もう(エタれ)ないじゃん
模擬戦が終わり、話し合いが始まった。
ハオは広域指導員を正式に確定、月給など様々な事が決まっていく。
そして、エヴァンジェリンの話になった時、茶室には笑い声が響いた。
「ハハハハハハハ! お前……お前あの馬鹿にそんな魔法をかけられたのか!?」
目頭を拭う少年を少女は厳しく睨み付けた。
「うるさい! 黙れ!! 殺すぞジジイ!!」
「戦闘になったというところまでなら分かる。お前の性格に、大方『あのバカ』の早とちりが原因だろう?」
頬を膨らませるエヴァンジェリンに対しハオは続ける。
「問題はその後だ、呪文の詠唱を間違って登校し続けることになるとはな。ハハハハハ、これは傑作だ! その幼児体系にはピッタリじゃないか。5、600歳のババアが中学生とはな! 『闇の福音』の名が泣くぞ」
腹を抱えて笑うハオをエヴァンジェリンは睨み付ける事しかできない。本来なら、『誰のせいだと思っている! お前が何年も連絡を寄こさないのが原因なんだぞ!?』と言ってやりたいところだが、彼女のプライドがそれを許さない。
行方不明となった、この男を探す途中で「『闇の福音』が俺の師匠に何の用だ!?」と赤毛に因縁を付けられたのだ。目の前の男が原因と言ってしまっても何の問題もないだろう。
少年は笑い続けるが、睨む事しか出来なかった。
ふと、思い立った少年が口を開く。
「『まさか』とは思うが、その程度の魔法も解呪出来ない訳でもあるまいな?」
その言葉には明らかに嘲笑が混じっていた。
「貴様……解呪出来るのか……?」
答えたエヴァンジェリンの瞳には『希望』と『悔しさ』が浮かんでいる。
「僕には出来ないよ? 何せ『魔力』がないからね。純粋な魔力勝負になる解呪の類は無理だろう」
「出来ないくせに、随分と偉そうだな? 頭でっかちは顕在か?」
笑うエヴァンジェリンに、ハオは答える。
「だが『術式』だけならば話は別だ。この程度見れば分かる」
「ん?」
「如何にも『頭が悪い奴』が、『術式は適当だが魔力で無理やり掛けた』様な、汚い術式を綺麗にした上で、反発する術式をかければ良いんだろう? 簡単じゃないか」
「何だと!?」
少女は驚愕するが、少年は至極当然の事をしただけだった。
『真祖の吸血鬼』エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが、この魔法を解呪できない理由は単純明快。
エヴァンジェリンは『千の呪文の男』という『天才』が適当に魔力だけでかけたため、元の術式から外れ、見当もしないところで複雑な構造で呪文が成立していると考えた。
一方、ハオは『ナギ・スプリングフィールド』という、『稀代の大馬鹿者』が適当に作った汚い術式と判断した。
例えるなら『これはペンですか?』と聞きかれ、『ハイ、私の名前はホッチキスです』と答えるくらい成立していない。
『ナギの性格』から判断し、見るからに間違いのものを省き、元の術式を復元したハオ。
『天才』という『先入観』によって、術式全てが正しいものと判断してしまったエヴァンジェリンの差である。
「本当に残念だ、後は魔力を流し込むだけなんだがなぁ……」
何ともワザとらしく少年が呟いた。
「何故それを先に言わない!?」
少女の大声が茶室に響く。
「そのままの方が面白いからな」
少年の言葉の端々からは『愉悦』がにじみ出ている。
「ふざけるなジジイ!! さっさとその『術式』を教えろ!!」
立ち上がるエヴァンジェリンを、ハオの眼光が射抜く。
「随分と偉そうだな、人に物を頼む『態度』を知らないのか? 『よろしくお願い致します』だろう?」
「ッ……」
正論であるが故の手痛い指摘に、少女は息を飲む。
「ほら、どうした? 早くしないと気が変わるぞ」
腹の立つ顔で、目の前のゴキブリ頭が私に言う。
このジジイに頭を下げるのは屈辱だ。
だがこの『登校地獄』はそれにも勝る程の苦痛――
「教えてください……よろしくお願いします……」
歯の隙間から漏れるような声で、エヴァンジェリンが言った。
「誠意が見えないな? キティちゃん」
本人が最も嫌いな呼び方で、ハオが煽る。
「どうしろと言うんだ?」
少女のボルテージが上がっていく。
「ここは日本だぞ? 由緒正しいお願いの仕方があるだろう?」
「なっ!? 貴様ァ……」
何かを察したエヴァンジェリンがハオを睨み付ける。
「『土下座』をしろ、ババア」
吸血鬼の堪忍袋が破裂した。
「ふざけるな! 誰が貴様にそんなことをするか!! お前の頭をカチ割った後に調べてやる!!」
「ほぅ?」
満月の光が満たす室内を『魔力』と『巫力』が侵食し始める。
「……」
この二人が顔を合わせて何度目の状態だろう……常人なら失神しかけない異常な威圧感が漂う室内で、僕は何度目かの吐き気を覚えていた。
『顔見知りが学園の説明をした方が良いじゃろうて……後は頼んだぞ、高畑君』という学園長の粋な計らいによって、僕は逆流性食道炎の危機を迎えている。
胃に穴が空くのが先か、逆流するのが先か、考えるだけでも更にストレスが溜まる。負のスパイラルだ、この人が学園にいる限り僕はこの連鎖から抜け出せないだろう。
労災降りるんだろうか……?
