「……」
『……先生?』
「……大丈夫だよ、アロナ」
『少なくとも今の私には、到底大丈夫なように見えません……』
……今日、アリウススクワッドによる調印式襲撃からの一連の騒動は幕を下ろした。補習授業部の助けを得てエデン条約機構を塗り替え、無事に平穏は戻ってきた。今回の事件による負傷者の治療や被害の復興も急ピッチで進んでおり、キヴォトスは以前と変わらない日常を取り戻しつつある……そう、『キヴォトス』は。
「……そっか、ごめんねアロナ、わかっちゃう?」
『……ユキさんは』
『ユキさんは、きっと生きています。だから希望を捨てないでください、先生』
「……うん、きっと、きっと、生きている」
……私とヒナを逃がすため囮になったユキは、あれから行方不明のままだ。セナとミネに聞いたが、どちらにも『鞘野ユキ』という患者は入院していない。可能性があるならアリウススクワッド……彼女達が言っていた「シャーレの先生と部長は計画の一番の支障になる」という発言。あれをユキも知っていたのなら、もしものために身を隠しているのだろう、と。そう考えるしか、なかった。
『それに先生、このまま仕事が手つかずだとユキさんが帰ってきた時にまた怒られちゃいますよ?』
「はは、そうだね。いつもみたいに……いつも、か……」
思えば、彼女が入部した時から、私の隣にはずっとユキが居た。まだシャーレのいろはもわかっていなかった私にキヴォトスについて色々教えてくれた最初の頃。大切な約束を交わしたアビドス、仕事が増えてきたのに出張してしまって口うるさく文句を言われたミレニアム、ようやく彼女について少し知れたトリニティ。そして彼女を知らなければならないと思ったRABBITの皆の一件。……それ以外にも私があちこち行く度に小言を言いつつも「仕方ないですね」と助けてくれた。……気づけば、彼女が居るのが当たり前になっていた。
……一人、たった一人。だけど私にとっては掛け替えのない日常の象徴。大切な人が居なくなると部屋が広く感じると聞いたことはあるが、この数日、それを強く実感している。
「……よし、アロナ。そろそろ夜だけど、少し仕事片付けとこうか」
『そうですね先生、今日は色々あって何もできませんでした……し……』
「どうしたの、アロナ?」
『……先生、パソコンに音声メッセージが届いています!』
「それだけならよくあることだと思うんだけど……まさか!」
『はい!送信元は……ユキさんの端末です!』
思わず椅子を立ち上がる。やっぱり彼女は身を隠していただけなんだ、希望を捨てなくてよかった。……でも、彼女ならこういうときメッセージじゃなくて電話かモモトークを使いそうなものだけど、一体どうしたというのだろうか。……ひとまず、ユキが何を送ってきたのか、聞かなきゃ。
「アロナ、開いていいんだよね、これ?」
『確認した限りはウイルスの類は含まれていません。もし見落としがあったとしても私がなんとかします!』
「はは、頼りになるね、アロナは」
一刻も早く聞かないと、そう身体が急かす。淀みない操作でパソコンを操作し、送られてきた音声ファイルを開く。いつも通りの彼女が待ってると、そう信じて。
『……あー、あー……聞こえてる、でしょう、か……?まあ、たしかめる、術は、ないん、ですけど……』
「……ユキ?」
なのに、聞こえてきた彼女の声は、とても弱々しくて。
『……これが、ぶじ、先生に、送信、されているなら、私は、もう、いきて、いない、でしょう……』
「『……え?』」
語られたのは信じたくない、あまりにも無情な現実だった。
「おろ、今日の当番はおじさんと風紀委員長ちゃんかぁ~」
「……『ヒナ』でいい、アビドスの副会長」
「だから『ホシノ』だって、そろそろ覚えてくれないとおじさんは寂しいぞ~」
「じゃあ『ホシノ』、私も風紀委員長じゃなくて名前で呼んで」
「はいはい、わかったよ『ヒナ』ちゃん」
「ちゃんは付けないでいい……」
翌日、シャーレに向かう生徒が二人。アビドス対策委員会委員長、小鳥遊ホシノとゲヘナ風紀委員会委員長、空崎ヒナ。少し因縁のある二人が当番になったのは何の因果か、まあそこまで深く考えずに二人はシャーレの扉を開く。
「おはよ~せん、せ……」
「っ!」
二人が異変に気付いたのはすぐの事である。彼女らが部室に入ってすぐに目にしたのはデスクにうつ伏せになった『先生』の姿だった。
「先生、大丈夫!?しっかりして、先生!」
「……この前の傷が開いた、とかではなさそうだね」
ヒナは真っ先に先生に駆け寄り安否を確認し、ホシノはいつものだらしない性格が鳴りを潜め、冷静に状況の分析を始める。
「う、ん……」
「先生!よかった、また何かあったんじゃないかと……!」
「……あぁ、ごめん、ヒナ。昨日仕事してたらそのまま寝ちゃってたみたい」
