「たかだかテロリスト風情が国を名乗ろうなどとっ!」
「しかし、奴らがあの地の遺物を見つけたとなれば……」
「やはりあの地を流刑地にしたのがそもそもの……」
「今更言っても仕方あるまい」
帝国と名乗るテロリストが各国に戦争を仕掛けて約半年。
ホーランドの上層部ではこんな話し合いが毎日のように続いていた。
会議の内容は必要な事柄だが、殆ど話が進まない現状にホーランド王は心の中で息を吐く。
結局のところ、大陸の最北である帝国と最南に位置するホーランドでは、本格的な脅威はまだ先という認識が会議を遅らせる原因だった。
ホーランドがこの数ヶ月でやっていた事は精々軍備の増強と兵士の訓練の見直し。そして友好国への呼びかけくらいだ。
(だが、そろそろ話を進めねばなるまい……)
発言しようとしたが、その前に王様に一番近い位置に座る老人が口を開いた。
「ホッホ……今回の戦はこの大陸全土を巻き込む、大きな戦乱となろう」
「アーツ殿」
アーツと呼ばれた老人の言葉に会議室にいる全員が眉間のしわを深くする。
この老人はもうすぐ齢120に近い年齢でありながら、未だに家督を退かずに現役としてこの場にいる大貴族の当主である。
この国を昔から見てきた彼の言葉はまだ年若い国王よりも重いという事は暗黙の了解となってもいる。
その老人が楽しそうに言う。
「場合によっては"勇者"が必要となるかものう」
老人の言葉に全員が騒然なる。
皆一様になにを馬鹿な、と言った表情だ。
「アーツ殿。お戯れが過ぎますぞ。あの剣の適性者は居られません」
中年の貴族の言葉にアーツは分かっておると笑う。
「じゃが、せっかくの武器を戦争で飾って置くのも勿体無かろう? 適性者の可能性があるのは今のところ継承権第一位の第一王女のみ。流石に跡取りを戦場に出す訳にもいかん。しかし、居ないのなら喚び寄せれば良かろうて」
クツクツと悪い笑みを浮かべると老人は杖を突いて音を鳴らす。
「地下の遺物を使う。アレならば、もしやすると勇者を連れて来てくれるかもしれん」
アーツの言葉に会議室に居る貴族達は更に驚く。
もはや誰もが困惑を隠せないでいた。
「あの装置は、遺物として保管されていますが、起動するのかも分からない代物ですぞ」
「なればこそ、早めに試しておくに越した事はあるまい。喚び出した者が直ぐに戦えるとも限らんからの。なんにせよ、まだ戦乱に巻き込まれとらん今しかない。違うか?」
そこでアーツが王に視線を移す。
「王よ。代案が無くば、遺物の使用許可を頂きたい。必要な費用は全て言い出したこちらが用意しよう。それなら文句もあるまい?」
お伺いを立てているように見えるが、これはもう地下の遺物を使わせろという意味だ。
会議の流れはもう、彼の案を汲む流れになっていた。
王は小さく息を吐いて承諾の意を示した。
「勇者様?」
侍女から報告を聞いたこの国の第一王女であるティファナ・イム・ホーランドは首を傾げた。
つい先月8歳となったこの国の王女であり、現王唯一の子供だった。
「はい。アーツ様が押し切り、遺物を使って勇者を呼ぶ事を許可したようです」
「そう。あの方はまったく……」
あの老人が会議で身勝手に振る舞う事はティファナも知っている。
どうせ今回も会議を引っ掻き回したに違いないと予想する。
困ったこと、と頬に手を当てるティファナ王女。
この国で勇者という存在は特別な意味を持つ。
かつてホーランドより以前の国だった時に、かなり酷い圧政を敷いていた土地だった。
荒れた時代に暗君だった王と政治を討ち果たし、ホーランドという国を建てた者達。
その救世主たる勇者達が使っていた剣は今も大切に保管されている。
それを他所から喚び寄せ、国宝である剣を与えようと言うなら、反発も大きいだろう。
子供の頭で考えられる今後を予想していると、父に関しても頭を悩ませる。
「お父様も、世継ぎの子供がわたくしだけなのは問題でしょう? お母様はお身体があまりお強くないのに、第二夫人を娶るのを未だに嫌っているなんて。お母様を深く愛しておられるのは分かりますけど……」
ホーランドでは血を絶やさない為に王は妻を3人から5人を迎えるのが通例である。
それを現王は未だに第一夫人以外を妻に迎えていない。
世継ぎもそうだが、社交界でも第一夫人だけでは負担が大きい。
そのせいでティファナの母に余計な負担がかかっている現状を愚痴る。
「姫様は聡明でございますね。ですが、もう少し子供らしい言動をしてほしく思います。あまりに手がかからない子供というのも、大人としては寂しいものですから」
