「なんやねん プリキュアの服 買ったやろ? これと違うん? 逆が良かった? なんやそら。交換したら 終いやろ。新品が良い? 贅沢言いな」
どうも。絶賛三歳児育児中の禪院直哉君や。何が悲しゅうて、童貞のまま子育てしやなアカンねん。ちゅうか百万歩譲って許嫁はともかく、なんで俺がガキの寝小便の始末から風呂の支度までやっとるんや? 禿げそう。
今もせっかく早起きして自由時間や思うたのに起きて来とるし。プリキュアの服着てプリキュア観る言うとるけど、放送まであと3時間強*1やで??? 服がどうこう言うとるけど黒でも白でもええやんけ、似た様なもんやろ。
なんで俺がこんな目に遭うとんねんホンマ。今度ブチ殺したるからなクソボケチョンマゲうんこドブカス*2。手足抉り取って呪霊のエサにでもしたらな気が済まんわホンマ。
「なおやー、何やってるん?」
「真希ちゃんな、直哉君やろ 直哉君。ちょっとぐらいは 尊敬してや」
「なーなー、何やってるん?」
「四歳児 自由過ぎへん? こんなもん? ……薪割り中や 離れといてや。危ないし 頼むでホンマ まだ寝とき」
「見とく!」
「なんでなん? 話聞いてた? アホなんか? 誰ぞ居らんか! 見張っといてや!」
朝の日課ぐらいゆっくりさせえやホンマ。
まぁええわ。呼んだら来るうちはまだ許したる。えらい美人で乳と尻も大きいさかいな。……でも、どっかで見た顔やね? どこやっけ……まぁ、修行の邪魔にならんようクソガキ見張っといてくれたらなんでもええわ。
さて、と。そしたらいつも通り修行しよか。
* * * * * *
禪院
禪院家当主、禪院直毘人の命により夫である扇が蟄居させられた*4事で、手隙になった彼女に対し直毘人が『花嫁修業は母親の仕事だろう』と直哉の離れでの仕事を命じたのである。
無論、真理とて阿呆では無い。その命が、母娘を案じての言である旨は承知している。だが、それと同時に直毘人の中に『直哉への畏怖』を僅かばかり感じ取ったのは、彼女が被虐者であるが故の、弱者の嗅覚の様なものだったのかもしれない。
————禪院直哉。
禪院直毘人の数多く居る息子の1人であり、禪院から久方ぶりに輩出された『特級術師』であり、『
徹底した実力主義と男尊女卑を強いる禪院家においてあまりに重い『最強』の名は、家中の誰もが畏怖のあまり彼の住まう離れに近寄る事を控えるほどの威光を放ち、真理の勘が正しければ当主である直毘人すらも畏れさせる、禪院における絶対強者。
そんな彼の元での奉公は、おそらく扇の下で行われるそれよりも遥かに苦しいものであろうと、先日までの真理は考えていた。
それでも、当主の命に従ったのは、彼女の中にまだ色濃く残る、『母』としての情が故。四年という歳月は彼女から母としての情念を削ぐには些か短く、彼女は双子を産み落とした自身の身の上を呪いつつも、同時に双子への情を未だ抱き続けていたのである。
だが、そんなある種悲壮な覚悟で直哉の離れへとやってきた彼女に対し、直哉は今のところ良くも悪くも『無関心』だった。
数日間暮らしの世話をした真理が感じたのは、彼が執着を見せるのは専ら己の強さと己以上の強者のみであるということ。
ストイックに強さを求めるその姿勢は、嫉妬と妄念で己を腐らせた扇よりも、余程好ましいものとして真理には感じられた。
だが、その上で『流石にストイックが過ぎないか?』と疑問に思ってしまうのは、呪術の家の出とはいえ術師では無い真理の認識が甘いだけなのだろうか?
