Electro Saga Pilot 回る少女と絡繰の道化師 作:シマムラテツカネ
─とある街、オランダ通りと呼ばれる通りの路地。そこには「風のオルゴール」という小さなオルゴール店があった。
店内では髪を2つに結んだ少女がオルゴールを手に取りその音色に耳を傾けている。
オルゴールは小さな木箱の上にピエロの人形があしらわれた古いもので、奏でられる音は温かくも物悲しげだった。
「…このピエロ、笑ってるのかな。それとも、泣いてる…?」
何も無い場所を延々と回り続ける道化師。
それはこれから少女の身に起こる運命を暗示しているようだった─
Vision:
「…はぁ」
少女はオルゴール屋で買った友人への誕生日プレゼント用の猫のオルゴールを手提げかばんに入れ、オランダ通りを歩いていた。先程のピエロのオルゴールは高すぎて手がつかなかったようだ。
「…これから、どんな顔をして悠人先輩に会ったらいいんだろう…」
少女は浮かない様子だ。見たところ高校生のようだが、学校の先輩との間に何かあったのだろうか。
「あきらめたほうが…いいのかな…」
とぼとぼと歩きながら俯く少女。見ようによっては青春の1ページとも取れる光景だったが…
次の瞬間、その日常は終わりを告げた。
「きゃあああ!!」
「!?」
突如として上がる悲鳴。それと同時に現れたのは、『この世界』には不釣り合いな異形の怪物だった。
「えっ… なに…!?」
何かの撮影かドッキリかと少女は疑った。例えばここが異能力者達の集う街であったり、剣と魔法のファンタジー世界であったりしたら怪物が湧いて出るのも理解できるだろう。しかし、ここは何の変哲もない現代の日本である。ありえない、絶対にありえてはいけないものが目の前に存在し通行人に襲いかかっている。
(逃げないと…いやその前に警察に通報した方が…!!)
少女は物陰に隠れてスマホを取り出し、
その一瞬の隙をついて怪物が頭上から襲いかかった。
「ギギギギギ!」
「ああっ!」
歯ぎしりのような、テレビの砂嵐のような不協和音を出しながら怪物が降ってくる。
(先輩…!!)
少女は死を感じ取り、時間が止まったように感じた。
怪物の姿が鮮明に目に映る。
漆黒の楕円形の胴体から生えた蛙のような手足。
額から突き出した鋭い一角、その下にある金色の眼と恐ろしい牙の並んだ大きな口。
背中を覆うノイズのような物体。
そのノイズのような物体を突き破って生えてくる青緑色の光刃。
「…えっ?」
それを見て少女は自分の主観が止まっているのではなく、実際に怪物が空中で静止していた事に気付いた。
「…あぶなかったぁ〜…ヒーローは遅れてくるものって言うけど助けを待ってる人を待たせるなんて…」
聞き覚えのない声が聞こえてくる。光刃に貫かれた怪物が粒子となり四散する。
「でももう大丈夫。私が来たんだからね」
光刃を辿った先にはメカニカルな大剣と、それを持つ小柄な女の子の姿があった。
茶髪のポニーテールに青緑、黒、ライトグレーを組み合わせたラフな服装。
ノースリーブのくせに長靴を履いていたり、ジャケットに不思議な紋様が入ってたりとやや奇抜なファッションだが首にかけた赤いヘッドホンと腰につけた青緑のウォレットチェーンがどこか調和をとっている。
左肩に輝くのは『01』の文字。その姿はまるでアニメの世界から飛び出してきたヒーローのようだった。
「き…君は…?」
命拾いした少女は腰を抜かし、問いかける。
「私はカンナ。」
カンナと名乗った少女は大剣を構え、
「調律師…
怪物の群れへと突っ込んでいった。
「…すごい…」
少女は息を飲んだ。ここに画材があったらこの光景を絵に起こしたい。そう思うような光景が目の前に広がっていた。
カンナは大剣を振るい、怪物の群れを次々と薙ぎ倒していく。
「みんな、危ないから離れてて!」
「えっ!?」
カンナの呼びかけに応じ、少女や周囲の野次馬が距離を取る。
「痺れろっ!サンダー!」
カンナが剣を天高くかざすと空から無数の雷が降り注ぎ、怪物を一網打尽にした。
(もしかしてあれって…魔法…!?)
