特級呪『縛』師 禪院直哉くん   作:黒山羊

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第10話*

 走る、走る、ひた走る。

 

 後方に迫る呪霊から一定の距離を保ち、まずは様子見とばかりに走り続ける直哉がこれまでに走破した距離は、約100km。

 

 ババアの速度自体は時速100km前後で安定していることからどうやらターボでもマッハでもジェットでもなく『100キロババア』だったらしいこの呪霊、別段攻撃してくるわけでもなく、ただ『作画が漫☆画太郎先生っぽいババア』が皺くちゃの顔にオリジナル笑顔を貼り付けてシワっシワの干し大根のような乳房を振り乱して走って来るだけの怪異らしい。

 

「いやキモい 誰得やねん 目が腐る」

 

 実際、直哉もそんな苦情を垂れる程度には余裕があり、特に術式も呪力も使わず身体能力のみで時速100km前後で安定走行可能な直哉からすれば、死ぬ危険はほぼ無い呪霊と言える。

 

 だが、恐ろしいのはこの領域の果てのなさ。そして、後方に迫るババアの不死性。直哉はつい先ほど、不愉快にブンブン揺れる先の黒い2本の干し大根を千枚切りにしてやろうと呪力の刃*1を飛ばしていたのだが、効かないどころか()()()()()

 

「おそらくは 自分自身も 攻撃を 出来ん代わりに 無敵化しとる……領域に 特化しすぎじゃ クソババア。これはハマれば 必殺やろな」

 

 そんな愚痴を溢しつつも、直哉は終わりのないマラソンの中で、『落花の情』を解除する。別段、自然回復する呪力でも十分に回し続けられるので維持していても良かったのだが、直哉は此処で一つ、勝負に打って出る事とした。

 

「ほな一つ ギアをあげよか 皺々ババア」

 

 そう告げた直後、直哉の身体に渦巻く呪力が、血管とリンパを経絡として五体を駆け巡り、美しく澱みのない呪力の流れが、直哉の身体に人外の剛力を与え始める。

 

 アスファルトを踏み砕き、漲る呪力の輝きがテールランプのように尾を引きながら、暗いトンネルを疾駆する。

 

 その時速は優に500kmを越え、昨年の愛知万博で未来の乗り物として展示されていたリニアモーターカー並み。超前傾姿勢で飛ぶ様に駈けるその姿はゴキブリを越えてハンミョウめいたキモ美しさがあるが、ハンミョウと違って直哉は頭も目も良い為、超高速移動中でも視覚情報処理に問題はない。

 

 だが、その後方、直哉に置いて行かれるべきはずのババアは、直哉と同様の速度にまで加速し、変わらず直哉を追い掛けている。

 

 両者の距離は、先ほどまでとほぼ同等。おそらくは、このババア呪霊は『相手がこの領域内で出した最高速度』まで自動的に加速できるのだろう。

 

 つまり、瞬間的に無理をして加速し、距離を稼ごうとすればよりドツボにハマる。つくづくいやらしい呪霊であると同時に、ベース速度が時速100kmなのがクソさに拍車を掛けている。

 

 ————止まったらアウト、無理に加速してもアウト、失速してもアウト。コンスタントに走り続けるとしても、車ならガス欠、人間であれば体力の限界がいずれはやって来る。

 

 一見、無敵に思えるこの呪霊。だがしかし、それ程の効果を維持する上でのヒントは、ババアの後方、消えていく空間にあった。

 

 ————何故、人間を術式効果で殺すのではなく空間ごとわざわざ消しているのか? 

 

 その疑問から立てられた仮定は、やがて直哉が走る内に、『修復されつつある踏み砕かれた跡のあるアスファルト』が見えてきた事で、確信に変わる。

 

「やっぱりか、後ろのババア 飾りやな! コイツ本体 トンネルやんけ! ほらアレや ルームランナー 的なモン……!」

 

 そう、直哉が思い描いたのは、トーラス状の構造。ババアの後ろで空間が『靴下を捲るように』裏返りながらこのトンネルの外側を移動し、再び前方から出て来る様な仕掛け。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 踏み砕かれた筈の舗装が修復され掛けていたあたり、単に循環しているだけではなさそうだが、それがなおのこと直哉に、この領域に課せられた『縛り』の存在を確信させる。

 

「これだけの 領域維持の 呪力量 自前で足りる 訳が無いやろ……! 絶対に 脱出できる ルール付け 組み込んどるの バレバレなんじゃ!」

 

 そう。『囚われたものの逃走を許す』事により、この領域は維持コストを格段に軽量化している。直哉は『縛り』に人一倍過敏な自身の直感からそう確信し、領域諸共呪霊を祓う賭けに出た。

 

 それは、直哉が特級術師に認定された所以。国家転覆を可能とする、広域殲滅術式の発動である。

 

「 極ノ番 術式起動————」

 

————紺輝覇顕(ブルーレイ)

*1
熟練した呪力操作により薄く伸ばして高速回転させた呪力カッター。要は気円斬。

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