「ハオさんも、エヴァも落ち着いて……」
気分が悪そう口元を隠しながら、タカミチが言った。
「どうした? 悪阻か?」
ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべエヴァンジェリンが言い放つと、室内の緊張感が和らいだ。
この瞬間僕は悟ってしまったのだ。
僕がいじられている限り、この二人の機嫌は多少は紛れると言う事。
そして、肉体と精神面の両方を襲うストレスより、精神面だけいじられる方が安定すると言うことに。
彼の頬を雫が伝った。
だが、そうと分かれば話は早い、この話題を切り替えるだけだ。
「そういえば、まだハオさんに担当していただくクラスを言ってませんでしたね?」
涙を拭きとったタカミチが切り出す。
「ああそうだな? 何か問題でもあるのか?」
「特に問題は有りません。ただ、仮にも副担任ですから先に名簿をお渡ししようかと……」
タカミチが鞄から取り出した名簿を、ハオは受け取る。
名簿を開いたハオは、タカミチの書き込みに目を細めた。
生徒の情報を細部まで書き込むのだ、大変であったに違いない。
気が付けば――
「ありがとう」
と言葉に出てしまっていた。
普段の彼ならこんな事言うはずもないのだが、引き継ぎとはいえここまでするのだ。
教員としてタカミチへの評価を改めていた。
飴と鞭――肉体的にも精神的にも疲弊しているタカミチは、何よりこの言葉は体に染み込んだ。
人の心を読み取る『霊視』がまだ使えていたころに培った人心掌握術は、今も健在であった。
名簿を確認するハオは二点で確実に目が留まる。
「茶道部に囲碁部か……」
呟くハオに、少女がピクリと反応した。
「文句でもあるのか?」
名簿に書かれた『2-A』と言う文字を視認し、エヴァンジェリンが察した。
『本格的にババアだな』
ふと、そんなことを考えていた瞬間だった――
「何だその目は? まるでババアとでも言いたいような顔だぞ?」
僕の思考が読まれた!?
いや、そんなバカな事はない……
「自意識過剰だぞ。私生活のだらしないお前が『茶道』とは恐れ入ったよ。あぁそうか……茶を飲むのは好きだったな? 大方、チャチャ丸にでも世話をさせているんだろう」
鼻を鳴らしたハオが応える。
「式神を使う貴様が言えたことじゃないな! この文化の素晴らしさも分からないほど耄碌したか?」
「言ってくれるじゃないか……」
「ハッ! 当たり前だろう? 貴様『茶道』の『茶』の字も分からないくせに、よくも言えるな?」
嘲笑するエヴァンジェリンは止まらない。
「知識だけの貴様に何が出来る?」
目の前にいる男が『全知全能』ということぐらい、百も承知だ。
だが、それを差し置いても茶道は知識だけで上手くなるものではない。
確かに知識も大切ではあるが、必要なのは絶対的な練習量。
茶を点てた回数、経験値こそがものを言う。
「『この僕』に対して良く言えるな?」
偉そうに言い放つが、私が知る限りこの男にできる事は二つ――『麺を茹でる』『野菜を切る』ことだけ。
私とフランスで過ごした二年の間に、この男が身に付けた技術は『たったそれだけ』でしかない。
二年もあったんだぞ!