背伸びするのは悪い事ではないが、子供が早くから親に甘えなくなるのはそれはそれで歪な事だ。
目の前の小さな姫が大人として振る舞おうと努力する姿は将来が楽しみだと思うのと同時に危うさを感じる。
侍女の苦言に拗ねるようにそっぽを向くが、すぐに考えるような仕草をする。
「どうかなさいましたか? 姫様」
「いえ。もしも勇者の召喚が成功したら、どんな方が喚ばれるのかしら?」
「きっとこの国を守ってくださる頼もしい殿方に違いありませんわ」
その予想は半月後に裏切られる事となる。
「その者達が?」
「これはまた。可愛らしい勇者樣達じゃのう」
召喚した勇者達は着ていた服とは違う服を着せられて、王と国の重役が数名。それから護衛の兵士達が居る部屋に通された。
王を始めとして、誰もが喚び出された勇者達に困惑している。
連れてこられたのは、この国の王女と同い年くらいに見える小さな女の子達だったからだ。
困惑しているだけの大人達に対して、召喚された4人の中で1番前に立っていた警戒心丸出しの猫のような少女が苛立ちを隠しもせずに叫ぶ。
「ちょっと! 説明してくれるんじゃないの!」
「渚ちゃん!」
「だって彩那! いきなりわけわかんないところに居て! 別の部屋に移動させられたかと思ったら、裸にされて変な機械越しとはいえペタペタ触られたんだよ! すっげー恥ずかしかった!!」
身振り羽振り不満を口にするナギサと呼ばれた少女。その言葉に他の少女達もそれは、と言葉を詰まらせる。
直接検査したのは流石に女性だったが、硝子越しに複数大人の男性にまじまじと裸を見られたのだ。羞恥やら怒りやらを感じない訳がない。
そこで召喚を任せた技術者が前に出た。
「検査の結果ですが、彼女らは素晴らしい素質の持ち主です。最低でもAAAランク。1人はSランクに届く程の魔力資質です。それだけでも喚びだした甲斐があったかと」
やや興奮気味に報告する技術者にこの部屋にいる者達に驚きの声が漏れる。
王と隣に座るアーツも目の色が変わった。
「ほう。それはまた素晴らしい」
アーツが顎髭を撫でてて4人の少女を見る。
それ程の魔力資質を持つ者がこの大陸にどれだけ居るか。
ホーランド王国だけなら片手で数える程度だろう。
勇者に適合せずとも手元に置いておきたい将来有望な人材である。
羨望、嫉妬、欲望、好奇、嫌悪、打算。
大人達がそれぞれあらゆる感情を少女達に向ける。
そんな中で身を寄せ合う4人だが、今からナギサが噛みつかんばかりに睨み返す。
「大体、勇者とか魔法とかってなんだよ! 魔王退治でもさせる気!!」
「それでは余が説明してやろう」
いい加減、話を進めようと王が口を開いた。
突然"召喚"という異常事態に巻き込まれた4人に聞かされた説明は到底納得出来る内容ではなかった。
ここは自分達が住んでいた世界とは違う世界で、現在は戦争中ある事。
このホーランドという国はまだ本格的に巻き込まれていないがそれも時間の問題であり、その準備として戦力に成り得る者を他の世界から喚び寄せた事。
それが4人の少女達であるなど。
「魔王退治よりよっぽどヤバかった……」
話を聞いて渚が遠い目をする。
魔王=悪者=人外なら多少は気が楽になったかもしれないが、相手は人間だ。
それに誰が悪いかなんて今の彼女らに判断できる筈もない。
「喚び出されたのがそなたらのような子供であったのは意外だったが、その素養が本物なら、訓練を施せばすぐに戦場に出られるようになるだろう」
そう締め括る王に堪らず璃里が声を上げる。
「待ってください!? そんな、戦争なんてわたしたちは────っ!」
出来る訳がないと訴える。
これまで平和な世界を生きてきて、いきなりこの国の為に戦えだなんて、感情が追いつく筈もない。
「帰りたいであろう?」
王の言葉に4人が茫然とした顔になる。
「この国に協力し、戦果を上げ、戦争が終わればそなたらを元の世界に還すと約束する。ホーランドの利になるならば衣食住も保証しよう」
「……」
こんなもの交渉でも取引でも何でもない。ただの脅迫だ
もしも断るなら、地球に還さずに放り出すと暗に臭わせてるのだから。
めちゃくちゃだ、というのが彼女達の感想だった。
しかしそれを口にする気力は無く項垂れる。
頷くしかない状況だが、戦争という単語に首肯する事を拒んでいるのだ。
そんな中で渚だけは頭をガシガシと掻いて答えを口にする。
「わかった。戦えばいいんでしょー……」
