直哉に許嫁が増えた、という一報で案の定真依がブチ切れ、直哉が己をホーミングする真依ちゃんピルムに追い回される光景が数日繰り返された後、甚爾の『第三夫人っつー話じゃなかったかソレ』という一言で逆に真依の機嫌が回復する*1という、直哉にとってあまりに不条理*2な一幕からしばらく。
直哉が高専に入学して以来3度目となる呪霊の季節を迎えた高専生達は、今日も今日とて猛暑の中呪いを祓い続けていた。
「暑いですね、しかし」
「夏だからね! でもまあ確かに毎年暑くなってるかも」
「このペースだと10年後には気温が40℃ぐらいになっているのでは? *3」
「なるかもな やめて欲しいわ 温暖化。呪霊の数も 増えてまうしな」
「熱中症の呪霊とかそのうち出そうですね」
「出るやろな。このまま行くと 常人は 夏が来るたび かなり死ぬやろ」
などと会話を交わしつつ歩く高専3年トリオこと直哉、七海、灰原。順に特級、一級、一級*4という粒揃いな彼らは、『最強の世代』と名高い一つ上のさしすトリオと比較して、最近では『最優の世代*5』などと呼ばれる事も増えている。
それと引き換えに、最近では任務を共にこなす事も少なくなってきた彼らだが、今回は珍しく彼ら3名を投入しての案件と相成っている。
「しかし、『平和過ぎる』ことが原因で調査とは、良いのやら悪いのやら」
「平和なのは良いけどね! でも、去年からずっと呪霊被害ゼロなんだっけ、仙台」
「みたいやね。残穢はあれど 姿無し。窓とかが 見つける前に 狩られとる」
「先月、伊地知君が資料整理をしていた際*6に事態が発覚。仙台市に補助監督を複数派遣したところ、呪霊が狩られたと思しき場所にはごく微量ながら共通する残穢が検出されており、上層部はこの一件を特級相当の呪詛師ないし未発見の呪術師による活動と推定。前者であれば抹殺、後者であれば高専に保護するべく、今回我々を派遣した————というわけですね。どう探せと?」
「そこはまぁ、足で稼いで 探すしか 無いんとちゃうか 面倒やけど」
「一応、掻き集めた残穢で追跡用の式神は一体作れたけど、まずは新たな残穢が無いと追いかけようが無いもんね! 頑張れポチ! *7」
などと話し合う通り、今回の案件は『推定特級の謎の術師を抹殺ないし捕獲する』というヤバ目なもの。直哉に加えて一級2人を派遣するのも納得の危険度ではある。
が、ぶっちゃけるとこの任務、緊急性はそこまでない。
「いやしかし マジでおらんな 呪霊ども。蝿頭ですら 見かけへんやん」
「あのレベルは自然発生し過ぎていて大抵どこにでも居ますからね。……コレが非術師の方が見ている世界だと言えばそれまでなのですが、少々違和感はあります」
「僕らは生まれつき見えるもんね、呪い。確かに普通の人ってこんな感じなのかな? 何というか……平和だなあ」
そう。何しろこの一件、『平和過ぎて発覚』する程度には、『何も起こっていない』のだ。
だがそれは、今回の標的が極めて高い潜伏能力と、今もなお仙台市という広範囲にわたって呪霊を殲滅し続けている証左に他ならないわけで。
暖簾に腕押し糠に釘、とでも表現する他ない『手応えゼロ』のミッションに、最優トリオは頭を悩ませる事になるのだった。
* * * * * *
一方その頃。
追われる身である特級相当の術師こと、杉沢幼稚園年長組の虎杖悠仁くん5歳は、仙台市にやってきた3名の術師をしっかりと捕捉していた。
「なんかすげえな、あの人たち。特に和服っぽい制服の人*8」
『制服姿のおおよそ血縁になさそうな3人組が集まっているとなると、おそらくは呪術高専の呪術師だな。悠仁の言う通り、明らかにズバ抜けているのはあの和服男だが……奴は間違い無く特級、他の2人もおそらくは一級相当だ』
「見つかったらやっぱマズイかな?」
『私達は呪霊を祓っていただけですから、咎められる事はないかと。むしろコレは望んだ事態ではあります。高専は加茂憲倫の率いる組織と2年前、かなり大規模に争っていましたから。敵の敵は味方になり得るでしょう』
『どう見ても加茂じゃねえもんなアイツら! 縫い目ねえし!』
『ソモソモ高専ト有利ナ形デノ接触ヲ図ル為、仙台全域ノ呪霊ヲ始末シ続ケタ訳ダシナ』
「そっか。声掛ける?」
『いや、それは良くない。悠仁はまだ子供だ。逆に怪しまれるだけだ。だからこそ、あの高専の連中には『自力で』俺達まで辿り着いてもらう必要がある』
『人間は————いえ、呪霊も含めた大概の知的生物は、自ら勝ち取ったモノに固執しますから。彼らが苦労して悠仁を見つければ、こちらを丁重に扱うでしょう。私たちは引き続き、呪霊を祓っておきましょう』
「そっか。まぁ兄ちゃん達がそう言うなら、俺はいつも通りヒーロー頑張るよ!」
『ああ。頑張れ悠仁。お兄ちゃん達がついてるぞ!』
などと心の中で会話する悠仁達10兄弟。そんな彼らが呪霊を駆逐しているそのタネは、悠仁が扱う複数の術式を組み合わせた合わせ技だ。
まず核となるのは、噉相の『
が、それだけでは普通なら低級呪霊の討伐が関の山。本来蠱螫飼で生み出された蝿に仙台市全域のあらゆる呪霊*9を殲滅する強靭な殺傷能力は付与されていないのだ。
しかしだが。九相図9体を取り込んだ事で『術式の掛け合わせ』を可能とした悠仁が生み出す肉蝿は、悠仁の血肉を喰らって成長する過程で複数の術式が組み込まれている。
具体的には、蝕爛腐術と白血貪術、そして赤血操術。ハエの体液にそれらの効果が付与されている関係で、悠仁の肉蝿を『取り込んでしまった』呪霊は、内側から赤血操術の対呪霊毒、蝕爛腐術の腐敗作用、白血貪術の膿による激しい呪力消耗を引き起こし、衰弱。そこをハエの物量で押し切られ、哀れなウジの山に変わるのだ。
もちろん何もかもが都合よくはなく、悠仁の血肉を与えて生み出す必要がある関係でこの『お手製』の蝿が持つ特徴は呪霊を喰った『子蝿』には引き継がれない。
だが、それでも毎日コツコツ修行も兼ねて生み出している蝿の数はかなりの物。今の所仙台市内程度であれば、雑魚は通常の子蝿、強力な呪霊には自家製の強化蝿を用いる事で、効率的な呪霊殲滅が可能になっているのである。
では、その蝿が直哉達に見つかるのでは、という話なのだが……『蠱螫飼』の蝿は外観上は完全にニクバエ系の蝿であり、大きさは僅か1センチ。1匹1匹が帯びている呪力もごく少ない為、パッと見てそれが術式の産物であると気づくのは、五条の持つ六眼でも無い限り難しい。
故に、見つかるとすれば蝿ではなく悠仁自身。市内を虱潰しに探してまわれば、いずれは異常な呪力を持つ悠仁に行き着くのは自然な流れだ。
『今はただ、その時に備えておくだけにしよう。悠仁は普段通りに過ごして居ればいい』
「うん、わかった」
かくして、呪霊の居ない仙台の街の中で、悠仁はただ静かに、高専側からの接触を待つ事になるのだった。