「と、いう訳で! 今日から憂太の亭主関白計画スタートだよ! 気合い入れてこう!」
「なぁなぁ憂太。一応聞いとくけど、どんな計画か知ってる感じ?」
「えっと、さっぱり……」
「だろうな。どうする真希」
「悟が適当こくのは今に始まった事じゃねえだろ」
「しゃけしゃけ」
「大丈夫! 計画は今からちゃんと説明するから耳かっぽじってよく聞いといて!」
そう言いながら、五条が板書するのは「乙骨憂太亭主関白計画」という妙に達筆な文字列と、その概要。
「まずそもそもなんだけど、今の憂太の状態はおかしいと言えばおかしいんだよね。憂太が主で里香ちゃんが従の主従関係が成立しているはずなのに、今の憂太は里香ちゃんをろくに制御できていない。この原因は至極単純、昨日パンダが言ってた例えと一緒だね」
そう言いつつ、五条は黒板に『大型犬に引っ張られる飼い主』の妙に上手いポンチ絵を描いて『力不足!!!!』と大きな文字で併記する。
「というわけで、やることは単純。憂太の身体をビシバシ鍛えて、里香ちゃんの主人に相応しい感じにしちゃおうって話だね。で、コレについては心強い助っ人がいるのは知っての通り。ということで、直哉! あとはよろしく! 僕は多忙だからね!」
「悟くん 副担任と ちゃうんかい 授業ぐらいは————行ってもうたわ」
「あの、なんかすみません……」
「憂太が謝るこたねえだろ。なぁ直哉」
「まぁそやね。悟くんやろ 悪いんは。一応な 忙しいんは ホンマやで? 悟くん、冗談抜きに 最強の 呪術師やから 引っ張りだこや」
「あ、そうなんですね」
「憂太、ホッとしてるとこ悪いんだけどな。悟は任務の度に呪霊瞬殺してご当地スイーツ食べ比べしてるから、半分以上遊んでるぞ。パンダは詳しいんだ」
「えぇ……?」
なんて調子で憂太の中の五条悟評がいよいよ『最強らしいけど基本ダメな人』に固まってしまいつつある中で、その後を引き継いだ直哉から発せられるのは『ほな皆、表に出よか 実習や』という先生ではない筈なのに先生らしい言葉。
教師とは、先生とは一体……なんて疑問を抱かずにはいられない憂太だが、そんな事を考える余裕があるのは、グラウンドに出た後、一通りのストレッチを済ませるまでの事だった。
* * * * * *
それから十数分後、乙骨憂太少年は、凶暴な野獣の如き獰猛さと俊敏さを以て、禪院直哉を相手に超高速格闘戦を繰り広げていた。
拳撃、蹴撃と括れば一般人でも出来そうに見えるが、拳撃の中に拳と手刀と貫手を織り交ぜ、蹴撃といってもあびせ蹴り、回し蹴りに斧刃脚などのテクニックを組み合わせ、挙句に貼山靠やレスリング選手ばりの低空タックルなどの体当たりまで行うその立ち回りは、どう見ても格闘戦のプロフェッショナルそのもの。
これは、憂太の内に秘められた
「はえ〜、相変わらず凄えな直哉の訓練は」
「しゃけしゃけ」
「直哉の体表から10mm以内に侵入した肉体に対し、呪力による自動迎撃を行い、同時に術式反転『録我呪法』によって相手の肉体制御を強奪する、拡張術式『
「……アレ? なんで居んの、まさみち」
「直哉から、悟が授業を放棄して任務に行ったと聞いてな……流石に半ば以上身内とはいえ、シラバス的に外部の術師に生徒を完全に任せるわけにも行かんのだ*1」
「大変だな学長も。……ま、あの調子で直哉にシゴいてもらうのが憂太にとっても良いんじゃねえか? 面倒見良いしな私の旦那」
「直哉、躯倶留隊の全員にアレやってるものね。キツいけど実戦で鍛えたのと同じ筋肉が仕上がるって好評だそうよ?」
「身体に動きを直接覚え込ませる訳だしなあ。いや、あんま俺にはわかんないけど」
「しゃけしゃけ。サラダ ぬた 胡桃 だし巻き」*2
「そうなんだよなー。パンダ用の動きも作ってくんないかな直哉」
「無理だろ。アイツ人間だし」
「無理かなぁ〜」
なんて、すっかり観戦モードな学友達と学長が見守る中、直哉に綺麗なフォームで飛び蹴りを叩き込み、その反動を使ってくるりと綺麗に宙返りして着地した憂太。そんな彼はしかし、その直後強い苦悶の表情を浮かべて崩れ落ちる。
