特級呪『縛』師 禪院直哉くん   作:黒山羊

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第44話

 7月。夏真っ盛りというにはまだ早いが、いよいよ暑くなってきた今日この頃。

 

 さきたま杯でバカ勝ちして大変ご機嫌なテンションのまま、この1ヶ月ほど生徒を扱いた後に放課後焼肉を奢ったりとお大尽をしていた甚爾の元を訪れたのは、滅多に高専に寄り付かないと噂の特級術師、九十九由基。

 

 またしても世界をグルグルと回ってきたのか、アフリカの儀式用ナイフだの、中国の古い祭祀用の呪具などといったお土産を手にやってきた彼女の表情を見て『人払いは要るか?』と甚爾が提案できたのは、流石はプロのヒモといったところ。

 

 そんな彼の気遣いをありがたく受け取り、インドで手に入れた『あらゆる障害を取り除く神霊に纏わる香炉』に白檀を焚べた後で九十九が取り出したのは、札束の詰まったアタッシュケース。収納用の呪具から次々と持ち出されるケースの数は、何と10個。即ち総額、10億円也。

 

 その金額と、並々ならぬ様子の九十九を前に、流石の甚爾も顔色を真面目なものに変え、九十九にその目的を問い糺す。

 

「この額、アンタに見せられるのは二度目だが……相当デカい山か?」

「そうだね。相当デカい山だ。それこそ国家の趨勢を変えてしまう程に」

「読めねぇな。今の呪術界は、直哉の奴と五条の坊が睨みを利かせてやがるせいで、つまらねえぐらいに平和だろ? ここまで金を積む山なんざあるか?」

 

 そう甚爾が言う通り、今の呪術界は平和そのもの。五条悟の爆誕がファーストインパクトとするならば、禪院直哉の覚醒がセカンドインパクト。天然物と養殖物の違いはあれど、いずれも超絶的な能力を誇る特級術師が君臨する今の呪術界において、呪詛師と呪霊の肩身は非常に狭いモノになっているのだ。

 

 その現状から鑑みて、余程強力な呪詛師でも潜伏していない限りは、呪術界は安泰。その筈なのだが————九十九の回答は、それらとは少し異なるベクトルでのものだった。

 

「山はある。————2ヶ月後の満月、天元の術式の初期化が行われるんだ。聞いたことぐらいはあるだろう?」

「ああ、何だったっけか。天元は不死だが不老じゃねえ、って奴か? 星漿体とかいうガキの肉体と同化して生き長らえるらしいが……それが?」

「そう。それだ。————そして、君に依頼したいのは星漿体の保護。これは、天元と同化するまでの間、という意味じゃあない。天元からも守ってくれって意味だよ」

「はぁ? んな事して何になんだよ。天元とガキの同化妨害なんざ、何の得にもならねえだろ?」

 

 甚爾がそう訝しむ通り、そんな事をしても日本の呪術界が混乱するだけで何の意味もない。だが、九十九の眼に宿る決意は、決して無意味な行為に臨む者のそれでは無い。

 

 その事を証明するように、彼女は一つ深呼吸をすると、その目的を朗々と語り始めた。

 

「コレは賭けさ。人類の命運をベットした大きなね。————甚爾君や直哉君、それに真希ちゃんの協力もあって、私の研究方針は明確に固まった。私の目的は、呪霊の居ない世界を作る事。その為に必要なプランを、今まで2つ考えていたんだ。全人類を呪力から脱却させるプラン①。そして、全人類を呪術師にしてしまうプラン②。だが、その内全人類を呪術師にするプラン②は棄却した。文献を紐解けば死後呪いと化した術師の例は枚挙にいとまが無いし、それを防ぐにしても待っているのは『必ず誰かに殺される社会』。死後術師が呪いに変じる事を防ぐには、他者の呪力で殺さねばならないのだから当然だね。そんな世界は結局、私の理想の世界には程遠い。目指すならきっと、君や真希ちゃんの様な在り方が望ましいんだ」

「天与呪縛か? まぁ、研究には付き合っちゃいるが、モノになるのかよ」

「するさ。必ずね。……そして、その為には、一つの賭けに出る必要がある。それが、『天元を進化させる』事だ。コレは私の勘だけどね、天元を進化させたところで、あのジジイの生き汚なさからすれば暴走する可能性はほぼゼロだ。卓越した結界術で、『不死の術式』と自分の魂を包み込んで生き長らえるぐらいは余裕でする。そして、その読みが当たれば、天元はある種『呪霊』や『神』に近い存在になる筈だ。そうなればもはやあのジジイの為に、毎度星漿体を生贄にする意味もない。そして何より、天元を『調伏』出来る可能性が生まれてくる。日本を覆う天元の結界に干渉するには、天元そのものに干渉するのが一番手っ取り早いんだ。……そして、天元の結界を介して、全非術師に対し直哉くんの様に『縛り』を掛ける。天元に呪力を全て捧げる代わりに、身体を強化する縛りをね」

 

 そう己の目的を語り終えた九十九のバイタルは至って正常。甚爾の卓越した身体能力を以てしても一切の嘘の兆候は見られない。

 

 その自身の感覚の甚爾はひとまず九十九の考えが『マジ』であると判断した。が、そうであったとしても問題が無いわけでは無い。むしろ、大アリだ。

 

「ふーん。まぁ、興味はあんま無えが、アンタなりに考えあっての話ってのはわかった。だがな、10億積まれたところで、日本の呪術界を全部相手取って戦えってのは無茶だろ。天元の妨害なんざした日には、大事だ。俺を無敵のスーパーマンか何かだと思ってんじゃねえだろうな?」

 

 そう、その問題とは、敵があまりに多くあまりに強大になるというその一点。気力も精力も充実している今のコンディションであればタイマンで遅れを取るつもりはない甚爾だが、流石に人類最強の究極奥義『囲んで棒で叩く*1』を繰り出されれば、流石に分が悪い。

 

 だが、そんな甚爾の懸念を、九十九はあっけらかんと否定して見せた。

 

「いや、そこはあのジジイのセンチメンタリズムに付け込めば良い。……星漿体との同化の日取りが近づけば、天元から高専に必ず星漿体の保護と抹消に関わる依頼が出る。そして、その際にはあのジジイは絶対に『星漿体の願いは全て叶えろ』なんて綺麗事をほざくんだ。まるで、人間が家畜に最後の晩餐をやるような、自己満足の贖罪行為としてね。甚爾くんには、そこを突いて欲しい。星漿体自身が同化を拒否するように誘導し、そのまま天元の元から攫ってしまって欲しいんだ。『前回』の儀式可能な満月の際には星漿体の拒否を理由に同化を保留していたからね。前例もあるし、この案は手堅い筈だ」

「さっきから妙に詳しいな……その情報と自信はどっから来てんだよ。高専にスパイでも仕込んでんのか?」

「いいや違う。天元の事は、私には手に取るようにわかるんだ。何せ————」

 

 ————私も、星漿体だからね。

 

 そう告げた九十九のバイタルが、未だ『正常』だったのは言うまでもなく。

 

 そんな彼女からの依頼を、数日検討した後に『受諾』した甚爾は、密かに星漿体確保の算段を付け始めるのであった。

*1
過剰戦力で包囲してとにかく攻撃し続けるの意




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