特級呪『縛』師 禪院直哉くん   作:黒山羊

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第118話

 加茂憲倫による大規模呪術テロ。その事態を最も初めに把握した夏油が、五条と直哉の活動を待たずして動いたのは当然のこと。

 

 各地のテロ発生地域に『呪術師と市民を救え』と命じた精霊を派遣し、自身はワープしてくるだろう五条に『私は品川に向かう』と伝言を残して準備は万端。

 

 娘を死んだ筈の元部下に拉致された(ジョン・)コマンド部隊の元隊長(メイトリックス)よろしく爆速で支度を整えた夏油は、特級精霊『麒麟』*1の背に同じく特級精霊の『座敷童子』と相乗りして空を駆け、一路品川駅へと向かった。

 

 その先から見えてくるのは逃げ惑う人々。上空にいる筈の夏油にまで聞こえる悲鳴と悲嘆の声に奥歯を噛み潰した夏油は、その傷を反転で再生しつつも、怒りに燃える眼差しで燃え盛る品川駅を見据え、眼下の人々を救うべく上空から精霊を差し向ける。

 

 と同時にしっかり帳を張るあたりは、怒りの中にあっても冷静な彼らしい行動。だが、品川駅周辺をすっぽりと覆った巨大な帳は、『非術師からの目隠し』以外の全機能を排除した事で成立した、見掛けだけで実体のない結界だ。

 

 その中に呑まれたビッツ達が、何の効果も無い帳を訝しんだその直後。その答えは、上空から『展開』された。

 

「展開した帳を領域の『外殻』に転用、展開時間を1分に限局。展開後の術式回復までに必要な時間を2倍に延長————よし、行ける。領域展開ッ! 征裡(せいり)牲呑(せいとん)逝葬(せいそう)棲傑(せいけつ)ッッ! 

 

 夏油傑の領域展開。複数の縛りを交え、予め帳でマーキングした事で広範囲に高速展開されたその領域は、夏油自身が述べた通り、1分しか持たない酷く限定的なもの。

 

 確かに領域内のあらゆる呪力を貪り喰らい枯渇させるその領域は強力だが、ビッツ達の呪力砲や爆破術式などを封じた所で、1分後に呪力を練ればそれで終わる話でしかない。

 

 だが、その1分で、夏油傑は領域内の全てのビッツにある術式を『必中』させる事に成功し、勝利を確信。そして1分間で領域内の生存者すべてに精霊を憑けて逃がしてやれば、夏油の任務は完了。

 

 だが当然、ビッツ達が生存者をタダで逃す訳もない。

 

 精霊に手を引かれてヨロヨロと逃げるその背にある個体は拳を叩き付けようとして————盛大に転び、顔面から地面に突っ込んだ反動で首がおかしな方向に捻じ曲がって即死した。

 

 もちろん首が折れた程度なら余裕で再生可能なビッツは即座に復活するが、その異常な挙動が自然現象な訳はない。

 

 きっかり1分が経過し領域が崩れていく中で、麒麟を地面へと向かわせてビッツ達が待ち受ける品川駅の残骸に降り立った夏油は、術式が焼き切れているにも関わらず、至って平然とした様子でビッツ達へと歩み寄っていく。

 

 そんな彼に、先程の個体の変死を訝しみつつも呪力砲の照準を合わせるビッツ達。だがその直後、おかしな事態が今度は立て続けに発生した。

 

 ある個体が踏み出した足の下にあったコンクリート片で派手に捻挫し、うっかり発射されてしまった呪力砲が友軍である筈の僚機を直撃。当然撃たれた側は回避しようとするが、避けきれず腕を一本持っていった呪力砲の衝撃で錐揉み回転しながら呪力砲を撒き散らし、その全てが他のビッツ達に直撃して誤射の無限連鎖を引き起こす。

 

 慌てて呪力砲の発射を止めた頃には全個体が最低二度は死んでおり、それでいて誤射乱射の雨霰の中にいた筈の夏油傑は無傷。

 

 絶対におかしい。何かがおかしい。

 

 そう考えるビッツ達が立ちあがろうと地面に手をつけば、ガラス片が狙い澄ました様にその肉を裂き、その痛みを感じるまもなく、崩れ始めたアトレ品川から降り注ぐ追加のガラスがギロチンの様にビッツ達の首を刎ね、鉄筋コンクリートがその頭部を粉砕する。

 

 そんな中、ひどく冷たい目でビッツの無様を眺める夏油が、静かに口を開いた。

 

「私は結構怒っていてね。君達が子供の姿で、そして実際に子供なのだとしても、情け容赦なんて物を掛けてあげる余裕はないんだ。だから————君達の命運はもう尽きている」

 

 そう語る夏油に反駁しようとして、奇跡的な滑舌の破綻により自ら舌を噛み切ってしまったビッツがいよいよ混乱する中で、開示されるのは彼等を蝕むモノの正体。

 

「私の特級仮想精霊『座敷童子』の術式は『幸運の収奪と分配』。射程もそう長くないし、かなり燃費が悪くてね。普段は精々、操れてもラッキーアンラッキーの範疇なんだ。だけど————私の領域から無尽蔵に呪力を供給してやれば、領域の必中効果も込みで、その扱いは一気に化ける。君達から今後の人生におけるあらゆる幸運を剥奪して、巻き込まれた人達と私に分配出来るくらいにはね」

 

 そう告げた夏油の目の前で、不幸に纏わりつかれたビッツ達はありとあらゆる死の可能性を余さず引き寄せ、幾度となく擦り潰されながら、燃える市街に埋もれていく。

 

 死ねぬ身でありながら死に続け、あらゆる行動が裏目に出る無限地獄の中、ビッツ達が最後に見たのは、絶対零度の瞳で自分達を一瞥し、麒麟に乗って天へと駆けていく夏油の後ろ姿。

 

 その後の視界は、燃え盛るビルが不自然に倒れ、巨大な石窯と化して彼等を焼却し始めた事で赤に染まり、死に続けるビッツ達の魂の情報が他個体に複製されて行くその中で、摩耗し切った肉体は徐々に消し炭と化していく。

 

 五条悟、禪院直哉と並び称される日本呪術界最強の一角、夏油傑。彼が品川駅のテロを平定し、可能な限りの市民を救出した旨が高専に連絡されたのは、それから少しばかり後のことだった。

*1
虹龍とガネーシャを合成したところ何故か麒麟になった

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