「ぜ、全身のあらゆる筋肉が痛い……!」
「憂太くん 大分運動 不足やね。……そうやなぁ、ちょっと真依ちゃん 来てもらお 「呼んだかしら?」 ————!? 真依ちゃんは 耳がええなあ いやホンマ……」
なんて、あくまで眼前にいる憂太に控えめの声量で語っただけなのに、即座に直哉の真横に現れた真依。そしてその登場に、車に轢かれる前の猫のようにビクッと一瞬固まる直哉。
そんな姿を見て、憂太が何故かシンパシーを感じたその直後、真依はマジシャンもかくやというほどの流れるような動作で直哉と腕を組みつつ、全身の筋肉痛に苦しむ憂太に対して声を掛けてきた。
「憂太くん、あの子を出しなさい。祈本里香ちゃんよ————直哉が言うから特別に、あの子に教えてあげるわ」
「俺別に まだお願いを 言うてない 筈なんやけど 気のせいやろか」
「直哉が私に何をして欲しいかなんて、すぐわかるもの。……何をしているの、憂太くん。体が痛くて堪らないんでしょう? 早く呼びなさい」
「あ、はい、えっと、来て、里香ちゃん」
『憂太ぁ? 大丈夫ぅ? 痛いぃ?』
「うん、運動して筋肉痛なだけだから……それで里香ちゃん、真依さんが用事みたいなんだけど……」
『里香、このおばさんきらぁい』
「まぁそう言わずに……と言うか里香ちゃん、僕らより年下だよ真依さん……」
「あら乙骨くん。自分の奥さんに酷いこと言うのね。他の女と年齢を比べるなんて」
「奥ッ……!? いや、そうかな、ゴメンね里香ちゃん」
『憂太ぁ、やっぱり里香この子好きぃ』
「里香ちゃんが割と現金だ……! ……いや、それはなんか、元からかも……ウチの妹とか相手にしてる時もなんか……」
「憂太くん、乙女はロマンチックな恋とリアリスティックな愛で出来てるのよ。現金なのは里香ちゃんに限った話じゃないわ。……話が逸れたわね。里香ちゃん、貴方にコレをあげるわ。見て、覚えて、あとは自分で好きにしなさい。
そう告げて、真依が里香に差し出すのは、女児向け感が滅茶苦茶溢れる、ハートモチーフのピンクの香水瓶……にしてはいささかデカい、ファブリーズぐらいのスプレー瓶である。
「コレはマジカル真依ちゃんコロン。私の作った2級呪具よ。中には正の呪力を帯びた桃の香りの香水がたっぷり。生成のコストも重いし、滅多に他人にはあげないんだけど……『お手本』に一本だけあげるわ。貴女だって、他の女の香水をそのまま未来の夫に振り掛けたくは無いでしょうし」
そう告げて、渡されたそのコロンを、里香はゴクンと瓶ごと飲み込んで、即座に自らの手の内に女児向けデザインでない、至極普通の香水瓶を生み出すと、マルベリーの香りがするそれをたっぷりと憂太に振りかける。
「凄い、痛みが引いていく……ありがとう里香ちゃん」
『え゛へぇ、憂太ぁ゛』
「真依ちゃんの 術式真似て 出したんか。怖いもんやね、コピー術式。……そうなると ここから先は どうしよか。
「あら、連れないわね。私とタッグマッチは嫌かしら?」
「いや別に そういうわけや 無いけども……」
『憂太ぁ! 里香手伝うぅ!』
「へ? 里香ちゃ……。……。————アレ? 今僕どうなってました?」
「……1秒くらい、フィルム化してフリーズしてたわね」
「なるほどな デメリットまで 被るんか。ほな今は 手当だけでも してもらい」
「直哉さんの術式、デメリットとかあるんですね……」
「私たち夫婦は全員、『縛り』と引き換えに強力な力を発揮するタイプの術師なのよ。ね、お姉ちゃん」
「おう。まぁ私のは生まれつきだし、京都にいるガブリエラは術式自体に縛りを掛けてるわけじゃねえ*3けどな」*4
「へー……いや、今の会話あの位置から聞こえてるんだ、真希さん」
色々と恐るべし、呪術界。
そんなことを改めて思う憂太は、里香から振り掛けられた香水を浴びて甘酸っぱい香りになりつつも、今しばし激しい運動の疲れを癒す事に集中するのだった。
桃とマルベリーの花言葉は————