特級呪『縛』師 禪院直哉くん   作:黒山羊

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第113話*

 ————薨星宮、深奥。

 

 あの後、夜蛾から正式に天元の護衛を任じられた九十九と甚爾は、結界を無視する甚爾の体質と星漿体として天元と繋がっている九十九の感覚を頼りに、天元に招かれぬままその場所にやってきていた。

 

「全く臆病にも程があるね、あのジジイ。引きこもっても無駄だってのに」

「結界だけ健在で中の当人は死んでたってオチじゃねえだろうな? 一回変な宗教のガサ入れであったぞ」

「ああ、結界内で術師が即身仏になって呪具化したせいで結界が保たれてた奴だっけ?」

「それだ」

「生憎だけど、私は星漿体だからね。天元が死ねば流石にわかるさ。……どうせ今もビビって小便漏らしながらこっち観察してるって、あのジジイは」

 

 なんてブツクサと文句を垂れながら、2人が眺めるのは巨大な大樹。

 

 東京校の地下深くから伸びるその大木こそが、御神体であり御神木。天元の力を日本全国津々浦々へと届けている電波塔のようなものだ。

 

 今回、この2人はちょっとしたズル——九十九が格納呪霊の中に入り、その格納呪霊を甚爾が飲み込む事で結界を突破。道案内は格納呪霊の中から九十九が無線機で行った。——によりガン無視して来たが、本来は無限の空性結界で防御された秘境なので、現代の人間でこの場に至ったことがあるのは、おそらく九十九と甚爾だけ。

 

 そして、今彼らが見下ろしているのは、御神木の根元で胎児の様に丸まって微動だにしない、奇妙なカタチの頭部を持った人型————推定・天元本体。

 

 そんな場所であけすけに天元の悪口を述べる九十九の顔には分かりやすく『コイツ嫌い』と書いてあり、逆に甚爾の顔には分かりやすく『興味ねえなぁ』と書いてある。

 

 そんな彼らに、声をかける者がいるとすれば————。

 

『随分とまた嫌われたものだね、九十九由基』

「そりゃそうだろ————つーかなんだそのツラ。四つ眼の親指じゃねえかジジイ」

『……私はどちらかと言えばババアだよ』

「……ああそう。ああまあ確かに、転がってるオマエには胸があるし、ババアか。じゃあ余計に不細工過ぎだろ」

『君も500年老いればこうなるよ』

「私はオマエと違って美容にも気を使ってるんでね。500年後も美魔女に決まってるだろ」

 

 そう、九十九に邪険な扱いをされているのは、神木の根に臥したヒトガタとよく似た姿の、四つ眼の人物。

 

 日本呪術界の要、天元。進化の果てに人をやめた旧い術師の成れ果てがそこにいた。

 

「へぇ、コレが……九十九、お前の親玉にしちゃ面白みがねえな————半分死んでんじゃねえかコイツ」

『天与の怪物、鬼人・禪院甚爾か。魂を見抜く眼力とは恐ろしいね』

「随分前から伏黒だ。禪院じゃねえよ」

「……で、甚爾くん。このババアがなんだって?」

「半分死んでるっつったんだよ。術式と魂はあるが、自我が無え。いや、何処にでもあるのかこりゃ? なんつうか、よくわかんねえ奴だな。魂と呪力と術式だけ結界で編んだガワに詰め込んで仮の本体にしてんのか……?」

『そこまで詳らかに語られると流石に少々恥ずかしいね。……そうだ。私の個としての自我は既に亡く、今や天地そのものが私の自我となった』

「……そのまま自然に還って死ねば良かったんじゃないか? まぁ、呪術界が困るだろうけど今は特級のバーゲンセールだしなんとかなるでしょ」

『手厳しいな九十九由基。それに知っているだろうが私は————』

「不死の術式により死なない、だろ? 知ってるよオマエの言う通り。それに星漿体が、アンタの術式のせいで生まれたモノってことも。————理子ちゃんと自分の比較検討を繰り返して判った。私たちは、本来オマエが死後に転生するはずだった存在だ。だけど、オマエが不死身なせいで妙な輪廻の歪みが生まれて、私達みたいな『天元の魂のコピー』を持った人間が生まれることになった。その複製精度はまちまちだけど、偶に私や理子ちゃんみたいな、複製精度100%の『星漿体』が現れる。だからオマエがマトモな肉の体を持ってた頃は、私達としか身体を入れ替えられなかった。お前は自分の魂の中に取り込んで気付いてないんだろうが————私には、お前の中に喰われた同類の声がよく聞こえるよ」

