第67話
八月の終わりが見えてきた、蝉の鳴く頃。
祖父と暮らす幼い虎杖悠仁少年が、『ソレ』と出会ったのは、夕暮れ時の庭先だった。
『悠仁、悠仁、聞こえるか? お兄ちゃんだ』
そんな声が突如脳裏に響くと共に、庭先に現れたのは、全裸の少年。
幼稚園は休み、祖父はパチンコに出かけて不在という中で、テレビを見て暇を潰していた悠仁にとって、その存在は面白すぎる非日常。
何より悠仁はまだ3歳。面白い物に反応するなという方が、ちょっと無理があるお年頃だ。
「うわぁフルチンだぁ!?」
『すまない悠仁、せっかく会えたのにこんな格好で。急いでいたんだ』
「急いでて裸……? 兄ちゃん風呂でも入ってたのか?」
『兄ちゃん————! そうだ、お兄ちゃんだぞ悠仁! ……あ、俺は別に風呂に入っていた訳じゃないぞ』
「そうなのか……で、俺になんか用事なのか?」
『ああ。用事があるんだ悠仁。ちょっと、この窓を開けてくれないか?』
そう告げる『おもしれーフルチンの兄ちゃん』に対し、素直に窓を開けた悠仁少年。
そんな彼の目の前で、突如眼前の『少年』はその形を『小さな胎児のような異形』へと変形させると、驚愕の叫びを上げて目と口を大きく見開く悠仁の口内へと、飛びこんだったのだった。
* * * * * *
そんな、夏の怪奇スペシャル的な事態から、数時間後。
「おい! おいコラ悠仁! 窓開けて昼寝してんじゃねえ! 蚊だらけじゃねえかオメェ!」
「んぁ!? ご、ごめん爺ちゃん! おかえり!」
「……おう、ただいま。何かあったのか?」
「……なんか変な兄ちゃんがいたんだ。フルチンで」
「……露出狂か? それか何か変な夢でも見たんじゃねえのか?」
「うーん、夢かなぁ?」
などと首を傾げる悠仁くん3歳。だが、そんな彼の脳裏に突如響くのは、明らかに自分ではない『何か』の声。
『夢じゃないぜ!』
「ッ!? 何!? 誰だ!?」
「オイどうした? 寝惚けてんのか?」
『悠仁、お兄ちゃん達の声はお前にしか聞こえない。お爺ちゃんには秘密にしておくんだ』
「え、うーん、そうなのか……?」
「そうなのか、ってオメエ、大丈夫かよ」
『頭の中で考えればお兄ちゃん達には分かります。口に出さなくて良いんですよ悠仁』
「だ、大丈夫。爺ちゃんのいう通り寝ぼけてた俺! もうちょっと寝てくる!」
「そうか? 晩飯までには起きろよ」
などと、目を白黒させながら祖父に答えた悠仁は、祖父と共用している寝室へと駆け込むと布団を敷いて潜り込む。
————俺、頭の病気かも!?
