「領域の コツを教えて 欲しいやて? 難しい事 訊いて来るやん。……そうやなあ、アレは自分の 術式に 己の裡を 込めるもんやし。夏油くん 自分自身の 在り方を 探してみたら ええんちゃうかな。探し方? なんや何でも 訊くやんか。スランプなんか? 仕方ないなあ。……人間は 二回死ぬって 聞いた事 どっかでないか? 流石にあるか。一度目は 普通に死んだ その時で 忘れられたら 二度目やってな。せやからな 他人の中に 仕舞われた 自分について 訊いたらどうや?」
領域に関する相談をした際に、そんな助言を禪院直哉に貰ったのは、7月の館山旅行の夜の事。
その頃、あと一歩のところで完全に領域展開の習得に行き詰まっていた夏油は、恥を忍んで直哉に『コツ』を訊く事にしたのだ。
そして得たのが『他人の中の自分を探せ』という言葉。一見、アドバイスになっていないように見えるその言葉だが、その言葉以外、頼るものが無いのもまた事実。
ここは一度、直哉の言を鵜呑みにし、学友や身の回りの人々に自分について訊いて回ろうと腹を括った夏油は、その日から少しずつ、他者の中の『夏油傑』の収集を開始した。
「傑について? 何だよ急に。……マジの話っぽいな。うーん。まぁ、俺にとっちゃ、親友って呼べんのはお前だけだよ。タメでちょっとでも俺に追い付けそうな奴、俺に並べそうな奴なんて、傑しか居なかった。……今、傑以外誰も聞いてねえよな? 言いふらすなよ? ————ぶっちゃけ、俺にとっちゃ、周りの生きモンはどいつもこいつも『花』みたいに見えるんだ。普通に触れば散ってしまう。気を抜いて迂闊に歩けば踏み潰す。そんな感じのイメージかな。……俺はなんだかんだで人間は好きなんだよな。花って言っても歌姫みたいに突いたら踊り出すダンシングフラワーみたいな奴もいれば、硝子みたいに散るのも構わず寄り添ってくれる奴もいる。でもな、傑。お前のイメージは『桜』みたいなモンだ。寄り添って幹にもたれ掛かっても良い。踏みつけるなんて出来やしない。枝を折ったり幹を傷つけりゃ流石に中身が腐ってウロになるだろうけど、本来『桜』ってのは硬くて強い木だ。俺が生まれて初めて頼れる奴を見つけたのは、お前だったんだよ傑。————直哉? アイツはほらビオランテみたいなモンだから、もたれかかるのはちょっとな……」
「夏油について? どした? 人生相談か何か? ……あー、成る程ね。うーん。まぁ色々あるけど、一言で言えば真面目系クズとか? で、五条は不真面目系クズ。私から見りゃ、お前も五条も歌姫先輩は虐める、先生は煽る、任務の度に何かしらぶっ壊すって感じで結構問題児だよ。……でもまぁ、だからってほら。私たち友達だし。良い奴だとも思ってる。でもさ、夏油は真面目に振る舞おうとしてるんだろうけど、お前、結構高飛車っていうか居丈高だからそこは改めたほうがいいと思うよ〜?」
「先輩についてですか? 良い人ですよ! 強くて真面目だし! でも僕は最近の
「夏油先輩について? ……難しい質問ですね。私は正直に言って、まだ貴方の事をそれ程知っている訳ではありません。同じ釜の飯を食う先輩ではありますが、高々3ヶ月の付き合いですし。……ですが、貴方が良い人であるのはよく分かる。真面目で有ろうとする姿勢には好感が持てます。私は、事実に則し、己を律するようにしようと常々思っていますが、中々そう容易なものではありません。……夏油先輩は、私にとってはその道を行く先達として映っている。最近も、現実を見つめ清濁を併せ呑もうと苦心しておられますし。その背中を追うのは、そうですね。……安心感があります」
「なんやねん 俺にも訊くん? ……そらそうか。そうやなあ、夏油先輩 いう人は ロマンチストや 俺から見たら。世の中に 正しいモノが ある筈と 心底思う ある種のアホや。……この世界、特に呪術の 世界はな カスとクソしか 居てないねんな。そんな中 真面目過ぎるで 夏油君。俺の家 泊まりに来たら 夏油くん 泡でも吹いて 死ぬんとちゃうか? ちゅうてもな 眩しゅう思う 事もある。確かに君の 言うとる通り 呪術師は 人を助ける 仕事やし 正義を抱く べきとも思う。ただそやな 世のドブカスに 毒されて 折れてしもたら 危ういやろな。呪術師に アンタみたいな 良い人が いてはる様に 非術師共に サル以下の ケダモノどもは 本当に ごまんと居るで。気をつけときや」
「どうした傑。……成る程、お前についてか。領域の参考に? そうか……俺はな。正直言って手の掛かるバカだと思っている。問題ばかり起こして、俺がどれだけ始末書を書き、どれだけ頭を下げて回ったことか……。だがな、呪術師に後悔の無い死などなく、この世界は不条理に満ち満ちている。そんな中で、条理を通そうとするお前の姿勢には好感が持てる。ただ、無理はするな。世の中というものは基本的に不条理なんだ。傑、お前はまだ若い。時には俺たち大人を頼ってくれ。俺はお前や五条より弱いかも知れないが、お前達の担任なんだからな」
「スグ!? お父さん! スグから電話! 新聞なんか良いから早く来なさいよ! 私テレビ電話なんてよく分かんないんだから! ……ごめんねえ、騒がしくって。……スグのこと? そりゃあ、私にとっちゃ何時迄も可愛い我が子よ? お腹を痛めて産んだ時にはあんなに小さかったのに、すっかり馬鹿デカくなっちゃってねえ。……でもそうね。私は貴方の育て方を間違えたとは思って居ないけど。スグの性格はちょっと心配かな。スグ、人の悪い所から目を背けて、自分の気持ちを無理やり飲み込むところがあるでしょ? ムカついた時はバシッとやっちゃって良いのよ? もちろん、警察のお世話になったり、世間様に迷惑かけるのはダメだけどね。……ほらお父さん、スグが悩んでんだから何か言ってあげなさいよ!」
「……僕は母さんがベラベラ捲し立てていたから黙っていたんだけれどね? まぁ良い。傑、お前の悩みは聞こえていた。『自分探し』とは学生らしいな。僕も、傑のことは自慢の息子だと思っているよ。……僕には正直に言えば、お前の仕事はよく分かって居ないが……まぁそうだな。同じ社会人として、息子にアドバイスをするならば……ハラスメントは労働基準局、暴力沙汰や事件は警察を呼ぶのが結局一番だ。人間、悪を見れば立ち向かいたくなる正義は持っているモノだし、お前には特に大きなそれがあると僕は思っている。だけどね、正義の振るい方にもコツがあるんだ。餅は餅屋、適材適所に頼るのも、立派な正義の振るい方なんだよ。……まぁこうして電話を掛けてきてくれる様なら、余計な心配だったかな?」
そうして集めてみれば幾つもの夏油傑がそこに居て。
成る程確かに、それは自覚して居なくとも夏油傑そのもので。
他者からのその思いを受け取り、術式に乗せて練り上げ、己の形を削り出してみれば、夏油傑の領域は、不思議な程綺麗に安定を見せた。
それはある種の幼年期の終わり。
夢見がちな少年は、思春期という蛹を経て、地に足をつけ己という在り方を世界に証明する『大人』へと変態し、その翼を大きく広げていく。
領域展開・『
肚の裡を征し、
その領域に付与された術式効果は————。