「お母様、お体の調子はどうですか?」
ティファナ母であるアリーシャ王妃の所へ訪れていた。
アリーシャ王妃は普段よりは顔色が良い。
「えぇ。近頃は体調は良い方よ。庭の散歩が日課になったくらい」
「それは良かったです」
アリーシャ王妃は生来より身体弱い。
そして元々はホーランドよりも北側の国出身の貴族だった。
夫である現王が猛烈なアプローチと、国力差を楯に無理やりお見合いと結婚にこじつけたと言う。
故に、王妃の母国には毎年多額の援助金を送っているのだが。
「……」
「どうしました、ティファナ。浮かない顔をして」
なんでもありません。
母を安心させる為にそう言おうとしたが、親というのは子供の不安に敏感らしい。
真っ直ぐ見つめてくる母にティファナが口を開く。
「その……勇者様方と、少し……喧嘩、というか……拒絶されてしまって……その理由が解らなくて……」
ポツポツと事の経緯を話し始める。
と言っても、初陣で帰って来た彼女らを賞賛したら、予想外に怒りや哀しみの感情を向けられた。
その理由が解らない。
話を聞いた王妃は諭すように言う。
「彼女達はここに来る前は平和な世界に居たのでしょう? まだ1年過ごしただけの国の為に戦争をやらされ、人をたくさん殺めた。心身に相当な負荷がかかった筈です」
「あ……」
母に言われて、ティファナはようやく勇者達の心が沈んでいた理由に少しだけ気付いた。
ホーランドの王女であるティファナにとって、隣国のエネスト国は印象の悪い国だった。
土地を貸し与えられ、他にも多くの支援を受けながら、もっともっとと
その問題がようやく片付いたと聞けば嬉しいと思うのも無理はない。
しかし勇者達にとっては良く知らない。ただの隣国だ。
そこで敵兵とはいえ、大勢の人を殺めたとすれば、あの態度も頷ける。むしろ優しい対応だったと言える。
いや、この瞬間までティファナは物語の勧善懲悪のように、誰かが死んだ、という想像すらしていなかった。
悪い国を懲らしめてきた。そんな勝手な印象。
実際敵国に放り出されて戦った勇者達にとっては────。
そこまで思考を張り巡らせると、俯く王女。
それに王妃は頭を抱き寄せた。
「わたくしは、勇者達に感謝しているのです。彼女達4人が召喚されたことに」
「お母様?」
「勇者の剣は4本。そしてあの剣は、ホーランド王家の血筋の者にしか使用することが出来ません。あの子らが何故剣を使えるのかは分かりませんが、もしも4人揃わなかった場合、貴女が1本任されていたでしょう」
母の言葉にティファナは目を見開く。
「夫がそれを拒否しても、アーツ殿が必ず与えた筈です。あの人の発言力は現王よりも優先される。貴女の魔力資質は勇者に劣る物でもありませんから」
長い間この国仕えてきたあの御老体がこの国を仕切っていると言っても良い。
もしも勇者が揃わなければティファナにその役目が与えられた筈。
「我が子が戦場に送られなくて良かった。心の底からそう思うのです」
「わたくしは……」
ティファナは途轍もない罪悪感に襲われる。
それではまるで、自分の代わりに彼女達が戦争をやらされているようではないか。
「うっ!?」
「お母様!?」
娘を放すと、具合が悪そうに口元を押さえる母にティファナはすぐに医者を呼ぼうとする。
しかし、それは王妃によって止められた。
「大丈夫ですよ。病の類ではありませんから」
「ですが!」
「良く聞きなさい、ティファナ。正式な発表はまだですが、今わたくしは────」
そう前置きしてから、王妃は愛おしそうに自分のお腹を撫でた。
「おらキリキリ歩けや! またぶっ飛ばすぞ!」
「渚ちゃん。それ完全に私達が悪役……」
「クソ……!」
