノには理解出来なかった。

 先生がどうしてここにいるのか、どうやってここに来たのか、どうしてこの期に及んで止めようとするのか。

 

「おや、貴方のことは知っていますよ。シャーレの先生。連邦生徒会が呼び出した不可解な存在であり、『シッテムの箱』の主でもある。貴方がここに居ることは予想外ですが、貴方とも一度会話をしてみたかったと考えれば寧ろ好都合とも言えるかもしれません」

「貴方が黒服だね」

 

 黒服のことは知っている。当然、大智先生にとっては何度も見た存在であるからだ。しかし、それを堂々と表に出すわけにもいかないので、初めて会ったていで話を進める。

 

「なんで……先生がここにいるの?」

「小鳥遊さんなら、きっとこうすると思ったから、かな」

 

 知っていたから、とは言えない。だからありきたりな回答を返しておく。それとも、どこかの世界線の大智先生てあれば、『自分がホシノの立場であったならこうするから』と同じ選択を取ったのだろうか。

 ホシノからは困惑の色がはっきりと見える。それはどうして先生がここにいるのか……それよりも、契約を引き止めて何をしようとしているのか、その疑問が強いのだろう。

 ホシノにとっては、これ以外の選択はなかった。

 ただでさえ、利息を返済するのが精一杯の借金。そこにその利息が跳ね上げられたとなれば、選べる手段なんて殆どない。

 だからといって、後輩に間違った道を選ばせるわけには行かない。それは今は亡きホシノの先輩へと誓ったことでもあるから。

 となれば、必然と最善な選択は『黒服の提案を受け入れること』となってしまうだろう。

 それ以外に、最善だと思える選択肢なんてないのだから。それらを考える猶予すらないのだから。

 そう考えれば、先生の答えたありきたりな回答だって間違っていない。

 誰がホシノの立場に立っていたとしても、そこに『アビドスを守りたい』という意思がある時点でこの選択をせざるを得ないのだから。

 だが、先生が賭けたのはここからだ。

 

「君たちに小鳥遊さんを渡すわけにはいかないね。僕にとっては危険だからね。君たちゲマトリアも……その『影』も」

「…………ほう?」

 

 黒服は興味深そうにその視線を先生に向ける。

 この一言だけで、こちらの言いたいことは理解できるはず、そう先生は考えていた。

 そして、暫くの間沈黙の時間が続く。恐らく、この言葉の真意を思考しているのだろう。そして、その真意にはすぐに気がつく筈だ。この状況でこの言葉を出す理由なんて一つしかないのだから。

 

「……クックックッ、なるほど、理解しました。それが、貴方の手札というわけですか、シャーレの先生……いえ、大智先生と呼ぶべきでしょうか。えぇ、えぇ、確かに、それに貴方が協力してくれるというのであれば小鳥遊ホシノとも釣り合いが取れるでしょう。ここで『影』の話題を出すということは、そういうことなのでしょう?」

 

 こくりと、先生は頷く。

 『影』、それが先生がここまで温存してきた手札。

 先生がこれまで動き続けた計画の目標であり、この場でホシノを助けるための手札でもある。

 『影』とは、突如としてゲマトリアの前に現れ、協力者となった人物だと聞いている。

 先生は、影がどんな人物かを知っている。その目的も知っている。今までに何をしてきたかを知っている。

 彼は、簡単に言ってしまえば誰よりも強欲であり、自らの野望の為に簡単に他人を利用し、息を吸うように手を汚す。そんな人間だ。

 既に多くの人間が、生徒が彼の手にかけられた。

 この世界の人間はまだ大丈夫だろうが、遠くないうちにその手を血で染めていくことだろう。

 先生は、並行世界を知っている。

 並行世界で、影が何度も生徒を手に掛けた姿を知っている。

 先生はその記憶を受け継いでいる。

 だからこそ、ここまでの物語を知っていた。

 殆どないと言える原作知識を手に入れていた。

 その全ては影を止める為、そのために受け継いだ記憶だ。

 そして、その影がゲマトリアの協力者になった理由も、ゲマトリアの研究の成果やその道具を利用する為なのである。恐らく、ゲマトリアはそれに気がついている。その確信があるからこそ、この手札なのだ。

 

「せん……せ? いったい……何の話……? 影って……何……?」

 

 唯一、話に置いていかれていたホシノが口を開く。その表情は複雑なものであった。色んな感情が入り混じり、どう表情として表せばいいのか分からなかった。

 『影』とは何なのか、先生はいったい何をしようとしているのか、何に協力しようというのか、何一つ理解できないでいた。

 

「大丈夫だよ、小鳥遊さん」

 

 先生のいつもと変わらない優しい目がホシノを見つめる。その瞳にホシノは何も言えないでいた。信じていいものなのか分からないでいた。

 それは、大人として信用出来るかどうかの話ではない。

 それが例え黒服に先生が協力するというものであったとしても。

 だって、黒服はそれがホシノの契約の代わりになると言っていたのだから。それ即ち、ホシノの代わりに先生が犠牲になる。少なくともホシノはそう解釈していた。

 自分の為に、生徒の為にここまでしてくれる大人なんて今まで……いや、これからも他に現れないだろう。

 やはり、先生はホシノにとって信頼のできる大人だ、改めてホシノはそう思うことが出来た。出来たからこそ、自分の代わりに犠牲になろうなんてその考えを受け入れたくなかった。

