『それ』ははたして、眠る様に死んでいるのか、死んだ様に眠っているのか。
特級呪物・『呪胎九相図』。
一番:
二番:
三番:
四番:
五番:
六番:
七番:
八番:
九番:
以上9体の呪物からなる呪物群であり、呪物と化して尚も脹相、壊相、血塗は『生きている』という正真正銘の呪いの塊。
『彼等兄弟を破壊しない代わりに、彼等兄弟も周囲に危害を及ぼさない』。そんな縛りを以って明治の世から百余年を呪術高専の忌庫で静かに過ごしていた筈の彼等が、突如として原因不明の活性化を遂げたのは、つい先程。
彼等にかけられた『縛り』に生じた綻びにより、彼等は否応無しに微睡みの中から意識を覚醒させられた。
『壊相! 血塗! 無事か! お兄ちゃんは此処に居るぞ!』
『私は無事ですよ兄さん……しかしあの感覚は一体……?』
『兄者! 2人とも死んじゃったのかと思ったぞ!? ……でもなんでだ?』
そんな思念を送り合うのは、呪胎九相図のうち、明確に『生きている』脹相、壊相、血塗の3体。兄弟の血の繋がりを辿り、どんなに離れていても互いに通じ合うことができる彼等を目覚めさせたのは、強烈な『肉親の死』の感覚。
そしてそれは同時に『彼等兄弟を破壊しない代わりに、彼等兄弟も周囲に危害を及ぼさない』という縛りが破られた事を意味している。
だが————縛りを破った結果発生する『呪い』は、今回は呪胎九相図達の呪いを強める形で発現した。
それは、今回の縛りの破棄が極めて例外的な形で行われたが故の事であり、脹相達もその特性から自然と現状の異常さを察する事となる。
『兄、サン……?』
『膿爛!? 青瘀に噉相も! 散相、骨相、焼相まで!? 生き還ったのか!?』
『……ォ……ャ……』
『そうだ! お兄ちゃんだぞ焼相!』
『これは……嬉しいですが、一体何事なんでしょう。私達は全員健在どころかこうして死んでいた兄弟まで甦った様ですが……』
『兄者達も感じたよな? 誰か2人死んだあの感じ』
『ああ。俺も感じた……強烈な死の感覚と、何かが流れ込んでくる様な……』
そう告げて、自身の記憶を掘り起こそうとした、9人兄弟の長兄である脹相。
彼が、そうして記憶を探ろうとしたその直後。
————突如、呪胎九相図全員の脳裏に溢れ出した、存在しない記憶。
————額に縫い目のある男が、培養液に漬けられた額に縫い目のある女から胎児を取り上げる記憶。
————その胎児が瞬く間に少年へと成長し、何も知らぬまま兵器に仕立て上げられる記憶。
————そして戦いの果てに死に至り、記憶を継承した記憶と、その死を悼もうともしない縫い目の男が笑う記憶。
脳裏に過ぎるその光景に、彼等の心当たりは殆どない。それが、加茂憲倫こと現在はウェッセンと名乗る男が、『ビッツ』に施した記憶継承機構の混線だと知るには、彼等には情報が足りなさすぎる。
だがしかし、確かに判ることが一つ。
ウェッセンと名乗る男と、『ビッツ』の母胎。その額の縫い目だけは、脹相にとって忘れ難い、憎悪と嫌悪の象徴だった。
『加茂憲倫!? そうか、まだ生きていたか加茂憲倫……!』
『加茂憲倫? 兄さんが憎悪している私達の生みの親ですね? 兄さんが憎む相手なら当然私達も憎い。ですが……微睡んでいたとは言え百年以上は経っている気が』
『加茂憲倫も呪物になって受肉したとかじゃねえかな!』
『それだ! 血塗は賢いな!』
『えへへぇ〜! それほどでもあるぜ兄者!』
『あの感覚、加茂憲倫が俺達の兄弟を作って殺したに違いない……! わざと呪術師に殺させた様だが、新しい弟を死地に送り込んだのは奴だ! 許さん!』
『兄サン』
『ん、どうしたんだ膿爛』
『数アワナイ。1人多イ気ガスル。今、兄サン、兄弟何人居ルト感ジテル?』
『死んでしまった2人の弟は感じられないが……ん? 膿爛の言う通りだ。11人感じるぞ! 皆はどうだ?』
『……私も、強く意識してみると11人感じますね。我ら呪胎九相図の面々の感覚が一番強烈で、次いで加茂憲倫が新たに作った弟。それよりはかなり遠い感覚ですが、確かに知らない兄弟が1人多い』
『俺も同じ〜! なんで感覚遠い奴が居るんだ兄者』
『コレは俺の予想だが、死んだ2人の兄弟は、両親が加茂憲倫なんだろう。母胎らしい女にも縫い目があったからな。つまり、俺たちとは親が3分の2*1同じだ。つまり……おそらく片親が加茂憲倫な、可哀想な弟が俺達には別に居る……!』
『……ス……ョゥ』
『そうだ、骨相の言う通りだ! 加茂憲倫の手が届く前に助けてやらないと! 1番の末っ子も気になるが、あの子は加茂憲倫の手中……今のただの呪物な俺達では助け出せん……! クソがァ!!!!』
『加茂憲倫、いずれバチ殺しですね……』
『そうだそうだ! バチ殺そうぜ兄者! ……でもさ? 10人目を助けるのってどうやんの?』
『……そこはコレから考えよう。俺たちにはまだ時間がある。感覚からして、10人目の弟は少し北の方に居る。末っ子の感覚がかなり西だから、まだ俺達の方が加茂憲倫より10人目に近い。この距離の優位を活かして、加茂憲倫より先に弟と接触する……!』
そう宣言する脹相だが、悲しいかな、彼等九相図兄弟は、縛りが破棄された事で周囲に干渉出来る様になったとはいえ、今は高専の忌庫に押し込められているだけの呪物。
自発的に出来ることなど、あまりないのだ。
————だが、確かに出来る事もある。差し当たっては……。
『とにかく10人目と話をしないと始まらない! 全力で念を送るぞ!』
『そうですね。私達と同じ様に会話が出来るなら話が変わる筈です』
『末っ子はどーすんだ兄者』
『あの子はダメだ。悲しいが、加茂憲倫に勘付かれる……クソァ゛ッ゛!!!!』
『ォ……ッ……』
『……そうだな。散相の言う通りだ。落ち着こう。……今は皆で力を合わせて10人目の弟に声を届けよう! 九相図兄弟ファイヤー!』
『『『『『『『『おーッ!』』』』』』』』
* * * * * *
「ん?」
「……どうした悠仁」
「いや、なんか呼ばれた感じ。爺ちゃん呼んだ?」
「呼ぶわけねえだろこの距離で」
「……うーん。なんでだろ。今も呼ばれてる感じがある……」
「オメェ、幼稚園に忘れモンしたんじゃねえだろうな?」
「……してないと思う……うーん」
「あんま気にすんなそんなモン。その内消える」
「……そっか!」
そんな、幼い少年と祖父の会話が、宮城の何処かで行われたその日以降。
『虎杖悠仁』少年は、自分を呼ぶ何者かの気配をその日からずっと感じる事になるのだった。