何しろ、今彼女の眼前に居る直哉は、先程自ら素手で割った薪を庭に敷き、その上に座した上で灯油を撒いて火を放ち、自らを火炙りに掛けているのである。
燃え盛る業火の中で降魔座*5を組んで額に汗して一心に瞑想するその姿はどう考えても苦行者の域を超えており、拷問を越えて処刑の領域に大きく踏み込んだ気狂いの所業としか言いようが無い。
燃え盛る炎が尽きるまで一呼吸すら許されぬ*6中でその総身に絶えず呪力を張り巡らせて灼熱に抗うその修行を10年前から欠かさずこなして来たという直哉の身体は全身を燻されて浅黒くなっており、炎が30分程を経て燃え尽きる頃には、煤に塗れて塗仏の様に黒く染まっている。
まさに想像を絶する難行。真理が初見で『焼身自殺』を疑ったのも至極当然なその修行。だが、この苦行はあくまで、直哉のモーニングルーティンの始まりに過ぎない。
瞑想を終え、焼けた灰を踏みしだいて立ち上がった直哉が次に行うのは、108回の五体投地。
昇り始めた日輪に向かう様に立ち、蓮華合掌*7。そして合掌したまま深く一礼し、そこから両膝を突き、合掌を崩しながら掌を捧げる様に両腕を伸ばして、額を地に突いて両手を掲げ、起立して再び合掌。この一連の動作だけでも総身に疲労が溜まりそうな動作を108回行うというのは、本職の仏僧であってもなかなかやろうと思わない苦行と言えるだろう。しかも直哉はそれを燻る灰の中で行うのだから、やはりこれもまた難行である。
その昔『苦行とかしんどいだけだしやめときなよ(意訳)』と説いたとされるお釈迦様が見れば哀しみそうなレベルのその行いは、『投射呪法』を発動しながら行われる事で高速化されているものの、それが故に一層『痛そう』なモノと化しており、程なくして地面には直哉の頭と膝の位置に凹みが生じていく。
そんなセルフ拷問を経て、庭に設けた泉で水垢離をして心身を清め、最後に行うのは『刃渡り』の行。研ぎ澄ませた日本刀*8を台の上に刃を上にして固定し、その刃の上を素足でこれまた108回渡る狂気じみた修練で以て、直哉のモーニングルーティンは完了するのだ。
未だその自殺一歩手前な難行に戸惑いを隠せない真理ではあるが、流石に数日目ともなれば、着替えと手拭いの手配ぐらいはできている。
「おおきにな。飯の支度は 出来とるん?」
「え、ええ」
「ほなええか。も少ししたら 飯食うわ。双子の分も あんじょうしてや」
「は、はい」
などと会話を交わしつつ、鋼の様な身体を自ら拭う直哉。そんな彼に『意識を向けられた』という恐怖から脱兎の如く離れの厨に駆ける真理を責める事は、少なくとも禪院家の者には出来ぬだろう。
しかし、そんな真理の背中に向けて「なんなんや、そないに怖い? ボクのこと」などとモニョッとした表情で直哉が呟いていたりしているのだが、常人の聴力しか持たぬ真理がそれを聞く事は無いのだった。
* * * * * *
クソ熱い、クソ痛いからのクソ寒い、トドメとばかりにクソ怖い。それが済んだらクソ不味い。
毎日毎朝の事とはいえ、ホンマに『この縛りを考えた』親父の事は何度恨んだかわからんわ。
『10の縛り』。その内容を酔っ払った親父に考えてもろて『他者からの理不尽に忍従する』っちゅう点も加味した強力な縛りにしたんは、10年前の俺自身。
そうは言うても、実の息子に漫画染みたクソ修行をやらせる親父の頭は酒のせいでイカれとるに違いない。肝硬変で逝ってもうたらええねんホンマに。
で、朝から散々な目に遭うとるのも、そんな縛りの一環やね。五行相剋に因んだ5種の荒業を日々己に課す『苦行』の縛り。
木火土水金に因んで、肉と十穀を断つ『木食』、燃え盛る炎の中で瞑想する『赴火』、大地に五体を擲つ『投地』、クッソ冷たい池の水での『水行』、そんでもって妖刀の刃を渡る『刃渡』の5つの苦行を毎朝やる代わりに、俺の肉体そのものを超強化する縛りや。
考えた奴はアホ? 俺もホンマにそう思う。アルコールで脳萎縮しとるかもわからんね?
ただまぁ、正直言ってもう10年もやっとったら、苦行っぽい苦行はなんて事ないねん。身体も強化されとるし。こうなって来るとむしろ一番キツいんは『木食』や。肉も魚もない、菜っ葉と茸ばっかりの飯。もう堪忍や、ウンザリやと何度思うたやろか。
ただ、この前から来とる使用人は腕がええのか献立が最近随分マシになっとる。
今日の朝飯はほうれん草の胡桃和えときんぴらに柿なます、そんでもって焼き椎茸。貧相やけど今までのモン*9に比べたら家庭的でええね。こういうお袋の味も悪ぅ無い————ん?
「なあアンタ。真希ちゃん達の オカンちゃう?」
「え、あ、はい。そうです、禪院真理です」
「まぁ何や。あんじょう気張り、ボチボチな。差し当たっては 育児頼むわ」
やっぱりやん。なんやめっちゃ気まずいやんけ。
なんで扇のクソジジイの一家丸ごと押し付けられとるんや俺。なんやこの理不尽な感じ。夢か?
いや、つねっても普通に痛いわ。夢やないみたいやね?
————。
ホンマのホンマにブチ殺したろか、あのドブカス! 俺が『紳士』の縛りで『敵以外の女子供を守らなあかん』のも、『勧善』の縛りで『通俗観念的に『善行』とされる行為しか実行できん』のも、『懲悪』の縛りで『通俗観念的な『悪』への敵対を己に強制しとる』んも、全部知っとる筈やろあのクソジジイが!
娘の折檻ぐらい自分の部屋か便所でやれや!
なんでわざわざ俺の目の届く範囲でやるんじゃボケコラカスゥ!!!! *10
許さん、絶対に許さんぞ、禪院扇……!
————ん゛あぁぁぁああ゛!!!! *11