 もう失いたくない、ホシノの頭の中はその言葉でいっぱいだった。

 

「駄目……だよ、先生、私の代わりに犠牲になんて……」

 

 失うくらいなら、自分が犠牲になる方がマシだ。失わないためにここまでやってきた。その結末がこれだなんて、受け入れられるはずがない、そんな思考の渦に飲み込まれていた。

 そんなホシノを温もりが包みこんだ。

 先生が、優しくその身体を抱きしめていた。

 

「大丈夫、僕は犠牲にはならないよ」

 

 優しく透き通る声とその温もりにホシノは顔を上げる。先生の真っ直ぐな瞳と目が合う。その瞳からは信じてほしいと語りかけられているような、そんな様子が伺えた。

 

「……うん、先生を信じるよ」

「ありがとう、小鳥遊さん」

「……正直、何故生徒のためにそこまでするのかは理解できかねます。恋人でも家族でもない、赤の他人の為に何故貴方は命を掛けられるのでしょう?」

「それが、生徒達の平等の幸せを願った僕の使命だから。それに、この戦いは必ず勝たないといけない」

 

 ホシノを安心させる為とはいえ犠牲にならないと言った手前、刺し違えてでもとは言えない。

 必ず勝つなんて言葉も、昔の先生であれば使うことのない言葉だっただろう。

 勝敗というのは遊びであっても戦であっても平等に訪れる。

 能力や相性、環境に運、そのどれも勝敗を左右する要因であっても、確定させるものではない。実力があっても相性で負けることがある。相性で勝っていても環境によって負けることもある。弱者であっても運よく強者の心臓を貫けば弱者が勝つこともある。

 この世に必ずなんて言葉はない。それは誰にでも平等に存在する可能性に左右される。

 だが、今回は勝たないとまた多くの命が失われることになる。それを防ぐために今の先生がいるのだから。

 

「……貴方には何が視えているのですか?」

 

 その覚悟を黒服も感じ取ったのか、先生が何を見ているのかを問うた。

 

「強いていうなら、生徒達を幸せにするための道筋かな」

 

 間違ったことは言っていない。だって、影を倒せないとバッドエンドが確定してしまうのだから。

 黒服からすれば先生からの発言は、明らかにホシノを助ける以外の目的が垣間見える。

 何故影の存在を知っているのか、何故それが黒服含めたゲマトリアに通用する手札だと知っているのか、不可思議なことは多いだろう。

 だが、それらの疑問は先生の勝利への誓いが答えとなる。否、明確な回答にはならないが、その回答を不要なものにするには充分なものだ。何故なら、ゲマトリアにとっての危険因子の排除に協力する、その対価としてホシノを返してもらう、それだけなら敢えてこんな宣言をする必要なんて一切ないのだから。

 だからこそ、黒服も理解した。先生側にも、影を倒す理由があるのだと。だからこそ、黒服はそれ以上の問いかけをしなかった。

 黒服はゲマトリアの、自らの探求における危険因子の排除、先生は目的の一つとして影を必ず倒さなくてはいけない、この利害の一致さえわかってしまえばこの契約は結ぶに値する。

 

「彼から貴方の話を聞いた時から感じていましたが……やはり先生、貴方は実に興味深い。貴方は搾取する側の人間でありながら、搾取するのではなく、常に与える。その為に、あらゆる手札を用意し、時には敵すらも利用する。貴方程の人間が我々と同じ探求者になれば、我々の誰よりも早く崇高に近づけるかもしれません。どうでしょう、共に真理を、秘儀を追求してみる気はありませんか?」

「残念だけど、断っておくよ」

「……左様ですか。では、気が変わればいつでも来てください。私は貴方を歓迎しますよ?」

 

 そんな日は来ないと思うけど、と先生は心の中で呟く。先生がシャーレの先生として生徒を守る覚悟をした時点でその選択を取ることはあり得ない。ゲマトリアが生徒を守るため先生に協力するというのであれば話は変わるかもしれないが。

 

「では、残りの話は後日にしましょう。それまでに契約書も用意しておきますよ」

「……帰ろう、小鳥遊さん」

「……後で詳しい話、聞かせてよ」

 

 黒服には無言を返し、先生はホシノと出口へ向かう。

 

「最後に一つ、カイザーコーポレーションにはホシノさんのことを伝えてしまいました。帰り道にはお気をつけください」

 

 先生は黒服の話を横目で見ながら聞き、部屋を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「小鳥遊さん、急いで帰ろう」

「先生? どうしたの?」

 

 先生は焦りを見せながらホシノに呼びかける。これから何が起こるかを知らないホシノは首を傾げていた。

 

「僕の予想が間違ってなければ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――アビドスはこれから襲撃される」




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