ゲームや漫画の中の作り話だと思っていた。しかし、確かに目の前にある。
「っと…大物のお出ましだ」
あらかた怪物を蹴散らしたカンナだったが、地面から大きな手が生えてくる。
這い出てきたのは巨大な赤鬼のような怪物。筋肉質な真紅の肉体に頭部の二本角、胸部を胴鎧のように覆い尽くす鬼面型のノイズとそれまでの怪物とは一線を画す風貌だ。
「ギザザァァァ!!!!」
咆哮を上げ右腕を振り下ろす怪物。
「よっと」
そしてそれを跳躍して回避するカンナ。
「これは簡単にはいかなさそうだな…」
そう言うと大剣の持ち方を変え、肩の文字を光らせる。
すると剣はみるみるうちに変形しギターのような形状になった。光刃も形を変え光の弦になっている。
「みんな聴いて!これが、私の全力全開っ!!!」
カンナがギターの弦を掻き鳴らす。その音色は荒削りながらも心に響く音であり、少女は心に一筋の光が差し込んだように感じた。
しかし怪物はこの音を苦手としているようで、苦しそうに怯むと同時に体を覆っていたノイズが消失した。
「ボルテージも高まってきたし、そろそろフィナーレだよ!!」
ギターを再び大剣に変形させ大きく振りかぶるカンナ。
「ハイパァ…ッ!!」
遠心力を活かし、全力で大剣を投擲する。大剣は怪物の胸部に深々と突き刺さるがこれで終わりではなかった。
「リンクゥゥゥッッッ!!!!」
どういう原理か剣の位置へと瞬間移動したカンナはそのまま剣を手に取り渾身の横斬りを喰らわせる。
怪物は真っ二つになり、怨嗟の叫びを上げながら粒子と化していった。
「お、終わった…?」
一部始終を見ていた少女は安堵したように座り込む。
そこにカンナが駆け寄ってきて手を差し伸べる。
「ケガはない?」
「えっと…うん。大丈夫です」
少女はカンナの手を取り立ち上がった。
「今日見た事はなるべく他の人には話さないように、あとさっきみたいな怪物を見たらすぐ逃げるように…」
そこまで言ったところで気の抜けた腹の音が聞こえてくる。
音の元はどうやらカンナのようだ。
「…お腹、空いてるんですか?」
「いやぁ、別に?」
カンナの目が泳いでいる。とても先程までのヒーローとは同一人物とは思えない情けない表情だ。
「無理はしないでください。助けてくれたお礼に、美味しいものでも奢りますよ」
「ほんとに!?…い、いややっぱ遠慮して…」
再びカンナの腹が鳴る。先程よりも少し大きい音だ。
「…実はこの街に来てから2日間は飲まず食わずで…もう一歩も動けなくてェ…」
カンナは申し訳無さそうに森の妖精のような弱音を吐いた。
「2日間って…とにかく人も集まってきてますし、早く行きましょう」
少女はカンナを引っ張るようにその場を去った。
「すごいな、あの子…まだ子供なのにあんなに入るなんて…」
「さすが育ち盛りの女の子は違うわねぇ〜」
「というか連れの子学生さんみたいだけどどういう関係なんだろう?」
オランダ通りの名物パンケーキ屋。つい先月オープンしたばかりではあるが海外では有名な店であり、連日大盛況である。
そんな中に、少女とカンナの姿はあった。
「…生クリームパンケーキだっけ?私の故郷にこんなのなかったよ!うますぎる!!」
「は、はぁ…でもさすがにこれで最後にしてくださいね…」
カンナの横には皿が3つほど重なっていた。一方で少女は特に空腹でもなかったためか、あるいは財布への負担を軽減するためか一杯の紅茶を少しずつ飲んでいた。
「わかってるよ、えっと…そういえば名前聞いてなかったね、あと別に敬語じゃなくていいよ」
パンケーキを頬張るカンナに少女は言った。
「…みく。」
「ミク?」
「
「へぇ…いい名前だね」
「そうかな?あんまり言われたことないんだけど…」
「『ミク』って響き、私は好きだよ。『未来』って感じで」
「…未来、か…」
