「久しぶり 元気そうやな
「ん!? おお!? 帰って来たのか直哉。相変わらず任務はキツいがどうにかアイツら共々やってるぜ。しかし随分急な帰省だな? びっくらポンだぜ」
「オトンがな 急に呼ぶくせ 理由をな 教えへんねん 何か知らんか? ああそうや これお土産や イガグリに。それとこっちが 信朗の分」
「おお、悪いな! ……俺が魔王*2貰えんのは隊長の役得として、アイツらに大量のヨックモックは贅沢なんじゃねえの?」
「男はな 餌付けすんのが 一番や。メシの恩義は アホでも分かる」
「いや、お前にはそれ以上に命の恩義がある奴が腐るほどいるだろ*3……で、当主の案件だったか? 俺達は何も聞かされてないな」
などと、禪院家の玄関先で偶々出会った躯倶留隊隊長・禪院信朗と気安く言葉を交わすのは、禪院家次期当主にして特級術師、禪院直哉。
そんな直哉とは彼が幼少期から割と躯倶留隊に混じって出稽古をしていた関係もあり、年齢差こそあれど*4呼び捨てで呼び合う仲の信朗は事実上の警備隊長を務めている事もあって、家中の事情にはそこそこ明るい。そんな彼が知らぬとなると、コレは禪院直毘人の個人的なサプライズ案件に違いない。
————うわぁめんどくさ……。
という内心が露骨に顔に出た直哉に対し、改めて土産の礼を言いつつ「お前も大変だな」と労う信朗の態度には、先に言った命の恩を信朗自身も受けている——隊員時代に呪霊の術式から庇われたり、『ええモンを 教えたるから 頑張れや』と術式反転による黒閃体験をさせられたり——事もあり禪院家にありがちな陰険さは毛ほどもない。
腐ったミカンが化けて出た様な魑魅魍魎が渦巻く禪院家に、絶対強者として禪院直哉が君臨し始めてから早10年近く。ある程度の年齢より下の者は明確に風通しが良くなって来ている辺り、直哉の縛りに『善行』を組み込んだ直毘人は慧眼だったのやもしれない。
が、そんなヒラメキおじさんである直毘人が何か秘密でコソコソしているということ自体が、直哉に面倒くさいと直感させるには十分な訳で。
面倒臭いオヤジの相手は後回しにしたいなぁ、とも思いつつ、呼ばれている以上は行くしかない直哉は今から大変憂鬱なのだった。
* * * * * *
で、そんな訳で直毘人の居室を訪れた直哉が、「よく来たな! では行くぞ!」と何も説明がされぬまま、着流しの上に紋付の羽織を被せられ、あれよと言うまに車に乗せられてやって来たのは禪院の息が掛かった馴染みの料亭。創業ウン百年という『ちょっと古め』*5な落ち着きのある店であり、直哉の菜食にも対応してくれることから直哉にとっても知らない店では決して無い。
が、この料亭、結構良いお値段がするわけで。紋付の羽織を着せられてこんな所に連れて来られた直哉の警戒心は、完全に上限を振り切れていた。
「なんやねん。
「そういうわけにも行くまい。お前が散々
「強請るって 俺がオトンに? なんやっけ 心当たりが 無いんやけどな……いやアレか?
「お前の察した通り、コレは縁談だ。お前の出した条件を満たす相手を探すのには苦労したぞ? まず歳の頃は18、今年で19だそうだ。お前の希望通りの『お姉さん』だぞ」
「とりあえず 枯れ木みたいな ババアでは 無いことだけは ええ話やね。でも他に、なんか訳アリ なんちゃうの」
「お前が気にしていた乳の大きさだが、なんでもJカップだそうだぞ? 文句無かろう」
「ホンマかい……どうせ肥えとる 子とちゃうの?」
「スリーサイズは上から108、65、96、身長168、体重は70kgだが、まぁ呪術師は身体が資本だ、こんなモンだろう? のう?」
「聞く限り あまりに俺に 都合良い 情報だけで 逆に怖いな……あとはもう、エグいブスとか ちゃうやろな?」
「逆に聞くが、お前にブスを推挙して相手方の家に得があるか? さる呪術師一族が、選りすぐりの美姫をお前の為にと用意してこの場があるのだ。流石にその勘繰りは穿ち過ぎとるな」
「どうしても オトンのツラが ニヤけてて 怪し過ぎるわ 何かあるやろ……でもアカン 思いつかんな 何がある……? 何か見落とし あったやろうか……」
などと、『懲悪』センサーで今までの直毘人の発言に一切の嘘がない事を察知しているが故に首を捻り、そして同時に懲悪センサーが『死ぬ程しょうもない悪戯の気配』を直毘人から感じているからこそ、直哉は
そんな直哉を直毘人がヒゲをひくつかせながらニヤニヤと眺める中で、いよいよ座敷と廊下を隔てる障子の前まで来てしまった直哉は、意を決してその障子を開け放ち、
なるほど確かに、そこに居たのは直哉より少し歳上と思しき、うら若き乙女であり、その目鼻立ちは確かに面食いの直哉からしても『美人さん』判定をバッチリ受けることが可能なもの。
