それは、十種影法術における最強の式神にして、同時に未だかつて十種影法術の使い手が十全に使用できた事がない式神である。
そも『十種影法術』とは影を媒介にした式神を操る術式ではあるが、全10種類の式神のうち、最初から使役できるのは『玉犬』と呼ばれる犬の式神のみ。
その他9種類の式神については『調伏』を行う事で支配下に置く事ができ、その調伏は術者単独——式神と呪具は使用可能——で行う必要がある。
調伏に失敗すれば待つのは服従していない式神による『術者殺害』。調伏に他者が介在すれば、たとえ式神の打倒に成功しても調伏は不成立となるという実に厳しいその条件は、『縛り』として働き、十種影法術の威力を強烈に引き上げる要因となっている。
そして、その上で
何せ、
その能力とは、『あらゆる事象への適応』。火で焼かれれば火への耐性を身につけ、水責めを喰らえば水中に適応し、生き埋めにしてもモグラの様に地中を自在に這い回る様になるその能力は、五条悟とも禪院直哉ともまた異なる『最強』。
これを下すには、初見の攻撃による完全一撃必殺をおいて他になく、元々のフィジカルにもかなり優れる
だが。今この日、この時に限っては、決してその限りではない。
恵の詠唱が完了し、『恵1人』での調伏の儀が開始されたその直後、森の木々を突き破り、音の壁すら突き抜けて、
それは、直哉の『録我呪法』を受けた事でより強烈な初速を得た伏黒甚爾。彼こそが、
完全なるフィジカルギフテッドである伏黒甚爾は、呪術的には透明人間。一切の呪力を持たないが故に、呪術的には『いないもの』として扱われる存在だ。
それは即ち、
「————死ィねよやァァァッッ」
そんな咆哮と共に、振り翳されるのは伏黒甚爾が禪院家から拝借した特級呪具『釈魂刀』と『天逆鉾』。
音速を遥かに越えた速度で振るわれる短刀と長刀の変則二刀流は、裂帛の気合いと黒い火花の輝きと共に
この間、僅か0.2秒。
流石の
とはいえ油断は禁物。形状を保てず、ドロリと影に溶けた
「どうだ、調伏出来たか?」
「えっと、多分……?」
「ハッキリしねえやつだな。呼んでみりゃわかるだろ。もう一回出してみろ」
「え、ええっと。ふるべ————」
そんな困惑と共に再び呼び出された
それに一安心してか、ドサリと音を立てて尻餅をついた甚爾は、そのまま仰向けに倒れて荒い息を吐き散らし、後詰めとして控えていた直哉が駆け寄ってきた直後、「終わったから寝る」と言い残して、そのまま目を閉じた。
結局、極度に疲労したらしい甚爾が目を覚ますのは、その日の夕暮れ。直哉が担いで運び込んだ自宅のベッドの上で、布団に潜り込んだ恵に縋りつかれての事となる。
この日以降、恵は甚爾をキチンと『父さん』と呼ぶ様になるのだが、それはまた、後の話であった。