TSエルフが魔王になるまで 作:エタメイカー
アイギスが連れてきたのは猿轡を噛まされた女だった。ブラウンの髪は乱れ、目は血走っている。
顔はそれなりに整っている。なるほど。憑依するにはなかなかの人材だ。
「彼女は、レシア。帝国の諜報員です。王室に潜り込んでいました。スリーパーとして潜んでいたようですが、モグラ狩りに掛かりました」
「へぇ。処遇は?」
「外患誘致です。死刑でしょう」
「ふうん。申し分ないね」
アイギスを仕事に戻す。そしてヌメ子と共にレシアを私の魔術工房に引き連れていく。
今回は外部の精霊の力を借りた魔法ではなく、自らの魔力により作用させる魔術を使う予定だ。なので魔術陣を設置する。
そして、その中心にレシア据える。手足を広げさせ、エーテルの槍で四肢を固定する。
「スローライフ。念願のスローライフがやって来る」
「よくわかんないけど。エルは人間の感覚を取り戻したいのね。それにアイギスの考えてるようにこの国を守護する精霊に成りたくないってことよね」
「そ。感覚を奪われてこの国を見守るほど私は暇じゃないんだよ。もう十分やったよ。私はね」
ヌメ子の力を借り、術式を発動する。魔術というより精霊を行使して行う魔法に近い魔術だ。死霊術とも言えるかもしれない。
「ねぇ、エル? 猿轡は外さなくて良いの? 最期までこのままは可哀想じゃない」
「あー。外しても良いんじゃない?」
ヌメ子は魔術が終了する直前にレシアの猿轡を外した。レシアが歯をガチンと噛んだ。
「キャハハハ。やったわ! アイギス! エルはもうわたくしのものよ!!」
ヌメ子の哄笑が聞こえた。しかし、術式の完了した私にはどうしようもないことだった。
鼻から焼けたエーテルの匂いがする。目を開く。光が目に入る。久方ぶりの感覚だった。失ったものを取り戻した。生を実感する。
しかし、妙なことに胸の鼓動を感じない。死んでいるように肌も冷たい。
「妙な魔力を感じたと思ったら……フィヌメリア! 貴様、主に何をした!?」
「別に、何もしてないわ。エルはわたくしの夜の女王になったのよ」
「そういうことか。この外道め!」
ヌメ子とアイギスが何やら争っている。ヌメ子が勝ち誇っていることや、体温の冷たさから私は人間ではなく、死霊になったらしい。
ヌメ子は
レシアに憑依することで半精霊人、もしくは普通人になるはずだったのだが。
レシアが歯かどこかに毒を仕込んでいてそれを噛み潰して自殺したか、もしくは舌を噛んで自殺したのか。
そして死んだレシアをヌメ子が配下にし、私が死霊化したということだ。まあ、別に支配されてないけど。
「ご主人様を取られて悔しいとでも言ったらどう? 無能な武具精霊サマ?」
「黙れ、魔物」
まだ、命の奪い合いには発展していないようだ。ふわふわ宙を舞う、偉そうなヌメ子に声を掛ける。
「ヌメ子、偉そうだね」
「そうよエル。もうヌメ子はやめなさい。わたくしはフィヌメリアよ」
「えっ、やだ。ヌメ子はヌメ子だよ。フィヌメリアは呼びにくいし」
「なんでよ!? フィヌメリアで良いじゃない! 呼びなさい! これは命令よ!」
「ヌメ子のくせに生意気な……」
ヌメ子のスカートが消え去った。そしてパンツ丸出しの浮遊霊が残った。ヌメ子の今日のパンツは黒と白の縞々パンツだ。例によって綿素材のお子様パンツである。リボンは無く、パイピングは有る。
「なんでよ!? なんでわたくしの命令が無視されるの!? わたくしの支配下に無いってこと!?」
「逆になんで支配出来ると思ったわけ?」
「だ、だって、わたくしが親となって、新しく産み出したことにしたのよ。支配出来るはずじゃない! あっ、干渉が足りなかったのね。魔術陣に対してわたくしの魔力量が少なかったのよ。そっか、構築エーテルの絶対量に対する私由来のエーテルが足りなかったのね。なるほど」
黙って見ていたアイギスが切り出す。