少女…美紅は少し不安そうな声で言った。
「…もしかして、何か困ってることある?」
「えっ…?いや、別に…むしろ君の方が大変そうというか…」
「あ〜…2日間飲まず食わずのことか…」
「いやそれもそうだけど」
カンナのパンケーキも残り一切れだ。さすがに腹も満たされただろうが今後の食い扶持はどうするつもりなのだろうか。
「さっきの…あの怪物達はなんなの?なんで君は戦ってるの?それに武器や魔法だって…」
「う~ん…あまり話しちゃいけないことなんだけどな…まあ見たものは仕方ないしパンケーキのお礼になるべく簡単に説明するよ」
カンナはフォークをパンケーキに刺したまま話した。
「まずあの怪物は『ディゾナンス』って言って人々の音を奪う悪い奴ら。で、それに唯一対抗できるのが『
「説明になってない」
パルスのファルシのルシがパージでコクーン案件である。
「実は私もよくわかってないんだ、なんかそういう使命に選ばれたってことぐらいしか」
「使命って…あとこの街に来てからって言ってたけどどこから来たの?隣町?」
「ごめん、それだけは言えない。あまりにもショッキングすぎるから」
「逆に気になるんだけど!?」
「いや本当にまずいんだって…ただこの街に来た理由なら言えるよ」
「はぁ…」
「ひとつは、友達を探しに来た。もうひとつは円盤を探しに来た」
「円盤…?」
カンナは最後の一切れをぱくつきながら言った。
「この辺りで金髪で私ぐらいの年齢の男女二人連れの子がいたらそれは私の友達だし円盤状のものや音楽に関するならなんでも私の捜し物の可能性はある。心当たりない?」
「う〜ん…心当たりはないかなぁ…」
強いて言えばオルゴール屋は近くにあるがいくら恩人とはいえこんな電波を連れて行っていいものなのか。
「そっか…じゃあもう少し探してみるよ、ありがとう」
ようやくパンケーキを完食したカンナは笑顔で言った。
「あ、でも食事や寝床は…」
「多分近いうちに友達も見つかるだろうからあまり心配しないで、そうなったらその時だから」
「いや危ないって!」
なんだかんだ美紅はカンナの事を心配しているようだ。
「実は私、学校で美術部やってて…簡単な似顔絵で良ければ捜索願いのポスター作れるよ?」
「美術部…ってのはよくわからないけど、作れるの?」
「うん、練習にもなるし…気晴らしも兼ねて…」
「…やっぱ無理しない方がいいよ」
「と に か く !スマホのペイントアプリで下書きするから特徴言って!!」
「ごめんごめん、えっとまずは…」
結局、店に滞在するために紅茶をもう一杯ずつ注文する羽目になるのであった。
「…贅沢しすぎてすみませんでした」
カンナが申し訳無さそうに言う。
「いいよ、まだ必要な分は残ってるし…」
そうは言ったが美紅にとっても想定外の出費だったようだ。
「それにしても驚いたよ。まさか私の友達とカンナの友達が顔も名前もそっくりだなんて…」
「まあよくいる名前と顔だからね…さすがに歳は違うけど」
「これからどうするの?」
「まあ気ままに…ポスターが出回ったら私も聞いてみるよ」
「じゃあ今日中に気合い入れて描くとしますか」
美紅は軽く伸びをしながら言った。
「ありがとう、じゃあまたね」
「うん。二ノ宮駅ってところの時計台が待ち合わせ場所になってるからポスターにも書いとくよ。たまに覗いてみてね」
「二ノ宮駅だね、了解」
カンナと美紅はお互いに手を振り合い、別れた。
(おかしな子だったけど、悪い子じゃなかったな…それにしてもあの怪物…ディゾナンスはなんで私を狙ってたんだろう?)
カンナやディゾナンスの印象があまりに強すぎたためか、美紅はその瞬間だけは先輩とのいざこざや哀しげなオルゴールの音色を忘れる事ができた。
しかし、そんな美紅を陰から見ている『なにか』の存在に気付くことはなかった…
続く