しかも、炎の精霊を操るくせに、野菜を炒めることも出来なかった未熟者だ。
「何か間違いでもあるのか?」
少女は挑発的に笑った。
「『弱い犬ほどよく吠える』とは良く言ったものだな……」
「何だと?」
「いい機会だ。僕が茶を点ててやろう」
ここまで言われて黙っていられる程、ハオの人間は出来ていない。
「随分と自信があるようだな? 面白い……なら私の舌を満足させることが出来なければ、『登校地獄』の解呪スペルを教えてもらう事にでもしようか?」
吸血鬼が冗談を言うと――
「良いだろう」
ハオは快諾した。
少女から不気味な笑い声が漏れた。
エヴァンジェリンが茶室から、茶道具を取り出す。
「これで十分だろう? やってみろ」
挑発的に出された茶道具に目を通し、崩していた足を正座へと組みなおす。
『絵になる』と言うのは、このような事を指しているのだろう。多くの人の目を惹く絵画の様な光景がそこにあった。茶室にいた二人も、その神秘的な光景に目を奪われていたことは言うまでもない。
茶筅と茶器のすれる音が、静寂が支配する部屋に響く。
ハオより差し出された茶器を回し、口に付けたエヴァンジェリンは戦慄する。
「こういう時何て言うんだったかな? エヴァンジェリン?」
『ヘラス帝国』において、忌まわしい組織から姿を隠すため行った隠居生活。
自給自足による生活は、ハオの自炊能力を料理人と名乗ってもおかしくないレベルに跳ね上げていた。
足を崩し、横柄な態度を取るハオに、少女は俯いたまま震える。
「タカミチはどうだ? 美味いだろう?」
『全知全能』ゆえに茶道の知識も十分なハズだが、この横柄な態度は治らない。
「すごく美味しいです! こういう時何て言うんでしたっけ? 結構なお点前で……とかで合ってますかね?」
「よく知ってたな。それが正解だ、そうだよな……『茶道部』?」
震えたまま俯くエヴァンジェリンに追い打ちが入る。
「どうした、早く言えよ? 『結・構・な・お・点・前・で』だろう?」
「フ、グヌ……け、結構な……「声が小さくて聞こえないぞ? ババア」」
苦虫を噛み潰した顔で言葉を絞り出す少女に、勝ち誇った顔をする少年がいる。
この人たちは本当に僕より年上なのかと思うくらい、大人げない。
「何処かの誰かが言うには、僕はジジイらしい……最近耳が遠くてなぁ! もっとハッキリ言ってもらわないと聞こえないんだよ!」
「うあああああああああああああああああ!!」
奇声を上げてエヴァンジェリンが立ち上がると、勢いよく扉開け立ち去った。
ハオさんの笑い声が木霊する茶室で、僕は思う。
この光景は一体何なんだ?
来週以降、この人が生徒を指導出来るのかという事に疑問を覚え始めた時――
「おい、タカミチ。お前また失礼な事を考えていたな?」
「え? いや、別にそんなことは……」
周囲の気温が上がった事に気づくが、もう遅い
「トレーニングの時間だ、タカミチ」
冷たい声が茶室に響くと、僕の全身を『赤い手』が包み込む。
気が付けば退路は消滅していた。
「あぁぁぁぁ……」
力のない声が口元から漏れ、僕は今日も処刑場へ向かう。
この時、僕は気づいていなかった……
二人が学園にいる限り、安息の地が無い事に。
そして、この瞬間から吸血鬼と魔王のサンドバックへ昇格してしまったことに――
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一汗を流し、自室に戻ったハオは寝転びながら名簿に目を通す。
あの時、目に入ったのはエヴァンジェリンの顔と、もう一つ――
「『神楽坂、明日菜』か――」
ハオが呟いた。
全ての『魔法』を無にする、少女に瓜二つ……いや、それはまさしく本人だろう。
『黄昏の姫巫女』が何故ここにいる?
まぁいい、これは赴任早々に面白い事になりそうだ。
魔法は無効化出来るが、『巫力』は無効化出来るのか? 『甲縛式オーバー・ソウル』の解除までも可能なのか? などと疑問は尽きない。
そして、この少女は何よりも『あの組織』を打ち倒す希望なり得る。
早急に手元にサンプルを用意しなくてはな……
『麻帆良』か……暫くは退屈しなくて済みそうだ。
少年の高笑いが、室内に響いていた。
しかし、この時ハオの手元にサンプルが無かった事が、何よりも証明している。
『世界』がどちらの味方をしているのか――
この時、息の根を止めておくことが出来れば、この戦いにも終止符を打てたことに。
『広域指導』兼『対魔獣警備任務』の前日――
副担任としてクラスに入る、一週間前の日の出来事である。
てなわけで日常編でした。
さっさと修学旅行編に突入したいですね・・・
桜通りの吸血鬼編は、もうさんざんエヴァの事は書いてるからスルーしても許されるよね?