――――散々な目に遭った水着選びから少しして。
装備の確認、宿の手配、後輩達への通達、その他諸々出張の準備を終わらせた私は明朝からミズガルズを走らせ八戸浦村に向かっていた……比較的涼しい朝なのにもうヘルメットが蒸し暑いな、今年の夏はどうかしてる暑さだ。
『マスター、そこまで暑いと言うのであればドヴェルグの衣装ではなく他の衣服でもよかったのでは?』
「貴方は水着でバイクに乗れとでも言うんですかグラニ?」
『そこまでは言っていませんが……半袖くらいにはしても良かったのではと』
「というか別に身体は風で冷えてまだ涼しい方なんですよ、ただただヘルメットのせいで蒸し暑いだけで」
『それは夏なのにフルフェイスヘルメットを選んだマスターが悪いかと』
「……否定できませんね、ドヴェルグ時代の癖でなるべく顔全体が隠せるものを選んでしまうのです」
『悪癖ですね、矯正できるうちに直しておくべきかと……と、マスター、そろそろ八戸浦村です。RABBIT小隊とは入り口で合流することになっていますが』
「集合予定時間よりは早めに到着するようタイムスケジュールは立てています。集合地点は伝えていますが万が一の場合にはミズガルズを目印にすればなんとかなるでしょう」
(あの子たちのことですからそこまで心配はしなくていいと思いますよ?)
「……そうですね、多分大丈夫です」
そこはかとなく不安を覚えながら、海が見える街道を走り抜け、八戸浦村の入口へ。
待っている間に海辺でも眺めようかとメットを外して空を仰ぐが、天気はあいにくの曇り空、妙に蒸し暑かったのもこのせいだろうか。
『今のうちに偵察用ドローンを展開することもできますが』
「現段階ではバレた場合に言い訳が聞きません。やるにしても動画撮影のためだとか理由を付けて許可を取った方が良いでしょう。疑われれば支障が出ますから」
『了解、偵察用ドローンは待機状態に設定。それと銃器ですが……』
「Dáinsleifは使用禁止、でしょう?わかっていますよ」
『よくお分かりで』
あれ以来Dáinsleifはずっとミズガルズに収納されている。グラニ曰く『ここが一番管理しやすいので』とのことだが、私が無理やり使おうとするなんてことは想定しているのだろうか……まぁその気になればできるだけでやる気はないが。
(そういえばクロ、あの銃に使われた技術は結局欠陥品だったということでいいのでしょうか?)
さあ……あの男の話によれば「神秘と恐怖が真に交わり崇高に至りし時、その銃は本来の力を発揮するでしょう」だとかよくわからないことをのたまっていましたが……正直よくわかりませんね。
(……ふむ)
シロ?
(すこし心当たりがあるような、そんな気がして……まあたぶん違うので気にしないでください)
なんですかそれは……いや、どうせ使わないので構いませんが……
……さて、予定通りならそろそろ後輩たちが合流する時刻ですね、と。
「随分と早いんだな、先輩」
「そちらは定刻通りで結構。時間厳守は良いことです……うん?」
「どうかしたんですか?」
「ああいえ、一応これは潜入任務ですので衣装がいきなり水着ということをとやかく言うつもりはありませんが……その恰好でその銃は少し違和感がありますね、こちらで仕舞っておきましょうか?」
「不要です。潜入任務とはいえ装備は有事に備えできるだけ多く持ち込むべきであるものだと……おいモエ、なんだそのやる気のない恰好は?」
続々と集まってくる後輩達、何故か全員水着なのは気になるが……まあいいか。
「ひとまず全員集まったようで何より。先生から聞いての通りだと思いますが、今回はシャーレで忙殺されている先生に代わり私がシャーレ部長として指揮を執ります。SRTの実働任務とでも思ってください」
「あの、先輩」
「どうしましたRABBIT1……ミヤコ。質問は後で受け付けるつもりでしたが」
「……どうしても先輩じゃなきゃダメだったんですか?」
「ええまあ、先生は提出期限が迫った、ないし遅れている書類を片付けるため今回の作戦には参加できないと判断しました。大方今頃は会長代行に雷でも落とされているかと」
「そうですか……先生にも見てもらいたかったのに……」
……やっぱり半分くらい観光目的だったな後輩共?……いやまぁSRTの正式な任務でもないし、私からすれば外部同行者だから別に構わんのだが……
「そういうわけで来るにしても先生は書類を片付けてからになるでしょう……む」
「せ、先輩……」
「……ミユも気づきましたか、既に注目の的らしいですね、我々は」
「えぇ……まだ何もしてないのに……?」
「そりゃあ此処は漁村ですよ?釣りに来るならまだしも如何にも泳ぎにきましたとしか言えない恰好じゃ怪しまれるに決まっているでしょう。観光客なんて滅多に来ることのないこの村なら余計に、です。RABBIT小隊各位は後で私服なり自然な恰好に着替えておくように」
「……泳げないんですね」
「少なくとも今日は」
うん、まあ漁の邪魔にもなるしなによりこの天気だもんな。明日ならともかく今日泳ぐのは無理だ後輩共……この蒸し暑さだから泳ぎたいのはわかるが。
(まぁ全部終わったら一緒に泳ぎにでも行ってあげましょうよクロ、折角買った水着が埃を被りますよ?)