ヒナに揺さぶられると先生はすぐに目を覚まし、身体を起こす。
「……っ!」
「……今日の当番は、ヒナとホシノか。じゃあ今日の仕事は……」
「……先生、休んで」
「え?」
椅子を回し、此方に顔を向けた先生をみた二人はすぐに先生が「仕事中に寝てしまった」などでこうなった訳がないことを察した。
「……すごい顔、何かあったんでしょう?」
ヒナは泣きじゃくった跡の見える頬から。
「うんうん、ヒナちゃんの言う通り。昨日は色々あったんだし今日くらいは休んでいいと思うな」
……ホシノは、昔ユメを失った時の自分と同じ、その濁った眼から。
「……そっか、なら、ちょっと寝させてもらうね……」
両人に言われては流石にと、先生は覚束ない足取りで休憩を取りに部屋を出る。……シャーレの部室には、当番二人だけが残された。
「……ホシノ、貴方はどう見る」
「……正直おじさんも先生がああなるほどの何かっていうのは想像できないね、でも」
「『これ』が原因ってのは、わかるよ」
ホシノの指は、先生が起きた時にスリープが解除されたパソコンを差していた。画面には音声ファイルが映されている、恐らく先生は『これ』を聞いたせいでああなったのだと想像するのは容易かった。
「……そうね。それでどうする、このまま仕事に入る?」
「んー、この状況でいきなり仕事って気分にはなれないし……」
「聞いてみちゃう?これ」
「……そうしよう」
先生がどうしてああなったのか、知らなければならない。そんな強迫観念にも似た興味に襲われた二人は恐る恐る音声ファイルを開く。
『……あー、あー……聞こえてる、でしょう、か……?まあ、たしかめる、術は、ないん、ですけど……』
「これは……!」
「ユキちゃんの……」
再生からすぐに、二人はこのファイルが何であるのかを、察してしまった。
……ああ、別に気に病む必要は、ありませんよ……先生……さっき、囮になったのは、私が、自分で、判断したことです……
……もう、身体も、動きません。腕も足も、何も感じないん、です……多分、もうすぐ目と、耳も……
ただ、そのまましんだら、あなたのこれからがだいぶ、不安なので、最期の気力で、なんとか、つたえます……
……まず、未だに、書類仕事すら、できないのは、いい加減、どうにかしないと。私は、もう、いないん、ですから……さぼらないで、しっかり確認、すること……
仕事を他人に任せるのもほどほどに、しないと……みんなが、やってくれてるけど、本当は、あなた一人で、やらなきゃ、いけないんですよ……?
……出張のたびにトラブルに巻き込まれるのは、もう、諦めました。もういっそのこと、出張先の問題、全部解決するくらいの勢いでやってください……
……ああ、そうだ、まちがえても、復讐とか、考え、ないで、くださいよ……
復讐は何も生まない、とか、そういう安っぽい、理屈じゃ、なくて……
あなたは、せんせい、なんです。せいとの、てほんにならなきゃ……
それ……に……
わた……し……との……やく……
……そ……く……
「……うそ、でしょ」
「……っ」
途中で力尽きたらしく、後のデータは恐らく端末の電源が切れるまでなのだろうか、弱々しい呼吸音が途絶えるまでが記録されていた。
「……ヒナ、先生の所、行ってあげて」
「ホシノ、私に何ができるっていうの?私は鞘野ユキじゃない、彼女の代わりには「それでも!」っ!?」
「今の先生には、助けが必要なんだ……行ってあげて、仕事はおじさんがやるから」
「……わかった」
ホシノの意を汲み取ったヒナは先生の後を追いかけるように急いでシャーレの部室を出ていく。一人しかいないシャーレの部室は広く、そして寂しいもので。
「……っ!」
血の滲むほど強く握りしめた拳でホシノが壁を殴りつける音だけが、空しく響いていた。
「……立って、サオリ」
声は、震えていた。
「私はサオリと、対等に話がしたい」
私の比ではない憎悪と怨嗟、悲哀が入り混じっていた。
「先に質問させて」
立ち上がり、見据えたその瞳は涙を、感情を押し殺していて。
「「彼女」って、誰の事?」
私は、私にとっての家族のような、大切なものをこの手で奪ってしまったのだと、理解してしまった。
※ユキが居る世界線でのブルアカではエデン3章エピローグの最後にこの遺言と血まみれで瓦礫にもたれるユキのスチル(表情は口だけ)が投入されます。
番外編、いります?
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いる
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いらない
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コラボとかしろ