「はぁっ!?」
「渚ちゃんっ!?」
冬美と彩那が悲鳴のように声を上げる。
話の流れを変えようとする冬美を制して渚は勝手に話を進める。
「でも、ボクたちマジで戦えないよ? ただの女の子だからね」
「さっきも言ったが、この国が戦争に巻き込まれるまでまだ時間がある。その間、訓練を受けて使えるのかどうか判断させてもらう」
「ホッホ。ならば当面、この子らの面倒はわしが見ようか。そうじゃのう……期間は1年としよう。それだけあればある程度物になるじゃろうて。もちろん、この子らのやる気次第じゃが」
アーツの言葉に王が任せると丸投げする。
「今はまだ色々と混乱しているだろう。今日はもう用意した部屋で休むといい。明日までに気持ちを切り換えておけ」
王はそう言って召喚された少女達を側近に部屋へと案内させた。
4人全員が仲の良い間柄であることからホテルの大部屋のような部屋に案内された。
「それでは皆様方。何か御用がございましたら遠慮なくお呼び下さい」
ここまで案内してくれた女性が部屋の説明を終えて去っていくと、冬美が渚の胸ぐらを掴んだ。
「アンタ……なんであんな安請け合いした。自分がなににサインしたか解ってんの!」
「冬美だって反対しなかったじゃん。それに、あれ以外の答えがあった?」
胸ぐらを掴まれた手を外させて不機嫌そうに返す。
他の選択肢があったのかと問われれば無かった。だが冬美が苛立っているのはそこではない。
もう話は終わり、と逃げようとするが冬美は追及を続ける。
「アイツらは戦争をしろって言ったのよ!」
「じゃあこんななんにも分かんない場所で放り出されたほうが良かったの!」
追及を続ける冬美を鬱陶しく感じて渚も口調が荒くなる。
そこで彩那が割って入った。
「落ち着いて2人共。冬美ちゃん。渚ちゃんは答えられなかった私達の代わりに返答してくれたんだよ?」
「相談も無しに1人で勝手に決めて話を進めるのは違うでしょ! いったいなに考えてるの!」
せめて決断するのに少し時間を貰うなりべきだったと言う冬美。
話し合って答えを出すのと1人で決めるのでは訳が違う。
それに渚は首を振る。
「そんなの待ってくれるか分かんないじゃん! ボク達が断ったら次に誰かを誘拐しただけかもしれないし!」
「もう少し慎重に行動しろっつってんのよ! 大体なにを根拠に────」
「勘」
渚の胸を張って言ういい加減な答えに冬美がキレた。
握った拳で渚の頬を殴る。
ベッドに倒れた渚に彩那が駆け寄る。
「渚ちゃん、大丈夫!? 冬美ちゃんやり過ぎだよ!」
「こうでもしないと分かんないでしょ! この馬鹿はっ!?」
「このっ!」
普段ならここで謝る渚だが、今回は反発して立ち上がり、冬美に掴みかかろうとした。
そこで────。
「やめてよっ!!」
悲鳴のような璃里の声が響く。
今にも泣きそうな顔で璃里が訴える。
「こんな……なんにも分からないのに……ケンカなんてしないでよ……」
璃里の主張に冬美が目元を押さえる。
「悪かったわよ……でも渚。次はちゃんと相談して」
「うん。ボクもごめんね……」
2人それぞれ謝罪を口にした。
八神はやてという少女は小学2年生で8歳という年齢で独り暮らしをしている少女だ。
今も両親が遺してくれた家で朝を迎えている。
「いったぁ……」
そんな彼女は階段を上手く下りきれずに額を打ってしまった。
「あーもう……この子はぁ。ちゃんと働いてくれなあかんやろぉ?」
ぺちぺちと自分の太腿を叩くはやて。
両親が亡くなる少し前から調子の悪い足。
最近では階段を降りるのも一苦労だ。
「はぁ〜。こら、石田先生の言う通り、部屋を1階に変えた方がえぇなぁ」
主治医の言葉を思い出して嘆息するはやて。
杖を使って立ち上がると台所で朝食の準備をする。
足がどんどん不自由になるはやてに合わせてバリアフリー化した家で、台所も当然座って料理出来るように改装されていた。
「そういえば、森さんたちはキャンプ楽しんでるんかなぁ」
キャンプから帰ったらカレーパーティーなるものしようと誘ってくれたクラスメイト。熊を獲ってくるなど吹っ飛んだ発言もあったが、はやてはそれを楽しみにしていた。
朝食をテーブルに並べて朝のニュースを観ようとテレビを点ける。
「いただきまー……」
『今朝、海鳴市から夏休みのキャンプに来ていた小学生4人の少女達の行方が分からなくなりました。警察は少女達の捜索にあたっており────』
「え?」
行方不明になった小学生の名前を見て、はやては持っていた箸を落とした。