『……彼等はなんと?』

「言うかよ。言えばオマエは御立派な年の功だか亀の甲だかで悟った様な気になるんだろ? そんなオナネタみたいな扱いはゴメンだね。————冥土の土産になら、教えてやっても良いけどな」

「なんだ九十九。もうやんのか?」

『キミの狙いは、君主導での私との同化か。確かに君達星漿体と私の魂が等価である以上可能ではあるが……何の為に? 何の目的で?』

「世の為人の為、この世から呪いを祓う為以外に何がある? オマエはどうだか知らないが————私は、呪術師なんだよ」

 

 そう告げて、九十九は総身に呪力を滾らせて、この日の為に練り上げた、拡張術式を起動する。

 

『なるほど。君の術式なら、そうか。————天地を1人で担うつもりかい? 九十九由基』

「うるさいよクソババア! 後ろ向きなお前に出来て、前向きなアタシに出来ない道理が無いだろうが! ————拡張術式起動! 『星々の怒り(ボンバイエ)自性の治平面(イベント・ホライゾン)』」

 

 

【挿絵表示】

 

 

 直後、九十九の『質量を自在に操る』術式が拡張され、自らの『魂』の重みを極限まで引き上げた彼女は、自らの魂を概念的なブラックホールへと変質させ、同質の魂を持つ天元を、己が内面へと引き摺り込んで、同化する。

 

 天地に拡張された自我も、不死の術式も、今までの星漿体の魂も。その一切合切と共に因果すら吸い寄せた九十九の魂は、しかしそれでいて圧倒的な『質量差』により取り込んだ魂の全てを、己の周囲に渦巻く銀河の星々の如く従える。

 

 成功チャンスは一度きり。理論を組み立てただけのぶっつけ本番。『生涯一度しか発動できず、発動後に死ぬ』という強固な縛りを『不死の術式』の取り込みに成功した事で踏み倒した九十九由基は、今ここに、新たな『天元』として新生し、その後頭部に、渦巻き型銀河の如き光背を背負う現人神へと成り果てた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「おい。————どっちだ?」

「————私だよ甚爾くん。ありがとう、無事に成功した。……内側でどうにもババアが五月蝿いけどね。しぶといな、私の魂を取り巻く星々の中に結界で小部屋を作って自我を残してやがる……あ゛? 冥土の土産? 周り見りゃ分かるだろ。その小部屋で説教でもされてりゃ良いんだ」

「? 何の話だ?」

「ババアがうるさくてね」

「そうかよ。……まぁ後は————天元の護衛が任務だったか。来るのかよ、呪詛師どもは」

「ちょっと待ってくれ。まだ天地を睥睨する視座に慣れなくてね……可愛い新米女神様に無茶を言わないでくれるかな?」

「女神ねえ……まぁ、見目はそれっぽいんじゃ無えの? で、どれぐらいでモノになんだよその高尚な視座ってのは」

「1日は欲しい。集中するから少し話が難しくなるかもしれない————」

「へいへい。じゃあ1日は真面目に護衛しなきゃいけねえ訳か……競馬新聞でも持ってくるんだったな」

 

 そんな会話を後に、御神木の根元で座禅を組んでウンウンと唸るゴッド九十九由基と、その傍らで釈魂刀を担いで暇そうに欠伸をする甚爾の間には、しばし沈黙が訪れる事となる。

 

 日本呪術界に知れれば世が揺らぐ程の世代交代劇は、そうして秘密裏に、静かに、しかし確実に行われたのだった。

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