使わないに越したことはありませんあんな水着……こんなことならラッシュガードでも持ってくるべきでした。
(正直じゃないですね)
何がですか。
「コホン……手遅れかもしれませんが今回は潜入任務です、くれぐれも目立つ行動や違和感のある行動を避けて慎重に動くこと、いいですね?」
「「「「了解」」」」
「よろしい。では私はRABBIT小隊とは別に動きます、定時報告は怠らずに」
「別行動って……先輩はもうアタリが付いているんですか?」
「一応は……と言いたいですが、実のところサッパリです。海老だけを独占しようなんて人物も企業も心当たりはありませんから」
……まあ、真っ赤な嘘なんだけど。
(素直に言えば良いものを……ヘルメットといい、ドヴェルグ時代の悪い癖が抜けてないんじゃないですか?)
いきなり言ったところで頓珍漢な発想としか思われないでしょうが。後輩共が自分達で確証を得てからさも突き止めました、と言わんばかりに情報提供したほうが信憑性はあがります。それに元凶に目星は付いても手段が分からなければ問い詰めようがありません。
(まあ、そうでしょうけど。で、アタリは何処ですか?)
書類を見て思い出したんですよ、そういや同じ名前の企業がここ数カ月程ブラックマーケットに禁輸品を横流ししてたな、と。商売の邪魔にならないので放置していましたが……
仕事を請け負った以上話は別です。レッド・フック・エキスプレス……その化けの皮、剥がさせてもらいましょう。
(いやもう武器商人からは足を洗っているじゃないですか貴方)
それはそれ、これはこれ。気分の問題です気分の……まあ、ドヴェルグとしての身分はありがたく使わせてもらいますが。
数時間後、調査をしていたRABBIT2……サキが加工場を離れたのを確認し、バイザーを付けて加工場に足を運ぶ。
「さ、て……アポ無しの凸はあるまじき行為ですが、脅しと取れば悪くないでしょう」
(ありがたく使わせてもらうって……もしかして殴り込むためでした?)
「断じて違います。ただ、あの企業を調査するのなら……」
「こっちの身分の方が良いだろうと、そう判断した」
(正式な捜査令状を発行する手もありますよ?)
「そんなの証拠を隠されるに決まってるだろ。同じ裏社会の商売仲間なら口も軽くなると思ってな」
バイザーを展開、すっかり見慣れた自分の顔を覆い、シャーレ部長鞘野ユキから武器商人ドヴェルグの姿へ。口調も……大丈夫だな、よし。ボイスチェンジャーも正常。
「最近噂のレッド・フック・エキスプレスってのは此処で合ってるか?」
入るなり乱雑に一声……ふむ、これだけじゃ大した反応はないな、当然だが。
「あ、あの……どちら様でしょうか?」
「おっと失礼、私としたことが礼儀を欠いていた……こういう者だ」
「ええっと……!?」
少し困惑した様子の受付にドヴェルグの名刺を渡してやれば意外なことに眼を見開く反応を見せた。さてはこの企業末端までズブズブだな?
