特級呪『縛』師 禪院直哉くん   作:黒山羊

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第66話

 天元と星漿体の同化儀式が行われる8月9日の満月の夜からほぼ1週間が経過した8月15日、終戦記念日。

 

 呪術高専からの依頼によって禪院家から禪院長寿郎が出向し、急ピッチで校舎の再建——とついでにリフォーム——の工事が行われるその中で、ヘルメットと作業着を装備させられた高専生6人組の内、縛りのせいで工具が持てず足手纏いな直哉と女子である家入硝子を除いた面々は、厳つい顔の『現場監督』の監視の元、瓦礫を積んだ猫車を押していた。

 

「呪力禁止で肉体労働はマジでキツいって夜蛾先生ぇ〜!」

「く、訓練だと……思えば……ッ!」

「灰原、足が震えてますよ……私もですが……」

「いや、そんなにキツいかい……?」

「格闘技と筋トレが趣味の傑と違って繊細なんだよ俺らは……!」

 

 などとブツクサ文句を垂れつつも、真面目に瓦礫の撤去を行う彼らに対し、大きく溜息を吐いた『現場監督』こと夜蛾正道は、絞り出すように声を出す。

 

「お前達が契約の穴を突くような真似をした件について、一切のお咎め無しというのは流石に上層部が認めなくてな……」

「わかってるけどダルいもんはダルい! つーか直哉と硝子は何やってんだよ、俺らこの1週間ずっと瓦礫撤去してるけど、飯の時以外見かけないじゃん。サボり?」

「いや、あの2人は新校舎の外壁塗装をしている。直哉も刷毛は持てたからな」

「うわぁシンナー臭そう。俺こっちで良かったわ」

「ん? シンナー? となると、もしかして硝子……」

「もちろん業務中は火気厳禁なので禁煙だ」

「かわいそ……。今度葉巻でも差し入れてやろっと」

「私も半分出すよ悟」

「お前らな、教師の俺の前で堂々と犯罪行為を示唆するなよ……」

「キューバで直接買えば16歳でもタバコは合法だからヘーキヘーキ」

 

 などと、いつも通りの気安い会話を交わす夜蛾と問題児2人。

 

 そんな彼らに、足早に駆け寄る足音が一つ。

 

「お前達! 昼の支度が出来たのじゃ!」

 

 三角巾を頭に巻いて、エプロン姿でそう告げるのは、『元』星漿体の天内理子。

 

 とうに死んでいる筈の彼女が元気よく生きているという現状こそが、五条達がお仕置きめいた肉体労働を強いられている理由であり、伏黒甚爾がそれとなく誘導した『九十九由基の望んだ未来』の象徴。

 

 

 ————星漿体・天内理子の護衛と抹消。

 

 

 その任務は、他ならぬ天元の『天内理子の願いを全て叶えろ』という口出しにより、達成率50%で失敗と相成ったのであった。

 

 

 * * * * * *

 

 

 時を遡ること、1週間。

 

 黒井達と別れ、理子と薨星宮の本殿へと至った夏油傑は、地の底から聳え立つ御神木を眺めながら、理子と最後の問答を行っていた。

 

「さて、着いたよ理子ちゃん」

「此処が……」

「ああ。天元様のお膝元、国内主要結界の基底。薨星宮本殿だよ。あの階段が見えるかい? あれを降って、その先にある門を潜ったら、あの大樹の根元まで行くんだ。そうすれば後は、同化まで天元様が守ってくれる。さっき高専を囲う結界は破られたけど、あの大樹の根元にある結界はもっと特別な結界でね。招かれたもの以外は決して入れないそうだよ」

「そうか……」

「さて、理子ちゃん。此処から先に進むなら、君だけしか行けない。行くなら気をつけて。それか————引き返して黒井さんと一緒に帰ろう。きっと上では悟と直哉と先生が、敵を倒してくれている」

「————!? ……え?」

 