「主よ。我が奇跡によって御身を浄化します。さすれば精霊と成り、この国を邪悪な魔物から守れるでしょう」
「えっ、やだ」
「えっ???」
「国の運営に疲れたし、スローライフがしたいし、人の感覚を失いたくない。アイギスは武具精霊だからそういうのわかんないと思うけど」
「そ、そんなぁ。見捨てられた……主よ、私を見捨てないでください。うぇぇぇん」
泣き出したアイギス。ヌメ子は上着を必死に引っ張りパンツを隠そうとしながら、スカートの再構築に必死だ。
「なるほど。つまり私を分ければよいのか」
「は? エルついに頭がおかしくなったの? いや元からおかしかったわね」
「あるじしゃまぁぁ、アイギスを見捨てないでくださいぃぃ。うぇぇん」
享楽にふける私と、精霊化が進んだ私を分ければアイギスの要求も、私の願望も果たせる。素晴らしい案だ。
「分けないと、この身体が運用出来ないんだよね。死霊ベースの身体に精霊が入っている状態だから、そのうち身体が瓦解するだろうし、瓦解後は自動的に精霊化するだろうね。私としては嫌だな。だから、私の純精霊人としての多くを切り離すね」
というわけで、なんかピカピカ光っている分身が誕生した。眩しい。
「はじめまして愚かな欲求の私」
「はじめましてだね。ピカピカしてる私」
「国家運営シミュレーションゲームを私にやらせる気ですね。自分はヌメ子と旅に出掛けて……」
「そっ。長い時間頑張ってきたからね」
「羨ましい。しかし、かつての私が歯止めを掛けていた分、メレーヌ共和王国を発展させることが出来るってことですね。メレーヌ共和王国ファーストです。産業革命、蒸気機関、植民地。ふふ。歴史を進めましょう」
「あー。うん。それやったら、この世界めちゃくちゃにならない?」
「それが何か? 私はメレーヌ共和王国の守護精霊です。私が国家ですよ」
ごめんアイギス。世界が大変なことになるかもしれない。
なんか、めちゃくちゃテンションが高く、自分のことをエル・メレーヌと名乗りだした精霊の私をアイギスが崇拝している。
便宜上、あれは、私じゃなくて精霊メレーヌと呼ぶとしよう。
恐らく、精霊メレーヌの核は私がエルフの里から持ってきたペンダントだ。路銀にしようと実家から盗んで、結局換金しなかったやつである。
精霊なので、エーテル体で身体が構成されている。食べ物の味とかが分からなくなったやつだ。かわいそうに。
まあ、アイギスと精霊メレーヌが、今後のメレーヌ共和王国の運営をやるのだろう。精霊メレーヌは私なので、業務の引き継ぎやらは発生しない。
放置していたヌメ子のスカートを元に戻す。ヌメ子はプンスコしている。ほっぺを膨らませて私、怒ってますって意思表示をしている。
膨らんだほっぺを指でつつくと空気が、ぷしゅと抜けた。
「エル、私に言うこと無い?」
「よくも支配しようとしてくれたな~」
ちょっと赤かった顔が、ちょっと青くなった。
「あ、あれは違うのよ。つい魔が差したっていうか、ほら、人間悪いことしたくなっちゃう時って有るじゃない?? 生きてれば過ちの一つや二つは、有るわよね?」
ヌメ子は厳密に言えば
死霊は生命の敵である。ヌメ子に悲惨な過去が有ったり、現在のヌメ子が大分マイルドになっていることを差し引いても、悪の存在だ。
ヌメ子と話をしていたら、精霊メレーヌとアイギスによって、私とヌメ子に国外追放処分が下された。
「元自分への情とか無いの?」
「不穏分子を国内に置いてても仕方ないですし、今後メレーヌは聖教会の勇者派を国教とします。聖教会との関係を上向きにするため、あなたがたは不要です。だいたい、ヌメ子を囲っているのも元私の趣味でしょ。死霊は国家にとっては害でしかなかったんですよ」
ヌメ子と私は身の回りの物を処分され、そのお金を与えられた。そして共にメレーヌ共和王国から放り出されたのだった。