年齢の近い盗っ人の名前はディノスと言うらしい。
それ以外の事は今も聞けてない。
「悪い事したならしっかりと親御さんに注意してもらわないとねぇ?」
「表情が悪人だよ……」
ディノスの腕を後ろに回してバインドをかけて歩かせている。
「窃盗はともかくボクをブスだの猿顔だの言ったのはぜってー許さねぇかんな!」
「そっち!?」
ディノスが驚く。
「あたりめーだろ。女の子にブスとか人生終わらされても文句の言えない悪口だからな?」
顔は笑ってるのに眼が笑ってなかった。
わりと本気で怒ってる。
そこで彩那が話に入る。
「ディノス君、だっけ。なんでスリを?」
ホーランド王国は豊かな国だと教わっている。
海があり、国土も大きく、資源は豊富。
南側に存在する国の中で3本の指に入る大国だ。
国民もそれ相応に豊かだ。
「うるせぇな。お前にはかんけーねーよ」
吐き捨てるディノスに渚がバインドを解いて腕を後ろに捻り上げた。
「ボクの親友になめた口利くなんていいどきょーじゃん。あんまふざけてっとテメーの腕くらいポキッと折っちゃうぞ?」
「クソ! このゴリラ! 放せつってんだろ!!」
「いやー。魔法の制御が効かなくてぇ……なんか見えない力に操られて折る方向に動いちゃうー!」
「イデデデデッ!? はーなーせーやー!!」
藻掻くディノス。
それを見ていた彩那が渚を止める。
「それ以上やったらこっちが悪者だよ。だからダメ。放してあげて」
「ちえー」
乱暴にディノスから手を放す。
勢い余って転んだ。
小さく息を吐いて彩那はディノスと視線を合わせた。
「あなたも、もう人のお金盗ったらダメだよ」
その言葉がよっぽど不快だったのか、ディノスが彩那を睨む。
「おまえらなんかに────」
「ちょっと! 何してるのよ! あんた達っ!!」
男性の声が3人に届く。
その人物はこの国の聖職者が着る正装を身に纏っていた。
ちなみにこの国の偉い聖職者の服は、全身水着のような黒のインナーに白のロングコート。そしてホーランド式を表す凧型の首飾りが特徴。
彩那と渚も軍部に居た頃に何度か見かけた事がある。
神父や牧師にあたる聖職者────この国では
「君達、この子になんの用かしら?」
緊張した様子でこっちを睨んでいる逝導者。
それに渚が噛み付く。
「はぁ! そっちが絡んできて────」
「渚ちゃん。ここは私に任せて」
渚に任せると、絶対にややこしい流れになると判断し、彩那が説明する事にした。
「すみません、逝導者様。私達実は────」
「本当にごめんなさい! ほら、あなたも謝りなさい!」
海の見える教会に案内された2人は中の個室に通され、逝導者に謝られている。
どうやらこの教会は孤児院の真似事をしているらしく、部屋の外には7人程の子供が興味津々で聞き耳を立てていた。
謝罪しろと言われているディノスは面白くなさそうに2人を指差す。
「俺と同い年くらいの女が、いっちょ前に軍服なんて着てるからちょっとからかってやったんだよ! バーカ!」
「そういう問題じゃないでしょ! 軍人相手に盗みを働くなんて、どうなってたか判らないのよ!」
既に渚と彩那はこの件をどうこうしようという気は失せている事を逝導者に説明している。
まぁ、罪を犯した本人からは謝罪されていないが。
息を吐いて、逝導者が2人に向き直る。
「失礼しました。私はこの教会を任されている逝導者のリューラ・シントニーよ。本当にこの子がごめんなさい」
ディノスの頭を掴んで無理やり頭を下げさせる。
リューラと名乗った逝導者は、長身でやや痩せ型の男性だった。
女性のような喋り方にちょっとだけ戸惑う。
彩那が気になった事を質問する。
「あの、この教会は孤児院も兼任してるんですか?」