なんて、3歳児なりにパニクった彼は『もう一度寝直せばどうにかなる筈だ』と必死になって目を瞑り、頭まで布団を被って眠りの世界へと逃げ込もうとする。
だが————。
悲しいかな、夢の存在では決してない特級呪物達を前に、睡眠を選んだのはある意味最適解で、そして同時に最悪手なのだった。
* * * * * *
眠りとは生き物にとって生と死の狭間。
そして、死に近いその場所で微睡む悠仁を『生得領域』へと招くこと程度は、特級呪物たる『呪胎九相図』の兄弟達には実に容易い行為である。
「悠仁、悠仁」
「うーん、爺ちゃん?」
「いや、お兄ちゃんだ」
「兄ちゃん……? ってウワァ!? 何処だ此処!? ……お花畑?」
などと、困惑と共に生得領域の中で意識を覚醒させた虎杖悠仁少年が、次第に落ち着くにつれて気づいたのは、自分を取り囲む9体の『怪人』の存在。
今し方、悠仁を起こした短い黒髪を二つ括りにした青年はどう見ても人間。
だがその背後で此方を伺うホットリミットの人*1みたいなモヒカンは目が黒くて若干怪しいし、どう考えても暗黒パックマンみたいな青緑の奴はデジモン系のモンスターにしか見えない。
そしてその後ろに控える連中はと言えば、内部に髑髏が浮かんだスライムみたいな身体の怪人*2、遊戯王のシャドウ・グールみたいな緑色の多眼ゾンビ怪人*3、ウジの山が人型になったような怪人*4、絶えず崩れ続ける巨大な腐肉の群れで出来た怪人*5、無数の骨が組み合わさってギチギチと蠢いている怪人*6、肉の焼けた臭いと黒煙を発しながら渦巻く人型の灰燼*7という錚々たる怪人の群れ。
現在絶賛放送中の仮面ライダーカブトの『ワーム』もビックリな怪人軍団に対し、幼い悠仁少年はビビリにビビり、泣き叫ぶ。
だが、そうして泣き喚く悠仁は、泣いて泣いて泣き疲れたはてに、自分を取り巻く怪人達が、オロオロとしながら全力で自分をあやそうとしている事に気がついた。
『おお、悠仁が泣き止んだぞ!』
『兄さん、声が大きいですよ。また泣いてしまうかもしれません』
『俺の腹踊りがウケたのか!?』
『余計泣イテタヨ』
『ケチズ、アニキ、アホ』
『えぇ〜!? そうかぁ!?』
『ォォ……』
『ァ……ォ……』
『カタカタカタカタ』
『……』
『みんなしてアホって言うなよ〜!』
『そうですよ皆。血塗は天才肌なだけです』
『だよなぁ壊相兄者!』
『俺の弟は皆天才だ!』
『兄さん、話が拗れますよ? ……それより悠仁はどうやら本当に落ち着いたようですね』
などと自分を囲んでワイワイと騒ぐ怪人達に対し、すっかり恐怖感が薄れてしまった悠仁は、先ほどまで泣いていた事も忘れて、生来の根明思考で怪人達に話しかけてみる。
「さっきから、ずっと言ってるけど……お前ら俺の兄ちゃんなのか?」
『ああ! 俺達はお兄ちゃんだ! 俺は脹相、こっちが壊相で、血塗、膿爛、青瘀、噉相、散相、骨相、焼相。皆、悠仁のお兄ちゃんだぞ!』
『まぁまぁ、兄さん。いきなり9人も兄弟が増えては中々受け入れられないでしょうし、そう急かなくとも……それに。そろそろ、お爺さんが呼んでいますから悠仁は起きないと。……悠仁、私たちが兄弟である証拠を教えますね』
「証拠?」
『私達の親……悠仁の母親には、額、いえ『おでこ』に縫い目があった筈です。お爺さんに訊いてみて下さい。では悠仁、夕ご飯を食べて、夜になったらまた会いましょう。その時は改めて自己紹介を。……兄さんはそれまでに少し落ち着いておきましょうね。悠仁と合流できたのは素直に嬉しいですが』
『壊相兄者の言う通りだぜ! 脹相兄者、さっきからなんか鼻息荒いもんなぁ!』
『脹相兄サン、俺達好キ過ギダカラネ』
『シカタナイ。ユージ、マタナ』
などとワイワイ騒ぐ怪人達に見送られ、悠仁の意識は遠のいて、花畑から布団の上へと、彼の意識は舞い戻る。
そしてその夜。
夕食の席で祖父に「俺のかーちゃんっておでこに縫い目があったの?」と聞いた悠仁は、血相を変えた祖父に「お前それ、誰から訊いた!?」と問い詰められ、しどろもどろに「兄ちゃんから……?」と要領を得ない回答を返す事になるのだが、他ならぬその祖父の態度によって『あ、本当なのか』と奇妙な納得を胸に抱く事となるのだった。