第122話*
特別特級術師・禪院直哉より齎された急報。
それはあくまで推論ではあるものの、敵の目的が『死に際の術師の脳から放出される莫大な呪力』と無辜の人々の殺戮による、『テロ発生地域の簡易的な霊地化』にあるのではないかと指摘するもの。
故に可能な限り迅速に残穢を除染すべしと主張する彼の意見は、特に反対意見もなく、学長の決を得て手配されることとなる。
だが。高専陣営が各地の呪いを祓うべく準備を開始した頃には、事態は既に手遅れな領域に突入していた。
* * * * * *
「いやぁ〜、惜しい! さすがは六眼ってとこかな? でも残念でした。全国同時に駅を爆破したあの段階で、ビッツを1体『死の縛りを掛けて自爆』させてるんだなコレが。その時点で東京と名古屋も一応の
などと言いながら、「忙しい忙しい」と時計ウサギのように楽しくアジトを駆け回るのは、1000年以上もこのビッグイベントを準備してきた迷惑系背神者もとい呪詛師の『羂索』だ。
儀式の起動に先立って、先程『万』と『裏梅』は無事に御懐妊。10体の宿儺の器は無事に大儀式『死滅回游』のシステムに組み込まれ、羂索は現在、その最後の仕上げの為に『あるもの』を使おうとしていた。
彼の眼前で培養液に浮かびながら悍ましい呪いの気配を放っているのは、脳を失った状態で身体の細胞だけを生かされている少年の亡骸。
培養ポッドの銘板に刻まれた名は、ビッツ零號。彼こそが研究段階で生み出された『最初の1体』であり、1年で死に至る縛りによって命を失い、その亡骸を『ビッツ達の魂の情報のサーバー』として利用されていた、哀れな幼子だ。
その身体から立ち上る、余りにも強大でドス黒い呪力。その原因は、羂索がビッツを産み出した究極の目的である『死の収集』によるもの。
一般人ですら、末期の瞬間にはその激しいストレスで呪力を覚醒させ、莫大な呪いを生成する。
であれば、術師として生まれた魂に無数の死を味わわせれば、どうなるか?
その答えが、羂索の眼前で完全に呪物化した『零號』。無数の死を強制的に体験させられた彼の魂は激しく歪み、その肉体を呪物へと変生させてそれでもなお足らぬ程の呪いを宿すに至ったのだ。
「天元の入手が叶わないと見て、死滅回游の核として君をここまで育て上げたかつての私を褒めてあげたいね。天元を使うよりこっちの方が楽しそうだし! 呪術全盛の平安! 呪術再興の平成! ぶつけ合ったら絶対楽しい! こんなもの見逃す訳には行かないからね! ああぁ、楽しみだよ本当に。宿儺と生身で再会できないのはちょっと心残りだけど、まぁ、仕方ない仕方ない。だってこっちの方がこんなに面白そうなんだから————!」
そんな言葉と共に、ビッツ零號の培養液の蓋を開け、身を乗り出して『頭を開いた』羂索は、本体たる脳髄をビッツ零號の頭部に納めると、その肉体を乗っ取って、無数の死の淵で揺蕩うその軀を復活させる。
「さぁ、始めよう。楽しい愉しい呪い合いを————」
「————領域展開・死滅回游」
そう唱えた、その直後。
ただ存在するだけで垂れ流されていたそれとは比較にならない莫大な呪力を迸らせたビッツの肉体は呪力の奔流に融解し、羂索の本体すらも溶かし込んだその領域が羂索の魂を核として際限なく『流出』し始める。
日本全土を覆い尽くす、異常な規模の『閉じない領域』。その巨大な領域を支えるように、テロにより色濃く死が刻まれた新青森、盛岡、仙台、東京と品川、名古屋、京都、新大阪、広島、鹿児島中央の十箇所から莫大な呪力の柱が天へと噴き上がり、日本列島が尋常ならざる規模の呪力で汚染されていく。
大儀式・死滅回游。本来の予定を大幅に変更しつつも、羂索のこだわりポイントであるネーミングだけは無事に継承したこの儀式は、言ってしまえば羂索主催の金網デスマッチ。
————大好きなレスラーをでっかいリングにいっぱい詰め込んで夢の頂上決戦だ!
的な、ある種ピュアにすら思える目的を孕んだこの儀式の目的はズバリ、呪術界の天下一武道会。
呪術界最強を決める
各コロニーの内部には、過去から現在までに羂索が『死滅回游への参加』を条件に契約してきた術師と呪霊が無数に詰め込まれ、外部からの参加者も含めて、最後の1チームとなるまで殺しあう。
ただ1チームとあるように、徒党を組むのは全然問題ない為、極論で言えばコミュ力だけでコロニー内の全員とお友達になっても条件は達成可能だ。
そこまで凄い脳味噌お花畑マンがいたらそれはそれで是非見てみたいよね! とは偽らざる羂索の本心である。
だが、仮にコロニーの無血開城がなったとして、その後淘汰が完了したコロニーへと順次投入されるのは————。
『
そんな声が全国に居る呪詛師・呪術師や、死滅回游の絶大な呪力によって才能を覚醒させてしまった者達の傍らで響き渡り、妖精のように小さく『ちびキャラ』化されたビッツ達*1が、コミカルな所作でビシッと敬礼してみせる。
多くの高専側に属する術師がその『妖精』を反射的にブチ殺したものの、何食わぬ顔で復活するその存在。
彼等はこの巨大な術式について情報を開示する為の機構であり破壊は不可能となっている、というのは、チビッツ*2本人達から復活後に語られた通り。
自らの全存在を魂諸共『死滅回游』という儀式に組み込んだ羂索の感覚器官でもある彼らの目を通じて監視されることになった
そんな姿すらも監視して、死滅回游の運営システムの中に取り込まれた己の生得領域の中で爆笑するのは、誰あろう羂索その人だ。
「さぁ、面白くなって参りました! この7日がルール把握と勝利の鍵だよ〜? ほぉら、頑張れ頑張れ♡」
なんて呟く彼が、想像によって生み出したポップコーンとナチョスとコーラを貪るその眼前で、仮想のスクリーンに映し出されるのは、いずれ劣らぬ最強達。
その中には先程受胎を遂げたばかりの胎児である、宿儺の依代達の姿も存在している。
「うんうん。死滅回游からの呪力供給は問題ないみたいだね。————日本国民の絶望と呪いを吸い上げて廻して練り上げる。その果てに待つのは勝ち残った呪術師か、それとも宿儺か。宿儺が勝てば全ては彼の腹の中。さてさて、頑張れ現代っ子達。時間は有限だよ?」
などとノーサイドで応援する羂索に、この大儀式の終了後、どちらが勝とうが彼自身は術式と共に消滅するという事実に対する恐れの類は一切ない。
ただひたすらに、呪術の深奥を覗き見る楽しみだけに目を輝かせた、史上最もクソ迷惑な呪詛師。
そんな彼の人生最大にして最後のお楽しみは今、ド派手にその幕を上げたのであった。