「いやぁ、学生時代って変なあだ名とか貰うこと多いですよね。お疲れ様です乙骨特級術師」
「そういうものなんですかね……?」
「そういうものですよ。五条さんも夏油さんも直哉さんも、学生時代には変な渾名の一つや二つはありましたから。洋物白髪とか三十路前髪とか拝乳ガンダムとか……あ、私がバラしたのは秘密でお願いします」
「そうなんですね……なんだか安心しました……あ、伊地知さんは?」
「私はまぁ、苗字が珍しいので『アジカン』とかでしたね。名前もニアピンですし……」
「あ、確かに。ドラムの人でしたっけ?」
「そうですそうです」
なんて会話を交わしつつ、伊地知が運転する黒のセダンで移動するのは、渾名がようやく取れてきていつも通りの憂太呼びに戻った乙骨憂太くん17歳。
融合から一月の間色々と調査を受けて、九十九と家入によってバッチリ安定しているとお墨付きをもらった彼は、無事に監視を解かれ、晴れて自由の身となった。
そして、用は済んだとばかりに『またいつか 京都に来たら 声掛けや。まぁ9月には 来るやろうけど』、『じゃあ、夫婦仲良くお幸せに。また惚気話でもしましょう?』とさっぱりとした別れの挨拶を残して禪院直哉と禪院真依が京都に戻り、代わりに担任の日下部が帰還したのがつい先日。
実は直哉派遣の交換条件として禪院の躯倶留隊を相手にひたすらシン・陰流を手解きさせられていたらしい日下部が疲れ切った表情で教壇に立つ中、いよいよ『呪術師』としての勤めを期待される身となった乙骨は、こうして初めての任務にやってきているのだった。
「さて今回の依頼は、此処『ハピナ商店街』内の呪霊の掃討です。ほぼシャッター街のこの商店街を解体してショッピングモールを誘致する計画があるのですが……なにぶん地域の人々の思い出が詰まった商店街ということで、呪霊がそこそこ発見されていまして。心機一転、この地域が出直す為にも後顧の憂いを祓っておきたいとの案件です」
「なるほど……なんか、僕の地元でもありましたけど、馴染みの商店街がさびれたら寂しいですもんね。呪霊がいてもおかしくないのかも」
「ええ。学校なり商店街なり、多くの人が集まる建造物には人々の思いが呪いとなって宿り易いんです。————では、乙骨術師、私が帳を貼りますので御武運を!」
「はい、よろしくお願いします伊地知さん」
そう言葉を交わし、帳が降りていく商店街に1人佇む乙骨は、総身に呪力を巡らせながら、『構築術式』で一振りの刀を生成しつつ、油断なく周囲を警戒する。
そんな中、まず初めに商店街に現れたのは、魚状の低級呪霊の群れ。
刀で1匹ずつ切っているようでは埒が開かないな、と即座に判断した憂太は左手に新たにメガホンを構築しつつ、学友の術式を模倣する。
「死ね」
そう呟いた乙骨の言葉がメガホンによって拡散されると同時に群れた呪霊が鏖殺され、消失反応の黒い煤が撒き散らされる中「収束がまだまだ甘いなぁ。狗巻君はやっぱり凄いや」なんて呟いている憂太が放ったのは狗巻家相伝の『呪言』。
本来、発動した呪いに応じて術者にも相応の反動ダメージが入る筈のその術式はしかし、憂太が半呪霊化したが故の強力な再生能力によって『声帯が激しく損傷するが、即座に再生する』という形でコストを実質的に踏み倒しており、棘からは随分と羨ましがられる仕様となっている。
まぁ、その棘も
が、逆に事細かに術式対象を絞るのは棘の方が得意なので、棘と憂太は相互にリスペクトを向ける良好な関係となっている。
「うーん、あらかた払ったけど、まだそこそこいそうだなぁ。一応商店街をぐるっと見て回ろうかな? 里香ちゃんはどう思う?」
『うん、まだ何匹か居るよ憂太。ちょっと頭が良さそうなのが3匹と、たまたまこの場にいなかっただけの雑魚がちらほら。————次は何の術式にする? 何でも私が出してあげる』
「ありがとう里香ちゃん。こういう時は————」
そう呟くと同時に乙骨の姿はかき消えて、後に残るのは高速移動により巻き起こる強烈な突風。『投射呪法』を駆使して商店街内を超スピードで駆け回りつつ取り逃がした呪霊を丁寧に刀で叩き切っていく乙骨の仕事は、彼らしい丁寧で慎重なものであり、その行動には一切の油断がない。
そんな彼が、呪霊を取り逃すことはない————筈なのだが。
「あれ? おかしいな、帳が上がらない……? 伊地知さんは呪霊の掃討を解除条件にしてた筈なんだけど……」
『憂太、この帳、伊地知さんのじゃない』
「それって————」
————まずいのでは?
そう言い掛けるより先に、肌が粟立つような感覚を覚えて跳躍する憂太。その直後、憂太が先ほどまで立っていた場所を襲ったのは、凄まじい出力の呪力砲。
その放出先へと振り返った憂太の目に映るのは、軍服に身を包み、片腕を歪に変形させた、1人の少年の姿。
「子供……!?」
『憂太! 多分、授業で言ってた呪詛師だよ! 気をつけて!』
「あっ、そっか、アレが……里香ちゃんありがとう」
そう言いつつも、生身の人間を相手に刀を構える憂太の手には、当然ながら迷いによる強張りが生じている。
そんな憂太の反応を見て取ったのか、嘲笑うような歪んだ笑みを浮かべた呪詛師の少年は、芝居掛かった仕草で敬礼しつつ、高らかに名乗りを上げて、憂太の無様を嘲弄する。
「初めまして! 乙骨憂太特級術師! 僕は呪詛師集団『Q』のビッツと申します! ————しかし、いやはや、嘆かわしい! オリジナルであれば既にこちらに襲い掛かってくる筈ですが? 親愛なるオリジナルの薫陶を受けたと聞いて馳せ参じましたが、とんだ腰抜けのようですね!」
『憂太、アイツ殺そう』
「ほほう? 成程、貴女が祈本里香ですね? 貴女は素晴らしい。威勢も殺気も極上だ。しかしどうでしょう? 貴女の宿主は女の陰に隠れてウジウジと情けなく震えている様ですが————そんな手枷足枷を着けた状態では、大層動き難いのでは?」
畳み掛ける様なその愚弄の数々に、激昂し呪力を撒き散らす里香は、憂太の体表に出現させた口から呪力砲をブッ放してすっかり臨戦形態。
だが、いじめられっ子である憂太の頭は、打って変わって冷静だった。
————まぁ何せ、この程度言われ慣れている。
自信のないかつての憂太であれば、それでもなお傷付き怯えたのだろうが、今の憂太からしてみれば、此方を怒らせて判断を鈍らせようとする意図が見え透いた煽りなど、心を揺るがしようがないただの雑音だ。
冷静に、そして冷徹に。里香の砲撃を捌くビッツを観察する憂太は、左手のメガホンを口元に寄せて、静かに殺意を言葉に乗せる。
『墜ちて、潰れて、砕けて、死ね』
その冷たい呪いの音と共に、商店街のタイルを割砕いて墜落するビッツと、そこに容赦無く呪力砲を撃ち込む里香。
その必殺の連携はしかし、爆心地の中央から砂塵越しに撃ち返された砲撃により迎え撃たれる。
商店街で突如発生した呪詛師との邂逅は、一筋縄ではいかぬ気配を見せていた。