【前日譚】ホーランドの勇者   作:赤いUFO

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散策

 ホーランド王国第一王女、ティファナ・イム・ホーランドは勇者達の初陣が終わり、帰還した彼女らを出迎えるところだった。

 まだ幼い少女らを戦場に投入するのは軍内部から様々な理由で反対されていたらしい。

 まだ10にもなってない少女達を敵国に送り出そうと言うのだ。反発されない方がどうかしてる。

 しかし、彼女達は見事その任務をやり遂げた。

 これで勇者達の存在意義に懐疑的だった者達も納得せざる得ないだろう。

 ティファナはこの国に勇者達の居場所が増える事に安堵した。

 それだけだった。

 だから、彼女達が負った心の傷についてまで、思慮を届かせる事がなかったのだ。

 

「皆様、おつ────」

 

 お疲れ様です、と声をかけようとしたが、あまりの様子に躊躇われた。

 接した時間はそう長くないが、彼女らがとても親しみやすい人柄なのを理解している。

 只事ではない雰囲気を察しつつも父に言われた通りに勇者達を出迎え直す。

 

「皆様、お疲れ様です。初陣の華々しい戦果、おめでとうございます。これからも我が国の為に尽力────」

 

 そこで璃里が声を張り上げた。

 

「やめてよっ!?」

 

「リリィ?」

 

 肩で息をし、身体を震わせる璃里を横に居た彩那が抱き締める。

 

「あんな……あんな酷いことしてきたのに……おめでとうなんて……そんなことを言うの、やめてよ……」

 

 そこで決壊したように彩那の胸で泣き出す璃里。

 疲れた感じに項垂れながら話す。

 

「今、私達も余裕がないの……悪いんだけど、少し放っておいて……」

 

 手で顔を覆い、横を通る最後尾に居た渚がため息を吐いて哀しそうに。

 

「王女様にとって人の命ってそんなに軽い物なんだね」

 

 僅かな軽蔑を言葉に乗せてそう呟いた。

 去っていく勇者達を振り返って引き止めようとしたが、ティファナにはそれを叶える言葉を持ち合わせてはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、時期尚早だったのではないですかな?」

 

「なにがじゃ?」

 

 書類の作成の休憩にお茶を飲んでいたアーツが秘書の質問をはぐらかす。

 

「勇者方です。もう5日も顔を出してません」

 

「仕方なかろうよ。初陣であれだけの戦果を挙げた、ということは、それだけの人間を殺したんじゃから。投薬とカウンセラーは続けておるのじゃろう?」

 

 これくらいの事は想定内。

 今の内に近隣諸国を纏める必要があった。

 次の波があるまでに持ち直せば良い。

 

「リリィ殿は特に酷いと聞きます」

 

 リリィこと羽根井璃里は初陣からの帰還後、ずっと部屋に閉じ籠もっている状態だ。

 

「普通じゃよ。むしろ、治療を受けているとはいえ、ちゃんと生活出来ている他の3人がタフなんじゃ」

 

 他の3人は訓練にこそ顔を出さないが、概ね普通の生活を遅れている。

 仕事を終えてアーツがペンを置く。

 

「まぁ、あと10日は放っておけ。今は心の整理をさせた方が良かろうよ」

 

「はぁ……」

 

 懐疑的な眼でアーツを見る秘書。

 老人が立ち上がる。

 

「何処へゆくのですか?」

 

「歓楽街に決まっとろう。みなまで言わせるな。さーて今日は誰を指名しようかのう」

 

 そう言って部屋から出るアーツ。

 齢百をとっくに過ぎたあの老人の性欲は未だに涸れることはないらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「璃里の様子は?」

 

「彩那が見てるけど、普通に話すくらいは出来るようになったみたい」

 

「そっかぁ……」

 

 璃里の事を心配して扉の前に立っているが、4人揃うと無理に笑おうとするので、今は彩那に任せている。

 渚が壁を背に座って顔を両手で覆う。

 

「ごめん……」

 

「なにに対して謝ってるのよ」

 

「……ぜんぶ……いろいろ……」

 

 初めて人を殺した。

 それも大勢。

 本来なら渚達も精神崩壊していてもおかしくないが、薬と魔法とカウンセリングでどうにかその事を思い出すのを避けている。

 あの時の事を思い出そうとすると記憶にぼんやりするのだ。

 だから、まだこうして正気を保っていられる。

 