 思いがけない、夏油の発言。その甘い誘惑に困惑する理子に対し、夏油が向けたのは柔らかな微笑み。

 

「僕達の担任————夜蛾先生って言うんだけど、彼は脳筋の癖に妙に繊細で回りくどいことをする節があってね。あの人は、君の『同化』を『抹消』と言ったんだ。ま、それだけ罪の意識を持てと言うことだったんだろう。僕達の500年の安寧と引き換えに、君は弱冠14歳にして死んでしまうんだから。でもね————私達は最強なんだ、理子ちゃん」

「最強……?」

「そうだ。悟と私、それから直哉。硝子に七海と灰原だって立派な術師だ。だから……君や黒井さんは疲れて寝静まっていたけれど、沖縄で泊まったあの夜に、あの場にいたメンバーで話し合いは済んでるんだよ。————君がどんな道を選んで、何を願ったとしても。その選択の末に、例えば天元様と戦う事になったとしても。理子ちゃんがどんな選択をしようと、君の未来は私達が保障するってね」

 

 そう告げてニカっと笑うその表情は、彼の親友のそれによく似た『悪ガキ』の笑みで。

 

 自分勝手な癖に人を安心させるその表情を前に、理子は振り絞るような声で、己が想いを口にした。

 

「私はッ……生まれた時から星漿体で、みんなとは違う特別なんだって言われて……私にとっては特別な星漿体であることが普通のことで……だから今日この日まで、危ないことは何もかも、なるべく避けて、この日のために生きてきた……旅行もしなかった。1人で何処かに遊びに行ったり、電車に乗ったりもしなかった。だって私はッ、星漿体(とくべつ)だから! お父さんとお母さんが車の事故で死んじゃったあの時も……私は家にいたから、無事だった。今じゃ、2人のことも覚えてないの。悲しくも寂しくも無くなっちゃった。……だから、同化で皆と離れ離れになっても大丈夫って、思ってた。どんなに辛くて胸が張り裂けそうでも、いつか辛くも寂しくも無くなるって。でも————」

 

 溢れ出す涙。歪む表情。

 

 それを見つめる夏油の(まなじり)にも少し濡れたものが煌めいていたのは、使命を抱え込み、苦しみを呑み下していたつい先日の自分を重ねてのものだろうか。

 

 生意気なところは五条に。真面目なところは夏油に。最強の2人のそれぞれが共感し、同情した小さな少女。

 

 そんな彼女は今、大粒の涙と共に、自分自身のささやかな願いを口にする。

 

「やっぱり————やっぱり皆と一緒に居たいッ! もっと皆と色んな所に行って、もっと色んなものを見たい————!」

 

 そんな魂の叫びに対し、夏油の答えは、当然のように決まり切っていた。

 

「そうか。……帰ろう。理子ちゃん」

「うん!」

 

 

 * * * * * *

 

 

「で、今此処ってわけね。天内からこの話聞くの十回目ぐらいだけど、他にネタないの? ……つーか、天内、このおにぎり流石にデカくね?」

「具沢山にしたらデカくなったんじゃ! 文句を言わずに食え!」

「良いじゃないですか五条先輩! 肉体労働の後のご飯って最高ですよ!」

「後ならそうでしょうが、今は昼食。午後もあるので大食いは私も遠慮したいですよ灰原……」

「まぁ、あんな事言いつつ、黒井さんが握った方じゃなくて理子ちゃんが握った方ばっか食ってるんだし五条なりの照れ隠しでしょ」

「悟は素直じゃないからね」

「お前は逆に素直すぎだろ夏油。黒井の握った飯ばっか食ってねえかお前」

「流石やね 三十路前髪 傑くん」

「直哉いや拝乳ガンダム、外で話そうか?」

 

 などと、ワチャワチャと談笑するお咎め一行は、その後任務なども交えつつ校舎の復旧作業に1ヶ月ほど従事する事になるのだが、それもまた、彼らの青春の1ページと言えるだろう。

 

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