————俺は天才なんやって。
————皆言っとる、父ちゃんの次の当主は俺やって。
————禪院家には落ちこぼれがおるんやって。
————男のくせに、呪力が1ミリも無いんやって。
————どんなしょぼくれた人なんやろ?
————どんな惨めな顔しとんのやろ?
そんな、幼さ故の傲慢を胸に『禪院甚爾』を見物しに行った日の衝撃を、禪院直哉は生涯忘れる事は無いだろう。
呪力を失った、否、呪力から解き放たれた無双の肉体。存在の次元から異なる圧倒的な『強者』を前に、直哉の肉体は『敗北』を確信し、その先にある『死』を幻視した。
そして、直哉にとって幸運であり、また同時に不幸だったのは、禪院直哉には充分以上の呪術の才覚があり、しかし同時に、彼が未だ呪力の覚醒に至っていない幼児だった事だろう。
死に抗おうとした肉体が、丹田から強引に引き出した呪力を総身に漲らせようとすると同時に、直哉を襲う『圧倒的恐怖による震え』。
だが、この土壇場で呪力に無理やり覚醒した彼が呪力を纏う動作には若干の遅滞があり、そして、それが故にあり得ざる現象が、禪院直哉の全身に襲いかかった。
————黒閃。
————それは呪術ではなく、現象。
————打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した瞬間、空間は歪み、呪力は黒く光る!
体表に纏おうとした呪力の膜と歯の根が合わぬ程に震える自身の肉体が激突した事で、完全なる偶然の元に全身で黒い稲妻を浴びた直哉は、『廊下でいきなり自爆したガキ』に流石に驚いたような様子の甚爾の表情を目に焼き付けながら、全身と金玉袋を黒閃で強打した激痛で意識を手放した。
幸いだったのは、所詮はガキの震えだった為、黒閃で威力が2.5乗されたとしても軽い全身打撲程度で済んだ事と、甚爾が目の前の謎の自爆チビが『直毘人の息子』であると思い出した事、そして『甚爾と直毘人の関係はそれほどまでには悪くは無かった』事。
手間賃に酒をせしめようとヒョイと担がれた直哉は無事に直毘人の元へと届けられ、呪力の覚醒と同時に全身を黒閃で強打したマヌケなのか凄いのかよくわからないエピソードを父に知られた直哉はその後、しばらく酒の肴にされることとなる。
だが、彼にとって忘れられぬ程重要だったのは、父からの『可愛がり』ではなく、黒閃を体験した瞬間に理解した、眼前の『最強』の『強さの核心』。
————禪院甚爾という最強は、強力な『縛り』によって成り立っている。
その事実を心底から理解した幼い直哉は、やがて父との相談の上で、己に『十の呪縛』を課す事となる。
これは、そんな自縄自縛の道を歩んだ世界線の、禪院直哉の物語だ。