特級呪『縛』師 禪院直哉くん   作:黒山羊

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第108話

 時は少しばかり遡る。

 

 秤との会話を経て自らを見つめ直した憂太はその日の夜、高専の寮の部屋で1人、顕現した里香と向き合っていた。

 

 巨大な単眼、無数の筋繊維を撚り合わせたような屈強で凶暴な肉体。過日の美少女然とした『祈本里香』とは似ても似つかぬその姿は、幼い乙骨憂太が闇雲に呪いを掛けたが故のもの。

 

 そんな姿を見て、恐れることがないと言えば嘘になる。

 

 だが、今こうして、呪術を学び、自らを成長させていくその中で、憂太は里香のその姿が『憂太のため』のものであることを強く理解していた。

 

 何故、巨大なのか? ————それは憂太の盾になる為だ。

 

 何故、屈強なのか? ————それは憂太の矛になる為だ。

 

 祈本里香という少女の愛が、呪いとなってその呪霊としての肉体を構成し、今もなお、憂太の身を守護し続けている。

 

 その事実を、実感した今となっては、憂太にとって里香は決して恐るべきものではなくなった。

 

「ありがとうね、里香ちゃん。今まで僕を守ってくれて。助けてくれて」

『えへぇ〜憂太ぁあ』

「でも、僕だって、男の子だから。だから————これからは」

 

 そう呟いて、そっと里香の額を撫でる憂太と、その愛撫を心地良さそうに受ける里香。

 

 愛し合う2人は、今までの人生の区切りとなるそのひと時を静かに過ごし、翌朝、お目付け役である直哉の元を訪れたのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 それから更に、1ヶ月。

 

 乙骨憂太の身辺調査が完了し、彼の身の上が明らかになった事で最後のピースが埋まった6月の事。

 

 学校終わりの夕暮れ、黄昏時の夕日の差す中で、高専の生徒達と職員達は和装に身を包み、五条家の大広間に設けられた宴席で、静かにその時を待っていた。

 

 まぁ、真希と真依は和風の柄に変更し、弄れる範囲でデザインを和風にした*1だけで魔法少女衣装なのだが、流石にそれを咎めるものはこの場には存在していない。

 

 そんな中で、この場における上座、いわゆるお誕生日席に座るのは、乙骨憂太。

 

 そして、そんな乙骨憂太の待つ中で襖を開けて現れるのは、白無垢に見立てた布を被り、『仲人』である夏油傑に付き添われた『祈本里香』。

 

 古式に則り大禍時に行われるその儀式は、端的に述べるのならば『祝言』であった。

 

 直哉が『乙骨憂太の出世払い』というかなりの高リターンが見込める投資として用立ててやった嫁入り道具の桐箪笥の中には上等な正絹の反物が幾つも納められ、女衆がその中身を検めて、花嫁が『家』に相応しい者であるかを見分済み。

 

 何もかも古めかしいこの儀式は、ある種の『冥婚』。死して変生し呪霊となった祈本里香と、彼女を呪い、現世に留め置いた乙骨憂太による婚姻の儀式である。

 

 両家の親族の合意など当然得られぬこの行為だが、祈本里香の一族に遠く連なる弱小呪術家系が延宝*2の辺りで禪院に嫁を出していたのを家系図で発見した直哉が祈本里香の『親族』として祈本家側の席に座り、家系を辿ったら普通に菅原道真の家系だった乙骨家は同じく菅原氏の五条家が『親族』として乙骨家側の席に着く事でかなり強引だが祝言の体を取る事に成功したのだ。

 

 お水合わせにも五条家の井戸と禪院家の井戸の水を使うことができたので、式の準備も含めて万事万端の準備は上々。

 

 三々九度の盃も直哉と悟をそれぞれの『親分』として固めの盃を交わす手筈になっており、あくまで呪術師のみで儀式を行う腹積りなのだ。

 

