交流戦から、おおよそ1年が経過した2007年8月。
その夏は、ウジのように呪霊が湧いた。昨年九州を襲った豪雨や激甚災害に認定された台風13号、東北を襲った記録的な豪雪などの影響で鬱積した人々の負の感情が、一気に呪霊となって噴き出したのだ。
だが、この呪霊の活性化を踏まえて尚、2007年の呪術界は比較的平穏だったと言えるだろう。
無下限の応用によるワープを完全にモノにした五条悟と、シンプルに超スピードで移動可能な直哉という2人の特級が全国を網羅して一級〜特級の案件に対応し、取り巻きが多い案件は夏油傑が召集されて領域展開による面制圧で一切合切の呪霊を取り込む。
特級術師3名が過労気味な事を除けば隙がないこの布陣により、並の術師達の負担は例年通りか下手をすればそれ以下に抑え込まれたのである。
で、そんな功労者な特級達は、次期学長として学長の業務を一部引き継ぎ始めた夜蛾を強請って拡充したカフェテリア*1で一時の休憩を楽しんでいた。
「いやはや、去年の暮れの時点で予想はしてたけど多いね……今や二級以下は問答無用で取り込めるとはいえ、単純に数が多いと呑むのも大変だし。オブラートがなきゃ今頃私、鬱待ったなしだっただろうね」
「傑は術式的にその辺の手間がダルいよな。……俺はワープしてブッパしてるだけで気楽だけどさ。まぁ、ブッパって言っても
「悟の場合は、常に反転で脳を修復し続けるとかいう意味不明な高等技術が前提なんだし、面倒臭さは似たようなモノじゃないか? ……まぁ、私達より一番キツそうなのは直哉だけど」
コーヒー片手にそう言う夏油の視線の先には、マッサージチェアでゴウンゴウンと全身を揉まれてぐったりとしている直哉の姿。
その傍のテーブルにはクソ苦い事で有名なセンブリ茶が半分ほど飲んだ状態で置かれており、彼の疲労困憊の原因が『胃腸系のトラブル』なのだという事を示唆している。
「……なぁ傑、呪霊の残穢の食い過ぎにセンブリ茶って効くのか?」
「……呪霊玉の後味対策に一回試したけど、まぁ効果はあった気がしないでもないね。単に苦過ぎて不味さが吹っ飛んだだけかもしれないけれど」
と2人が哀れみの視線を向けている通り、直哉を苛んでいるのは呪霊の残穢の消化不良。殺した呪霊を食えば食うほどに呪力を増すという一見すればかなり有用そうな彼の『呪縛』は、残穢の捕食が『強制事項』であるというその一点で、メリットを打ち消して余りあるデメリットを直哉にもたらしているのである。
「死にそうや マジ死にそうや 死にそうや……」
「松島のやつじゃん」
「少なくとも語彙は死んでるね」
などと言いながら、南無南無と手を合わせる夏油と五条。そんな中、カフェテリアにゾロゾロとやってきたのは、あちこちがほつれた制服を身に纏った灰原と七海、そして新入生の
「ただいま戻りましたー! ってうわぁ!? 直哉が死んでる!」
「一体何が……ああ、呪霊の消化不良ですか。大変ですね直哉も」
「と、特級の禪院さんがそこまで衰弱する呪霊が出たんですか……!?」
「お、伊地知。直哉は一級を4匹ぐらい一気に喰ってグロッキーなんだってさ。つーか、お前の方こそ何でそんなボロボロなの? ……って、ああそっか七海と灰原にくっついて任務行ったんだっけ? でもアレ、二級案件に一級の七海と二級の灰原を当てて、四級の伊地知が足引っ張っても大丈夫なようにした奴だったよな? 余裕だったんじゃねえの?」
「いや〜、五条さん*2の言う通り、僕たちもそう思ってたんですけど、結果的にはそうでもなかったんですよね。ね、七海!」
「何故そんなにハイテンションで居られるんですかね灰原は。君さっきまで両脚にヒビが入ってたでしょうに。補助監督の熊谷さんが機転を利かせて京都校に救援を求めてくれたから良かったものの、最悪全員死んでましたよ?」
「足はもう家入さんに治して貰ったし大丈夫だし、せっかく助かったんだから喜ばないとね!」
「相変わらず前向きだね灰原は。……でも文字通り骨折り仕事だったって訳か。何があったんだい?」
「それがですね————」
溜め息と共にそう切り出した七海が話し始めるのは、彼らが訪れた、近畿地方のとある山中での出来事だった。
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