呪術一族の姫君というのもその身に帯びる呪力から間違いなく真実であろうし、何よりスリーサイズの公称にも偽り無し。しっかり直哉好みの爆乳をどたぷんとぶら下げたその身体は、術師という事もあってしっかり鍛えられており、プロポーションもバッチリである。
だが、だがしかし。
それら全ての情報より何より、第一に言わねばならぬ『ドデカい』特徴が、彼女には存在していた。
「クソオヤジ! 何より先に 言うことが あるんとちゃうか! この子について!」
「イタタタ……そう怒るでない直哉。
「今俺が 誰より俺が 驚いて こうなっとるん わかるやろうが……!」
そう、今回の直哉の縁談相手の名は、ガブリエラ。
純粋100%無添加ケニア人の、世にも珍しい海外呪術師なのであった。
* * * * * *
「成程! サプライズだったんデスね〜*6」
「そうなんや ホンマ酷いわ このオヤジ。ガビ*7さんも 可哀想にな こんなとこ 呼ばれて急に 見合い言われて」
「大丈夫デス! 私、結婚するツモリで来てマスから!」
「そうなんか……それでええんか……ホンマかい……?」
などと話し合うのは所謂ところの若い2人。そして、そんな彼らの隣に控えるのは、報復の為に直哉に髭を半分毟られてちょっとダサくなった禪院直毘人と、ガビの同伴者にしてガビの異母兄*8かつ、ケニア最強の呪術師であるミゲル青年だ。
カタコトながらミゲル氏もガビ嬢も日本語を話せる辺り、地頭の良さはある種保証済み。加えて、蓋を開ければ彼らの出身部族は直哉も決して知らない部族では無かった訳で。
「政治的 婚姻ならな 尚の事 話通せや おかしいやろが」
「マァマァ。直哉サン、私は気にしてませんカラ」
と、直哉が語る通り、今回の婚姻話は極めて政治的側面が強いもの。甚爾も愛用している『黒縄』の製造技術を持つ彼らの部族と禪院家の繋がりを強めるべく、次期当主禪院直哉の第三夫人として部族の中でも飛び切りの美女を嫁がせるという、完全に直哉の意思とか関係がない案件であった。血縁による同盟、血の縛り。そういったものは呪術界では未だ重要視されており、今回の件もモロにその一環である。
「甚爾ガ黒縄ノ買イ付ケデ来タ時、『ガビ』ヲ日本ヘ嫁ガセル気ガ有ルカッテ言ッテナ。直哉ノ好ミヲ甚爾カラ聞イタ時、部族ノ皆『ガビ』ナラ大丈夫ッテ納得シタンダゼ。アノ時ハ世間話ダッタンダケドナ」
「成程な そういう訳か 発端は。それにオトンが 乗っかったんか……しかしまぁ、第三夫人 言うてもな。第一第二 おらんのやけど」
「何を抜かしておるか直哉。真希と真依が居るだろうが」
「ふざけんな まだ小1の ガキやんけ」
「聞いてマス! 今六つの双子デスね! 大丈夫デス! ケニアの田舎では割と有りマス! 私の部族デモ!」
「いやそこで ガビさん敵に 回るんか……」
「アレらも直哉を好いておる様だし、そこまでこだわる必要も無かろう。何故そこまで気にする?」
「いやそらな……第三夫人 いう事は 結婚するん 3番目やろ?」
「そうデスね! 今回は婚約しに来マシタ!」
「直哉ガ前向キデ安心シタゼ。良カッタナ! ガビ!」
「つまりはな 結局俺は 三十路まで 結婚出来ん いうことやんけ……! しかもこれ 生殺しやろ この仕打ち……今だけは ホンマ恨むわ 甚爾くん 女衒のセンス あり過ぎやねん。ありがたい 嬉しいけども 状況が 地獄過ぎるわ お預けやんけ……!」
「? 何を言っとるか直哉。真希と真依との祝言は彼奴らが16になると同時*9に執り行う算段だぞ。お前はギリギリ29歳と半年だぞ!」
「誤差やんけ! 煽っとるやろ このオヤジ! もう片方の 髭も毟ろか!?」
「アハハ、仲良しデスね。……マァ、結婚が10年後なのは、私にも理由がありマスから。お義父サンを許してアゲてね、直哉サン」
「そうなんか? 理由てなんや ガビさんの」
「黒縄は部族の処女の女呪術師が陰毛を一本ずつ抜いて編んで作りマスから、仕送りする為にまだちょっと編みたいデス! 甚爾サンも『いちいちケニアまで行くのは面倒臭いしな。日本で手に入るならそれなりに値段弾んでも良いぞ』って言ってマシタ!」
「成程な そういう訳か 成程な……寝取られやんけ! 寝れてへんけど! 」
「ブゥワハハハハ!」
「クソオヤジ お前もチン毛 抜いたろか……!」
などと、恨み骨髄に徹しそうな直哉の怒りの童貞怨念により、直哉の呪力総力がちょっぴり上昇したり、ガビ嬢が今日から早速禪院家に来る事になったり、どう考えても相当な実力者であるミゲル氏がガビ嬢の護衛も兼ねて禪院家に逗留することとなったりと賑やかかつイベント盛りだくさんな婚約は、直哉の心と直毘人の両髭を犠牲にしつつ、どうにかこうにか無事に締結され、禪院家はケニア呪術界への影響力を、一層強化したのであった。
なお後日、鏡を見た直哉がこめかみに十円ハゲを見つけ、本気で落ち込みながら恒常的に回している全身回復反転術式の強度を引き上げた*10のはまた別の話。