 そして、つつがなく行われた祝言の後は、『客を交えての宴席』、今でいう披露宴にあたるそれを執り行い、盛大に祝う。

 

 元服を迎えているものには学生であっても酒を振る舞うと宣言した事で秤と綺羅羅あたりはマジで宴を楽しんでおり、純米大吟醸を飲んでご機嫌。教員側も呪術研究が大好きな九十九由基と、飲み会が大好きな庵歌姫、そして悪ノリにかけては天下無双の五条悟がマジでどんちゃん騒ぎをおこなっており、『祝宴』の体はバッチリと保たれている。

 

 そんな中、「宴も酣ではございますが————」とお開きの挨拶を行うのは、仲人である夏油傑。

 

 その仲人に『夏油傑』が選ばれたのもまた、明確な理由があってのこと。

 

 夏油傑の術式反転、精霊創術。

 

 乙骨憂太のたっての願いで張り切りまくった里香がこの1月でその『模倣』に心血を注ぎ、完全な模倣に成功したそれを『二度と模倣・再現・使用出来ない』という縛りを課して術式対象を強引に拡張。

 

 その上で行うのは、『人間・乙骨憂太』と『特級過呪怨霊・祈本里香』の『和合』である。

 

 それはつまり————端的にいえば、新婚初夜である。

 

 

 * * * * * *

 

 

 さて、その新婚初夜。

 

 まぁ現代と違って女衆が『ちゃんとヤったかな?』とチェックするために襖の向こうで控えていたりする古い作法に則っているとはいえ、結ばれた2人が行うことは、現代とあまり変わりない。

 

 口付けを交わし、互いを抱擁し、一つとなる。

 

 その一連の流れに沿って、儀式を行うことで『真に和合する』事を目的としたこの儀式だが、単にセックス をしろというだけならガチで祝言を上げるまでしなくても良いわけで。

 

 あの祝言の際には、直哉と悟の手配の元、宴席が行われる五条家の大広間と隣接する各部屋では祝言の最中絶える事なく両家の術師によって祈本里香への『祝詞』が唱え続けられていたのである。

 

 それは、花嫁としての『祈本里香』を寿ぐものであり、祈りであり、祝いであり、呪い。

 

 それらを以てただ一晩、祈本里香の呪霊としての肉体は、更なる変生を遂げたのだ。

 

 憂太を守る為の巨躯は、人並みの大きさに。

 

 憂太の矛となる剛力は、しなやかな肢体に。

 

 その身は確かに呪いなれど、ただ一夜、この夜、褥の中にあって、『祈本里香』の姿は、憂太のよく知る、それでいて知らない、17歳の乙女となっていた。

 

「里香、ちゃん。その、ありがとう。僕と、結婚してくれて。これからも、ずっとずっと一緒だよ。————僕の全部を、里香ちゃんにあげる」

『私もありがとう、憂太。生かしてくれて。こうして結婚してくれて。これからもずっと一緒にいてくれて。————私の全部も、憂太にあげる』

 

 そんな甘い呪いを交わし、愛を交わし、媾う2人の身体から噴き上がるのは、五条家の屋敷を揺るがす程の、強烈無比な呪力の奔流。

 

 祝言の席に出席していた特級達が全力で結界を張っていて尚、京都府に震度2の地震速報が発表された程のそのエネルギーは、溶け合い収束し、一夜をかけてゆっくりと愛の形をこの世に生み落とす。

 

 彼岸と此岸を越えた大儀式の結果がわかったのは翌朝、『女衆』として内側から結界を支えつつ襖の向こうで滅茶苦茶ハイテンションで事態の行く末を見守っていた九十九由基が、結界を解除してからの事となる。

 

 閉ざされた襖の向こう、静かに聞こえる寝息の主は、果たして————。

*1
真依の努力により、大幅に『マジカル真依ちゃんドレス』の範囲を逸脱しない限りは多少のデザイン変更が可能になっている。

*2
江戸時代、徳川家綱の頃

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