「浅く考え過ぎてた……冬美達の言ったように、もっと相談して決めるべきだったんだ。ボクが勝手に決めたせいで────イタッ!?」

 

 落ち込む渚の頭に冬美がゲンコツを落とす。

 

「なにすんだよぉ……」

 

「今更でしょうが。やめてよ、そんなこと言うの」

 

「ごめん……」

 

 言い返さない渚に冬美は舌打ちする。

 

「昔、山の遠足で迷子になったことがあったでしょ。渚が勝手な行動してさ」

 

「え? ここでそれ掘り返すの?」

 

「いいから聞け。迷子になったってのに、あんたは"なんかヤバい気がする"って言ってグイグイ前に進んだでしょ。普通、先生が見つけてくれるようにジッとしてるでしょ」

 

 論理的な思考より自分の勘を優先するところがある渚。

 しかし、それは結果的に良かった。

 

「私らが立ち止まってた場所で、ちょっとした土砂崩れが起きて、留まってたら危なかったろうって後日知った。あんたの無茶には振り回されるけど、ここぞって時には選択を間違わないのよね。腹ただしいことに」

 

「腹ただしいのかよ……」

 

 冬美が思考をフル回転させて事態を解決しようとしても、渚はいつも直感で正解を導き出す。

 野生の勘とでも言うのか。

 

「1年前に勇者やるって決めたのも間違ってないでしょ。返答が遅れれば遅れる程に私らの立場も悪くなってたかもしれない。結局選択肢なんて最初から無かったんだから」

 

「冬美……」

 

 見上げる渚に冬美は自分の頭をガリガリと掻く。

 

「だから、私達はあんたの勘を信じてる。細かなエラーはこっちでなんとかするから、これからも存分に役立てなさい。前もって相談して欲しいとは思うし、ムカついたら殴るけど」

 

「殴るのかよ……」

 

 冬美の言葉に渚は力弱くとも笑って見せる。

 ようやく調子が戻って来たようだ。

 

「私達は運命共同体。私達が選んだことややったことの罪業と責任は私達4人の物。そう思うから」

 

「……ありがとうね、冬美。そういうところ、大好きだよ」

 

「うわキッショ……」

 

「ひどいっ!?」

 

 文句を言おうと立ち上がると、同時に璃里の部屋の扉が開いた。

 

「彩那っ!」

 

 璃里は、と訊こうとすると、彩那がしーっと唇に人差し指を当てる。

 

「璃里ちゃん、今眠ったから。静かにしてあげて」

 

 璃里はここ数日、睡眠がかなり浅くなっていた。

 しかしようやく深く眠ってくれた。

 なんやかんやと限界だったのだろう。

 

「彩那も酷い顔よ。璃里に付きっきりで、あんたもろくに寝てないんでしょ」

 

「大丈夫だよ、冬美ちゃん。それに眠ろうとすると、余計なことを考えそうで」

 

 薬と魔法のお陰で自分達が人を殺した事実をあまり深く考えずに済んでいる。

 しかし、眠ってしまうとその事を強く呼び起こしてしまいそうで怖い。

 良くないと思いつつも浅い眠りで済ませてしまう。

 

「だけど……」

 

 無理にでも休めと冬美が言おうとすると、渚が彩那を背後から抱きつく。

 

「どうせ休めないならさ、気晴らしにデートしようぜ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ホーランド王国に召喚されて凡そ1年。

 実は城の中から殆ど出ていなかった。

 この国の事や魔法の事を学ぶので精一杯で、外へ出るという思考が完全に消え去っていたのだ。

 単純に外へ出るのが怖く、億劫だったのもある。

 

「このカードで買い物できるらしいよ。この1年、しっかりお給料振り込まれてたみたいだし。っていうか、街並みはRPG(ド◯クエ)のくせにこういうところはハイテク〜」

 

 一応勇者はホーランド軍に所属しているので、1年分の給料は貰っていた。

 特別手当も含めて、一般家庭の平均年収の3倍くらい振り込まれていた。もちろん個々で。

 

「でも、私達……この国のお金の通貨や相場? とかは知らないよね?」

 

「カード出せばいいだけなんだからなんとかなるよ。それに、お金だって使ってみないと使い方もなにも分かんないじゃん」

 

