直哉が奢ってくれた自販機の飲み物を飲みつつ、休憩する事しばし。
初めはどうなる事かと思っていた憂太だが、確かに落ち着いて考えてみれば、未だかつて『憂太の危機』以外で里香が顕現した試しはない。
その危機も、今にして思えば、憂太が『誰か助けて』と思った時ばかり。それはつまり————。
「里香ちゃんは、勝手に出て来てるわけじゃない、のかな?」
「その可能性は高いね。憂太が無意識的にせよ意識的にせよ里香の顕現を望んでいる時に、里香は現れるのかもしれない。つまり、主従契約では憂太が『主』なんだろうね」
「悟が見てそう思うならそうなんだろうな……てことは憂太は『偶に河川敷にいる大型犬に引き摺られてるお婆さん』みたいな状況なの?」
「例えが分かりづれぇよパンダ。……ま、それなら話は早い。憂太が亭主関白になれば解決ってわけだ」
「て、亭主関白かぁ……出来るかな」
「しゃけ。鯖 めざし。カンパチ いんげん」
「……狗巻くん、今さだまさし関白宣言って言った?」*1
「おかか。ソラマメ」*2
「いや、確かに空耳だとは思うけど、そう聞こえるように狙ってたような……」
「憂太憂太、棘は滅茶苦茶悪ノリするタイプだから、小ボケを深掘りするとキリがないぞ」
「いや、それはまぁさっき変身ポーズ真似してたのみてたから何となく分かるよ、パンダくん」
「おかか。真鯵 ごまめ 塩鱈 フグ もずく酢」*3
「いや脱がないでね?」
「おいパンダ、憂太の奴オカズ語の習得早くねえか?」
「棘が空耳アワー路線で話してるからなぁ。棘なりに憂太の緊張ほぐそうとしてるんだろきっと」
「おかか。イワナ はじかみ」*4
「あはは、ありがとうね狗巻くん」
なんて和気藹々と話す憂太たち。そんな彼らの会話に新たに混じるのは、先程まで里香と女の戦いをしていた禪院真依その人。気分が変わったのか、今はドレスの色合いを黒と青の落ち着いた色味にしている彼女は、戦闘モードから解放された事で彼女本来の口調に戻っていた。
「憂太くんが亭主関白を目指すのと並行して、里香ちゃんにももう少し色々と教え込むべきじゃないかしら。会話が成り立ち思考が存在する以上、彼女には成長の余地があるはずよ。……というか、今も聞こえてるのかしら? 里香ちゃん、貴女油断してると泥棒猫に憂太くん誑かされても知らないわよ? 呪術界は見ての通り一夫多妻も全然アリなところよ、自分を磨かない女に未来は無いわ」
「ちょ、そんなに里香ちゃんを煽ったら怒るんじゃ……」
「煽ってないわ。事実の指摘よ。私は3歳の時からずっと自分を磨き続けてようやく直哉の第一夫人の座を勝ち取ったし、今も死守してるの。里香ちゃんも、思い人に憑依するぐらい好きなんだったらもう少し頑張るべきよ」
「憂太、真依は直哉がおっぱい星人だからって4歳から呪力まで使って育乳してたレベルのマジモンだぞ。私と一卵性の双子なのに体型違うのはそのせいだ」
「えぇ……」
「あら失礼ね、純愛よ?」
「ヤンデレだけどなー。どっちかって言えば」
「しゃけしゃけ」
と、『思い人への執着で里香を上回ってくるヤベー奴』が後輩たる里香に薫陶を垂れるという憂太にとって良いのやら悪いのやらよくわからない状況が始まってしまったそんな中。
ふらっとその場を離れていた五条が、3人の新顔を連れて戻って来た事で、楽しい休憩時間はお開きとなるのだった。
* * * * * *
「というわけで、後半は特別講師の夏油傑さんと伏黒恵くん、虎杖悠仁くんに来てもらっちゃいました! 拍手!」
「悟、というわけでも何も、一切説明してないだろう? ……や、乙骨くん。先日ぶり。改めて、高専で実技教員をしている夏油傑です。よろしくね。今回は『呪霊を使役する』私の呪霊操術と、こちらの恵の『式神を使役する』十種影法術、そして悠仁の『特級呪物を身に宿している点』が憂太くんの参考になるかもしれないという事で呼ばれたんだ。恵と悠仁はまだ附属中学の3年だけど、私や悟、直哉、そして君と同じ特級なんだよ。きっと仲良くなれるはずだ。2人とも良い子だしね」
「ども、伏黒恵です」
「うす! 虎杖悠仁っす! よろしく!」
なんて、実にマトモそうな夏油先生御一行の登場に、「あれ? もしかして
そんな彼に対し((((お気づきになられましたか))))*5と同学年の面々が無言の一体感を醸し出している中で、「えっと、乙骨憂太です。よろしく」と憂太が挨拶を返して始まった後半の部では、まず憂太に対する各人の術式の披露が行われた。
夏油傑は文字通り呪霊を操る呪霊操術。おどろおどろしい呪霊達にマイムマイムを踊らせてみせる夏油のデモンストレーションはなかなかどうしてインパクトが強く、呪霊を意のままに操るその呪術は確かに憂太の参考になりそうなもの。
続いて術式を披露した伏黒恵の『十種影法術』は呪霊とは趣の異なる『式神』の使役術であり、恵が結ぶ印相に合わせて次々に現れる式神達は、なるほど憂太と里香の関係性に近いものを感じなくもない。
そして最後に虎杖悠仁。彼の場合は使役術も使える*6のだが、今回参考になるだろうと思われたのはその在り方。特級呪物9つを取り込むという憂太以上に呪われた彼の境遇は、憂太に近いものがある————はずなのだが。
「……うぅん?」
「あれ、憂太。どうしたの?」
「いや、虎杖君とは何か、こう、違うような気がして」
そう、虎杖が様々な呪物の力を行使して見せるたびに憂太が感じるのは、ある種の違和感。虎杖悠仁から受ける感覚は、憂太自身というよりはむしろ————。
「里香ちゃんに 近いんちゃうか 悠仁君」
「そ、そうなんですよね。えっと、なんでわかったんですか、直哉さん」
「……聞きたいん? あんまり気分 ええ話 ちゃうと思うで 俺の仮説は」
そう告げて、切れ長の目を細めて憂太の瞳を見据えるのは、特別特級呪術師・禪院直哉。
その刺すような眼光に思わず怖気付く憂太だが、しばしの逡巡を経て覚悟を決めた彼は、直哉の目を見返して、「はい」と一言言葉を返す。
そんな彼に対して、直哉が告げるのは、文字通り憂太の血の気が失せるような、気分の悪い一つの仮説。
「多分やで? 呪われたんは 里香ちゃんで。君が呪った 側なんちゃうか? もう既に 祈本里香の 出自には 調べついとる らしいねんけど。精々が 3流以下の 術師しか 血縁者には 居らんらしいわ。その点な 君の出自は 調査中 何かどえらい 家かもしれん」
そんな、直哉の言葉を聞いたのが、憂太の最後のその日の記憶で。
後から聞けば心的ストレスによる貧血で失神したらしい憂太が目を覚ましたのは、その日の翌朝のことなのだった。