「一時的にね。ほら、つい最近、隣国のエネスト国が解体されたでしょう? その関係であの国の国民がこっちに流れてきて。せめて身寄りの無い子供を1人でも多くと思って。この子もエネスト国から流れて来た子なのよ」
そう説明されてディノスが不愉快そうに視線を下に向ける。
彩那はそれを見ないようにして笑顔を取り繕う。
「立派な活動ですね」
「ありがとう。貴女達は魔法資質が優れていて軍に志願したの?」
「はい、まぁ……私達も身寄りが無いので」
嘘にならない程度に真実を隠す。
彩那の説明にリューラが眼鏡を外し、鋭い視線になる。
「いくら各国で戦争の空気が高まってるからって貴女達みたいな子供を……」
まだ10にもならない女の子を見て、不憫そうに唇を噛む。
しかし国の政策に口を出す訳にもいかず、言いたい事を堪えた。
渚が喧嘩腰でディノスに話しかける。
「で、君はお金を盗まなきゃいけないくらいここでの生活に困ってたの?」
「俺だって好きでこの国に来たわけじゃねぇよっ!!」
溜まっていた鬱憤を吐き出すようにディノスが声を荒らげた。
「国がやられたとかで、いきなり住んでた土地から追い出されたんだ。そこは元々、この国の
ホーランド王国がエネスト国に貸していた土地。
国自体が解体された事で、土地の返還と元から住んでいた住民を追い出す形となった。
エネスト国はホーランドの国土に囲まれた国であった為、そこを追い出されても結局ホーランドの何処かに行くか、危険を承知で国を越えるしかない。
「勇者とかいう奴らが、俺の国をめちゃくちゃにしたせいだ! 絶対に許さねぇ……!」
怒りと憎しみの籠った眼でそう吐き捨てるとディノスが立ち上がり、部屋の外へと出て行く。
「ディノス貴方!」
「外小屋の掃除行ってくる!」
逃げるようにして出て行ったディノスにリューラは渋い顔をした。
「ごめんなさいね。あの子も慣れない土地に来たばかりで苛立っているの。理解してとも許してとも言わないけど、今は見逃してあげて。お願い」
そう言って頭を下げる。
「いえ。私達も色々、その……」
勇者、と聞いてどう言えばいいのか判らなくなった。
それをどう受け取ったのか、リューラが提案する。
「もし本当に行く場所が無くて軍を辞めたくなったらいつでも頼ってきて。見ての通り小さい教会だから、贅沢はさせてあげられないけど、食べるのには困らないから」
きっと彼は善人なのだろう。
会ったばかりの子供に純粋な善意と心配で手を差し伸べようとしている。
どう答えるべきか悩んでいると、渚が返す。
「今は辞められないかな〜。でも、たまに遊びに来ていい? 軍の中だけだと疲れちゃってさ〜」
明るい表情で言う渚に面食らったが直ぐに吹き出す。
「えぇ、構わないわよ。いつでも遊びに来てね」
「やった! リューラさん大好き!」
と言って首に抱きつく渚に、こら! と軽く叱ってくれた。
2人が国と軍部以外で交友関係が広がった瞬間だった。
リューラとこの小さな教会には、後々にも大きく世話になる。
森渚。
父親は高級料亭の板前。母親もその店の従業員。
4人の勇者の中で魔力値は最も低いが魔力の扱う感覚に最も優れた少女。また、肉体の使い方も上手い。
何よりも特筆すべき点は未来予知のような勘であり、危険察知に優れている。
本人もその勘に頼り過ぎており、手にした情報による根拠よりも優先するところがある直感型。
趣味は携帯ゲームと散歩というか食べ歩き。
特技は料理を始めとした家事全般。
綾瀬彩那とは1番付き合いの長い親友であり甘やかされている。
即断即決に優れており、自然と4人の勇者の中心になる事が多い。
性格は明るく人見知りもしないが、裏表が無さ過ぎてトラブルも招く事も。