5発ほどばら撒いた銃弾に泡を喰って逃げ出す麗美。その背を冷徹に眺めつつ、しっかりと狙いを定めて両アキレス腱を撃ち抜いて転ばせる神技を披露した綺羅羅だが、その射撃には当然ながらタネがある。
といっても高専に安置された呪骸に付与したものと同じ『Mimosa』の星を逃げる麗美のアキレス腱に刻み同様にMimosaを刻んだ銃弾を撃っただけ。あとは遥か遠くの呪骸よりも近く、かつ呪骸より呪力の多い麗美に引き寄せられた銃弾が、麗美のアキレス腱をホーミングしてブチ抜くというわけだ。
だが、激しい痛みに混乱する麗美にそんな事がわかるはずもなく、彼女は自分をゆっくりと追う綺羅羅の事を漫画に出てくるような超級のスナイパーであると誤認して、半狂乱で四つん這いになりみっともなく逃げようとし続けている。
そんな彼女の三つ編みの髪の毛が、蠍の尾の様にブンブンと振り回されているせいで近づくのは少し躊躇われるのだが、ふとこの状況に既視感を覚えた綺羅羅は足首のMimosaを解除して三つ編みの中程に付け替えると、冗談めかしたセリフと共に発砲する。
「どこへ行こうというのかね? なんちゃって。あれ? コレってあのシーン*1のセリフであってたっけ? *2」
1発、2発、3発。吸い込まれる様に三つ編みを撃ち抜く銃弾が髪束だけを見事に千切り飛ばし、術式の要を失った麗美はもはやただ這いずる事しか出来ない哀れな女と化している。
そんな彼女の背を遠慮なく踏みつけて、後頭部に発砲の余熱と硝煙の匂いが残る銃口をグリグリと押し当てながら「これは縛りだ。他者間の縛りは破った場合、違反者に悍ましい呪いが降りかかる絶対契約、約束を反故にされる心配はしなくて良いよ。————というわけで、今後私に自主的に絶対服従するか、今惨たらしく死ぬか。どっちか選んでね。服従するなら殺さないであげる」と地声*3で囁く綺羅羅は中々の悪人振りだが、此処で殺さないのは呪術世界だと『優しい』部類に入るのはいうまでも無い。
そして、完全に怯え切った麗美が綺羅羅の提案に逆らえるはずもなく。
あっさりと覚醒術師を1匹ゲットした綺羅羅は、腰砕けになった麗美をよっこいしょと俵抱きに抱えつつ、中に浮かぶ秤の『領域』へと目を向けた。
「金ちゃんもそろそろかな?」
などと彼女が呟いたその直後。秤の領域が砕け散る。激闘の舞台となっていたその内部から降りてくるのは————。
顔面がボコボコにされ全裸に剥かれたレジィを担ぐ、同じく全裸の秤金次だった。
* * * * * *
一方その頃。真依と戦う黄櫨は、内心かなり焦っていた。
「みんなの思いを光に込めて! 必殺! マジカル真依ちゃんバニッシュ!」
などとどこから出してるのかわからないきゃるんきゃるんのアニメ声で叫びつつ手にした魔法の杖*4からドピンク*5の呪力砲を撃ち込んでくるのは100歩譲ってまだ良いにしても、問題なのはその威力。
振るわれる杖に追従して薙ぎ払われるそのビームを必死になって黄櫨が避けたその後ろでは、マンションの鉄筋コンクリートがなす術も無くブチ抜かれ、溶断された鉄筋から白熱する鉄の雫が滴り落ち、自重を支えられなくなったその建屋が轟音と共に崩壊する。
自壊の縛りでもかけているのか、その一撃を放つたびにボロボロと崩れ落ちる『杖』はしかし、次の瞬間には「みんなの思いを形に変えて! マジカルメイク! 『マジカル真依ちゃんメイス』!」と叫ぶ魔法少女の手の中に再び現れるのだ。
では、杖がない時を狙えば良いのでは、というのは黄櫨も当然考えたのだが……。
「真依ちゃんの隙を突こうだなんて百万年早いんだからね!」*6
「畜生! 構築は詠唱必須じゃねえのかよ!?」
「真依ちゃんそんな事言ってないも〜んだ!」*7
と、指に挟み込む様に瞬時に構築されたダーツ*8に呪力を込めて投げつけられ、その全てが恐ろしい事に回り込む様な機動で黄櫨の脊椎椎間板を狙ってくるのだから、黄櫨はすっかり攻めあぐねているのだ。
そして何より厄介なのは————。
先ほどから歯を抜いたり、目を抜いたりと文字通り身を切って放っている爆弾が、ピンク色の呪力を膜のように全身に纏った眼前の少女に完全に無視されている事にある。
それなりに腕に覚えがある黄櫨からしても、恐ろしくなるほど精密な呪力操作。ふざけた見た目と言動で騙されそうになるが、高級機械式時計の様に緻密な呪力運用を行う眼前の少女の肉体はほぼ無駄がなく超高効率で強化されており、反転術式を頼みに一度だけ突貫してその胸部*9を殴りつけた際に感じたのは、目の前の爆乳はトラックのタイヤで作った偽乳なのではないかと思ってしまうほどに硬く重く鈍い感触。
挙げ句の果てに「いや〜! エッチ!」と殴り返されたその拳は黄櫨の左鎖骨、左上腕骨の上部、左肩甲骨を粉々にしながら解放骨折させるほどのエグ過ぎる威力を持っており、黄櫨は反転術式が己の術式に組み込まれていた事を思わず神に感謝した。
そんなガン不利な状況で黄櫨が頑張っていたのは、レジィや針が敵を倒して増援に来てくれる事だったのだが……。
「げ。マジかよ……麗美はともかく全員やられたってのか?」
「私の仲間はつっよ〜いんだから! 観念しなさい!」
「言われなくても降参するって」
などと、溜息を吐く黄櫨の視線の先に映るのは、シャルルが針を担ぎ上げ、レジィをおぶった麗美が銃口を向けつつ金次と腕を組んでいる綺羅羅に追い立てられる姿。
都合、4対1。真依とのタイマンですら分が悪い黄櫨にとってその光景はまさに絶望するほかない状況であり、即座に降伏を選ぶのは当然の行動と言える。
かくして、名古屋コロニーにて起こった大勢力同士の戦いを制した高専側は、死滅回游平定に向けて着実に一歩前進したのであった。