その日の事は、幼い『彼女達』の記憶に、強烈な印象と共に焼き付いている。
当時、彼女達の歳は三つ。術式を自覚したが故に『碌な術式に目覚めなかった』というレッテルを貼られた妹と、そもそも呪力にすら目覚めなかった姉という双子の姉妹に対して、いつものように『父親』が腹いせ混じりの折檻を行おうと呪霊部屋へと引き摺るように2人を運んでいる時のことだった。
「こんにちは 何してはんの 扇さん」
そんな独特の韻律を帯びた少年の声。ちょうど声変わりを迎えたのか、男性特有の深みが声に覗き始めたその少年は、偶々廊下ですれ違った『父』に対し、隠す事もせず顔を顰めていた。
「……ッ、直哉か」
「聞いとんか? 何しとるんか 答ええや」
「……不出来な娘に教育をしているだけだ」
「そうなんか そらおかしいな 行き先が。この先あんの 呪霊部屋やで?」
「オマエには関係のない事だ!」
明らかな、父の不機嫌。彼女達の恐怖の象徴。しかし、それに対峙する少年の顔には一切の恐怖はなく、浮かぶのはむしろ、『怒り』と『嫌悪』。
そんな彼がチラリと『殺気』を滲ませた直後、娘を適当に投げやって動いたのは彼女らの父親『禪院扇』からだった。
抜刀こそしないものの、呪力を込めたその拳は紛れもなく殺傷性を帯びたもの。この禪院家においては殺し合いに近い稽古が日常であるとはいえ、流石に少々行き過ぎた威力が込められたそれは、狙い過たず直哉の顔面を直撃————しなかった。
直哉がその拳を右手で受け止めたと同時に発生するのは、奇妙な硬直。扇の体が一瞬にして『フィルム』のように成り果て、まるで『静止画』のように加速度を無視して停止したのだ。
そんな扇に対してカウンター気味に『後ろ回し蹴り』をブチ込んで中庭へと蹴り出した直哉は、嘲笑の笑みと共に言葉を溢す。
「アホなんか? パパにも勝てん ドブカスが、なんでボクには 勝てると
「貴様ッ」
「大体な? ボクの『縛り』を 知っとって、娘の仕置き 廊下でやるん? アホすぎて 心配になる レベルやわ。今から脳の 病院行くか?」
などと煽る合間にも、交わされるのは理不尽なまでに一方的な拳撃。直哉を殴りつけようとする扇はその一撃を右手で受けられる度に『フィルム』と化して硬直し、逆に直哉の攻撃は硬直して無防備な扇を一方的にブチのめす。
加えて言えば、扇は直哉の攻撃を受ける度にまるで『何発も殴られた』かのようなダメージを受けて血反吐を吐いているのだ。明らかに、軍配は直哉の方に上がっていた。
「情け無い。アンタそれでも 一級か? パッとせんにも 程があるやろ」
「〜ッ!」
煽って煽って煽りまくる直哉、その屈辱に怒り狂う扇。そんな中、遂に扇が抜刀し、紅蓮の炎が扇の周囲に渦を巻く。
「術式開放、『焦眉之赳』ッ!」
「パッとせん 言われてキレて これかいな。火遊びぐらい ガキでもすんで?」
その直哉の煽りを引き金に振るわれる、豪炎の刃。だが、その刃が届くよりも先に振り抜かれた直哉の拳が飛ばした『空気の塊』が音速の壁を伴って扇へと直撃し、炎諸共に何もかもを叩き伏せて、扇の身体を深々と地面にめり込ませた。
「感謝せえ、殺すんだけは やめたるわ。この子ら置いて とっとと
もはやもの言う体力も無い満身創痍の扇に対しそう告げた直哉は、呆れたように鼻息をフンと吐き捨てると、呆然としたまま廊下にへたり込む『彼女達』の元へと歩み寄る。
「真希ちゃんと 真依ちゃんやっけ こっち
そう告げる彼の顔に浮かんでいるのは、彼自身の発言とどうにも噛み合わない『心底面倒臭い』と思って居そうな表情で。
それが逆に、『彼女達』には妙に優しさを取り繕うような連中よりも余程誠実に見えたのだった。
————斯くしてその日、『禪院真希』『禪院真依』の両名は禪院家当主『禪院直毘人』の鶴の一声により『禪院直哉』の許嫁として花嫁修業に入る旨が宣言され、『禪院扇』は直哉の私財から支払われた『結納金』を受け取る代わりに双子に一切の危害を加えられぬ縛りを結ばされる事となる。
そんな事態の裏で、「ふざけんな ロリコンちゃうわ クソジジイ 何が嬉して 従姉妹娶るん? 嫁さんは ボンキュッボンな 人がええ。九十九特級 みたいな