さて、時刻は昼下がり。
寮でやるのもちょっとアレなのでグラウンドに来た一行は、早速直哉の術式反転による結界術体験に挑んでいた。
もちろん、その先陣を切るのは発端である灰原雄。グラウンドに直径2mの円をラインカーで引いた中に立ち、頭を直哉に後ろから鷲掴みにされているその姿はどう見ても変な儀式にしか見えないが、当人たちは至って真面目である。
『直哉君! お願いします!』
「任せとき あんじょうやるわ ほな行くで。『水面月』『現と虚』————神憑」
万全を期し、呪詩を詠唱しての術式行使。その直後、操られているとは思えない自然な動作で刀印*1を結んだ灰原雄の肉体は、丹田から巡る呪力を呪詩に乗せ、直哉の意図した通りに結界術を構築する。
「臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
発声に合わせ、横、縦、横、縦……と左上から順に格子状に刀印を振るうその儀式は、俗に『九字切り』とも呼ばれる九字護身法のもの。
その結果生み出されるのは、地面に敷かれた白線の上に乗っかった、半球状の結界だ。
「成功や。なんか感覚 掴めたか?」
「お、おお……!」
「へー、やるじゃん灰原。術式効果もクソもない『仕切った』だけの結界だけど、込めた呪力分の壁ぐらいにはなるんじゃない?」
「これは中々……灰原、コレは解除してから自力でもう一度出来たりするのか?」
「やってみます! ……臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
「ありゃ、途中でグニャッてなって割れちゃった」
「うーん、何か感覚は掴んだ感じなんだけどなぁ……ありがとう直哉君!」
なんて調子で首を傾げつつも礼を述べる灰原。そんな彼に変わって直哉の前に立つのは七海建人。クールな彼には珍しく少し緊張した様子だが、そんな彼の頭にも容赦なく手を乗せる直哉は「七海君 ホンマ身長 デカいねん」などと文句を言いつつ術式を行使し、彼にも結界術を行使させるのだった。
* * * * * *
それからしばらく。全員に一度は結界術を体験させた直哉が術式反転の連続行使による疲労で一旦休憩とばかりに茶をしばく前で、学生たちは思い思いに結界術に興じていた。
「見てコレ傑。ATフィールド」
「何処が……? ただの薄くて透明な板状の結界にしか見えないが」
「石投げてみ」
「こうか? ああ、なるほど、何かが当たるとオレンジの波紋が広がるのか。性能は?」
「呪力を帯びない一定の大きさ以上のものを通さず、それ以外は全て自由に通り抜けられる縛りを組み込んで視覚効果を盛ってみた!」
「……なるほど、実用性ゼロだね」
などと、完全に遊んでいるのが五条悟と夏油傑。彼らは今遊んでいるATフィールドの他に『モノリス』*2やら、『サッカーボール』*3などのカスの役にも立たないオモチャを乱造しており、持ち前のセンスと勘を盛大に無駄遣いしている。
その一方で、割と真面目にやっているのが、灰原、七海、家入という、ちょっと珍しい組み合わせの3人。
彼らの場合は、家入がずば抜けたセンスで早々にコツを掴み、後輩2名に教えている構図である。
さらに言えば、後輩2名の内灰原はどうにかこうにか結界を構築できるので、直哉の『録我呪法』の補助無しではうまく結界を作れていない七海のサポートに回っている。
一見、実に美しい先輩後輩の助け合い。だが、しかし。
「七海君、グーンといってビシッ! だよ!」
「そうだよ七海。ズズズってやってポン! だよ」
「……全く分からないのは私に結界術の才覚がないからなんでしょうか……?」
「そんなことないよ七海君! グーンでポンだよ!」
「そうだよ七海。形は出来かけてるんだし、あとはズズズでビシッだよ〜」
「なんか入れ替わってませんか?」
と、超感覚派な2人が独自感覚のオノマトペ化で伝えようとしている情報を、どちらかと言えば理論派な七海が受信できず、その訓練は思いの外難航しているのが実情である。
その一方で、直哉は理論派努力型のドブカスなので七海に教えることは容易……なのだが。
————新喜劇みたいでおもろいやん。
と直哉の内心のカスな部分が困り果てる七海建人の姿を面白おかしく眺めているので、このカオスはいつまで経っても終わらないのである。
ちなみに、直哉の『勧善』や『懲悪』の縛りによる『善行強制』が働かないのは、七海は困ってはいるものの、彼を助けようという家入と灰原のアドバイス自体は善意から行われている為、『本当にダメそうだったら助けに入るが、今は見守る』という選択肢が偶々許容されているだけだったりする。
結局、直哉が七海に介入したのはそれから30分後。『そろそろ天丼も飽きたし』という余りにもアレな理由で差し伸べられたその手は、結果的には彼に救いを齎し、『高さ3、上面の四辺の長さが7』の比で構成された直方体という、七海の術式的に馴染みのある比率で箱型の結界を構築することで、無事に七海建人も結界を自力で構築できる様になったのだった。
————高専生に許された長閑な休みは、春の風の中に溶けてゆく。
————だが、その温もりの中にじめりと混ざるほのかな湿気は、いずれ来る呪いの季節を孕み始めていた。