「そう、だね……」

 

 渚のこういう思いっきりの良さは正直憧れる。

 

「あの屋台がたくさんあるところ行ってみよ。なに食べたい?」

 

「お肉とか、脂っこい物以外、かな」

 

 流石に今は重たいのは受け付けそうにない。

 

「オッケー! じゃあお菓子とかだね! クレープとかあるかな?」

 

 普段の陽気さを取り戻す渚。

 いや、もしかしなくても無理に明るく振る舞っているのかもしれない。

 焼き菓子の甘い匂いのする方に足を進める。

 

「すいませーん! 2つくださーい!」

 

「あいよ。クリームの中はどれにする?」

 

「えーと……」

 

 店主に言われるが、渚はこの国の文字の読み書きは不完全であった。

 一応読めるのだが、食べ物関係はうろ覚えのも多い。

 それで、彩那が手を貸す。

 

「これとこれをください。このカード、使えますか?」

 

 彩那が自分のカードを差し出す。

 それを受け取った店主が訝しむ表情をする。

 

「このカードにそのジャケット。もしかして嬢ちゃんら、軍に徴用された子らかい?」

 

「え?」

 

 疑問に思っていると、店主が話し始める。

 

「色んな国で戦争が始まってるからね。この国でも、魔法の才能がある若者を集めてるって噂になってるんだ。特に孤児なんかの身寄りのない子供も集められてるって。お嬢ちゃんらもだろ? まったく、ついこの間、エネストの奴らとドンパチがあったらしいが、本格的な戦争なんて北側諸国のことで、南側はまだ先だろうに、準備が早いに越したことはねーんだろうが……」

 

 こんな女の子まで、と苛立ちを見せる店主。

 話しながら用意した菓子を2人渡す。

 しかし、まだ精算も終えてないのに、カードも返された。

 

「お金は」

 

「今回はサービスだ。まぁ、なんつーか、こんなことしか言えねーけど、がんばれよ! 生きてさえいりゃ、良いことなんてたくさんやってくるもんだ。俺んところの美味い菓子を食うみたいにな!」

 

 善い人なのだろう。

 最近軍に徴兵されたと思っている女の子を励まそうとしてくれている。

 

「ありがとう、ございます」

 

「おう! また来いよ!」

 

 クリームの入ったマフィンぽい焼き菓子を手にして離れる。

 歩きながら菓子を口に入れる。

 

「これチーズ?」

 

「うん。こっちはりんごのクリーム。あ、でも日本のに比べると酸味が強いかも」

 

 でも美味しいと頬を緩ませる。

 

「それにしても、こうして外に出ると色んな話が聞けそうだね」

 

「うん。徴兵してたなんて初めて知った。でも言われて見れば、訓練場で年齢の近い人達が居た気がする。たぶん歳上だろうけど。でも……」

 

「彩那?」

 

 なにか気になるの? と視線を向ける渚に、彩那は首を横に振る。

 

「帰ったら話すね。冬美ちゃんも気がついてると思うし、話に入ってくれた方が助かる」

 

「わかった。とりあえず、お土産選びながらグルっと回ろ。璃里が元気出そうなのとか買ってさ」

 

「そうだね。お花の種とか道具はどうかな?」

 

 花を育てるのが趣味の璃里。

 気持ちを落ち着かせる為にも、そうした事に手を出させた方が良いかもしれない。

 そんな風に話しているとわざわざ渚達と同じくらいの年齢の男の子が2人の間を通ろうする。

 

「ごめんよ! 急いでるんだ!」

 

 もっともらしい事を言って走り去ろうとする少年。

 しかし、渚が少年の手首を掴む。

 

「どっか行くのはいーんだけどさ。盗ったモンは返してからだよね?」

 

 懐に忍ばせようとしたそれは、彩那のカードだった。

 間を通られた時に盗まれた。

 舌打ちして逃げようする少年。

 しかし渚も手首を掴んで放さない。

 

「放せよ、このブスッ!! 猿ガキ!」

 

「あん?」

 

 突然盗人に暴言を吐かれて渚が眉間にしわを寄せる。

 それからにっこりと笑い。

 

「歯ぁ、食い縛れよテメー」

 

 その顔に掌打を放った。

 

 

 

 

 

 

 

 

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