「……貴方ほどの方がこんな一企業にどのような要件で?」
「単純に気になっただけだ。ここ最近になって急に
「そうですか……それだけでわざわざこの寂れた村に?」
「新しい取引先の開拓中でな、たまにこうしてあちこち回ってるのさ」
嘘である、ドヴェルグとして売り込みをしたのは最初だけだし、評判が広まってからはむしろ売り込んでくる輩の方が多い。……もう足を洗ってはいるが、そうして作り上げた裏の情報網はこういう時に役に立つ。
「ふむ……少々お待ちいただけますか?」
「その心は?」
「もしよければ代表と少し話していただければと思いまして」
「なるほど、こちらとしては悪くない提案だ。んでその代表とやらは今何処に?」
「今の時間帯なら浜辺をほっつき歩いてるところでしょう。連絡を入れますので20分もあれば戻るかと」
「わかった、そういうことなら乗ろうじゃないか」
「ありがとうございます。ではこちらに……」
なんとも都合の良いことにトントン拍子で証拠が揃いそうだ。信用って大事だな。
(その信用を使って騙してるようなものですけどね)
どうせもうドヴェルグとして活動する気はないし切り崩して構わない信用だよ。ここで終わらせれば切り崩す必要もないが。
(随分と裏に漬かってしまって……私は悲しいです……)
私に全部ぶん投げて惰眠を貪っていたのが悪いです。
「いやぁこんな辺境までようこそドヴェルグ殿、お噂はかねがね。まさかご本人にお会いできるとは」
「お世辞はよせ、私はブラックマーケットではまだ新参者だ、事業がたまたま上手く軌道にのっただけで」
「私はそれを尊敬しているのですよ、無からこの2年という短い期間で富と信用を築き上げた貴方という商売人を」
「そうか……で、代表自らということは余程重要な話と見たが」
通された部屋で適当に後輩共と通信を終えた後これまた都合よく戻ってきたレッド・フック・エキスプレスの代表と対面し、開口一番世辞を貰った……特に気にしてなかったけど結構評価高いんだな、私って。
「ええ、実は我々、もうそろそろこの村から撤退して新しい事業を始めようと思うのですよ」
ほう?
「随分と穏やかじゃない話だな。やりすぎてカイザー辺りに目をつけられたか?」
「そのようなことはございませんのでご安心を……あくまで密輸は元手になる金を作る事前準備ということです」
「猶更不可解だな、既にこの村という拠点があるのにそれを捨てる意味が」
「……レッド・フック・エキスプレスが表向きは水産加工業を営んでいるのはご存じでしょう?」
「らしいな、それがどうかしたか?」
「我々としてはとっととこの悪臭漂う村からおさらばしたいのですよ。密輸のために廃棄している海老の件が問題にもなっているそうですし、アシが付かない内に撤退するのが賢明な判断です」
……なるほどね。流通が少なくなったのではなく「止まった」理由がこれか。
「確かにD.U.地区でも話題になってるな、少しづつ密輸品と海老の比率を入れ替えていけばここまで広がることもなかったろうに」
「おっしゃる通りです……ですが次の事業ではそのような失敗は致しません、なんせ銃器の売買ですから」
「ふむ?」
「そこで提案なのですが……ドヴェルグ殿、我々と業務提携する気はありませんか?」
……何言ってるんだこいつ、まあ一応話は聞いておくか。
「提携?」
「ええ、まだ我々には実績が少なく、売り出そうにもブランド力がありません、そこでドヴェルグ殿です」
「ドヴェルグ殿のネームバリューがあれば取引先は間違いなく増え事業は安定する。ドヴェルグ殿もわが社の販売網を使えば更なる利益拡大が見込める、どうです、WIN-WINの関係でしょう?」
「……ふむ」
わざとらしく考えるフリをしておく。まあドヴェルグとしての答えは間違いなくNOだ。ドヴェルグの武器は個人個人に合わせたオーダーメイドであるからこそ価値があるのであって大量生産の廉価品なんて出されたら溜まったもんじゃあない。このまま舐めてんじゃねえぞと銃を抜いてもいいが……
「……まあ、考えてはおこう。生憎今は業務中止中だからな」
「わかりました。その気になったのならいつでもこちらに」
もう武器商人ドヴェルグは廃業してるし、今回はあくまで調査、摘発が目的だ。言葉を濁して帰るとしよう。
「にしてもまさか1発ビンゴとは……私のネームバリュー、思ったより高いんですね」
(たまたまじゃないですか?)
「正直そうだと思います……こんなネームバリュー、本当はない方が良いですし」
(全くです)
加工場を後にし、バイザーを収納して潮風を浴びる……やっぱバイザーも蒸し暑かったな、内部に冷房でも付けるか?
(どっちかといえば除湿の方が良いかと)
確かに……さて、取れる情報、というか核心は得ましたし、後は後輩共が近づくのを待つだけ……ん、ミヤコ?
「こちらユキ、どうしましたか?」
『あっ先輩……その、我々は住民に警戒されてしまっているようで、思うように情報収集が捗りませんでした』
「でしょうね。まずは警戒心を解くところから」
『ですので本日夜、住民が寝静まったタイミングで改めて調査を再開しようかと』
「ちょっと待ちなさい」
……相変わらずこの後輩共は突拍子のない発想しかしないなぁ!?
一度スイッチが入ると結構筆が進みますね。
何とは言いませんが
-
先生(男)
-
先生(男)、ミヤコ
-
先生(女)
-
先生(女)、ミヤコ
-
ミヤコ