特級呪『縛』師 禪院直哉くん   作:黒山羊

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第36話

 禪院直哉の入学からおよそ1月半が経った、梅雨目前の初夏の頃。

 

 沸き始めた呪霊の討伐と学生としての生活の二足の草鞋を履く生活が徐々に始まる中で、禪院直哉はと言えば、割と暇をしていた。

 

 その原因は幾つかあるが、その中でも大きなウェイトを占めるのは、彼が正真正銘『最速の術師』であるという点だろう。

 

 空中歩行術である『影踏』と投射呪法による高速移動を組み合わせ、上空をマッハ3で駆ける直哉は窓から連絡が来れば即日速達、特級術師を空からデリバリーするトンデモシステムとして空を駆け、その実力で大抵の呪霊トラブルをスピード解決してしまうのだ。

 

 結果、一級案件が直哉に食い潰されたことで激減し、あぶれた一級術師が二級案件に回されたことで二級案件も減少、結果あぶれた二級術師が……という具合に影響が波及し、各地の負債案件が消滅したことで、直哉に話が回ってくる程面倒な案件も減少した、というわけだ。

 

 まぁ、もちろんコレは直哉本人の意図というわけではなく縛りの影響が大きい。直哉はその身に課した『勧善』と『懲悪』の縛りによって、窓からの連絡や夜蛾からの指令が届けば「かまへんよ 今すぐ向かう 待っといて」以外の発言が出来ないし、それを反故にすることも出来ないのだ。

 

 そして、そんな案件がある度に呪霊の残穢を喰らって毒に悶え苦しみつつも呪力総量を高めた直哉の稼働効率は否応無しに向上し、内心で幾ら『なーにが一級呪術師なんじゃポカばっかりしよってからに、今からでも一級お漏ら師に改名せいやボケコラカス』と罵っていても身体は「お礼とか 別にええんや 仕事やし 困った時は いつでも呼びや」とか言ってしまうので『直哉君なら助けてくれるかもしれない……!』と一縷の希望を見た補助監督や窓が余計に呼び出しを増加させる悪循環が発生。

 

 結果、呪力総量を入学前から1.2倍程にまで膨れ上がらせた直哉は、一時期相当内面的に荒れていた。ストレス性胃炎やストレス性偏頭痛を治す為に常時全身にやんわり反転術式を寝ても覚めても行使するコツを体得した程といえば、少しは彼の心労がわかるかもしれない。

 

 だが、そんな苦労の甲斐もあって、前述の通り今の直哉はヒマである————筈、だったのだが。

 

「直哉、話があるんだ」

「夏油くん? どないしたんや 話って。……深刻そやね 中で話そか?」

 

 夕方、直哉の寮室に訪れたのは、先輩である夏油傑。思い詰めたようなその表情に『うわ面倒くさ。絶対重い話やん。帰れや』と思う直哉だが、彼の身体は不正直。既に夏油を部屋に通してちゃぶ台の前に座らせ、いそいそとケトルに湯を沸かして既に茶など淹れ始めてしまっている。

 

「すまない、急に押しかけてしまって」

「いやええよ 何かあったん? 夏油君」

「いや、私に何かあったわけじゃ無いんだ。……直哉の噂を聞いてね」

「噂やて? ええ噂なら ええけども。その様子やと 違うんやろな」

「その……君が、呪霊を喰っているという話を聞いたんだ。補助監督や窓から」

「そうなんや。えらい噂が 立っとるね? まぁ半分は 当たっとるけど。呪霊をな 直接食いは せんけども 呪霊の残穢 食うんはマジや」

「ッ!? その……言いにくいんだが……味は?」

「味かいな? 変な所を 訊くんやね? ゲロ拭いた 雑巾とかを 肥溜めで 発酵させた みたいな味や」

 

 そう、直哉が『夏油君変な髪型の追求では飽き足らず変な美食にでも目覚めたんか? ゲテモノ喰いも大概にしたほうがええで、せっかくアホな女が股開きながら寄ってきそうな塩顔イケメンなんやし』などと内心で訝しみつつ、そう告げた直後。

 

 夏油傑は目の前で俯いて静かに泣き始め、それに直哉は『なんやねんホンマ!?』と困惑しながらも、縛りに強制されるままに収納からタオルを取り出し、夏油にそっと差し出すのだった。

 

 

 * * * * * *

 

 

「いや、本当に、取り乱して申し訳ない……そうか。直哉()呪霊を。……ちなみに何故かは聞いても良いのかな?」

「そうやなぁ 夏油君なら かまへんよ 伝達禁止 縛っとるしな。ほら俺の 『縛り』あるやん? そのせいや」

「そうか……いや、実は私もそうなんだ。呪霊操術自体に組み込まれた縛りで、呪霊を従えるにはその呪霊を丸ごと飲み込まなくてはならない。もちろん、術式の補助で飲み込めるサイズにまでは圧縮されるんだが……コレが本当に不味いんだ」

「そうなんか。まぁ残穢でも 不味いんや。圧縮しても そりゃ不味いわな」

「うん、不味い。本当に不味い。直哉も知っての通りね。……でも、その味をずっと我慢し続けていたら、誰かにその『不味い』という話をすることすら我慢してしまっていてね……正直言って、かなり精神的に来ていたのかもしれない。君の噂を聞いて居ても立っても居られなくなってしまったんだ」

「なるほどな 真面目やもんな 夏油君。真面目の前に バカが付くほど。……そうやなぁ 折角やしな もういっそ 悟君にも 一回食わそ」

「は!? 何故そうなる!? 流石にそんな事は許され————」

「そらまぁな、一級呪霊 食わせたら 悟君でも 死ぬかもやけど。でも別に 蝿頭(ようとう) ぐらい 喰ったかて 術師やったら 死にはせんやろ? 親友が 思い詰めとる 時ぐらい 漢気出すで 悟君でも」

 

 そう告げる直哉が、内心で『これ口実に悟君に呪霊食わせたらおもろいやろなぁ。どんな顔するんやろ』とカエルを虐殺する小学生の様な悪意を渦巻かせているとは露知らず、「そう、だろうか……」と酷くシリアスな様子の夏油傑。

 

 そんな彼の背中を押すべく、五条悟の携帯に「悟君? 夏油君来て 泣いとるで。どうにかしたり 友達として」などと事情を一切説明しない電話を掛けた直哉は、その後血相を変えて部屋に駆け込んできた五条に対し、夏油の口から事情の一切を説明させ、五条悟に蝿頭の呪霊玉を喰わせる場に立ち会う事となる。

 

 その結果、見事に漢気を発揮して青い顔をしながらも吐かずに飲み込んでみせた五条が、滅茶苦茶に体調の悪そうな顔をしながらも「こんなクソ不味いもん、今まで良く平気そうな顔作って喰ってたな傑。やっぱお前も最強じゃん。俺ゼッテー泣くわ毎回。そこまで頑張れねえよ俺。でも言えよ、俺に。親友だろ?」と告げた事でまた夏油が泣いてしまい、直哉は替えのタオルをそっと差し出す事になるのだった。

 

 

 ちなみに。

 

 

 この一件で、体内に取り込んでしまった呪霊の毒を本気でどうにかしようと必死になった五条悟が、最悪の後味と腹痛で徐々に悪くなる体調の中脂汗をかきながら必死になって呪力操作を行った結果、反転術式に目覚める事になるのだが、それはまた別の話。

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