フルダイブ修羅 ~リアルで殺人拳をマスターした僕がフルダイブMMOで無双したら続々修羅が集まって来た件~ 作:ジャントゥ
炎の町を大きな影がひと際大きな人影が疾走する。
琴を抱えたコウガである。
コウガの速度は異常だった。
街中が燃えているとはいえ、視認性の悪い夜の道、それも戦闘の余波でそこら中穴ぼこだらけの初めて走る街の路地を、まるで毎朝走りこんだランニングコースのように迷いなく走る。人一人という荷物を抱え込んだままにである。
道が分かるわけではない、単純に走りながら瞬間的に最適なコース取りをしているだけである。尋常な判断速度、精度ではないが、打ち出された弾丸のライフリングの溝の数を数えられるような動体視力を持つコウガにとっては造作もない。
時折他のプレイヤーとすれ違うが、相手が夜闇から飛び出す仮面の巨漢に驚いている間にコウガの蹴りが一瞬で相手の首を刈り取るため、戦いにもならない。
コウガは今まさに、血風の如くと言ったところか。
「う、ん、はあっ……」
「あと少しですからね琴さん、頑張ってください」
「う、うん、私は大丈夫だから……。んん、いい匂い、顔近い、スゴぉ……」
腕の中で熱い吐息で何やら言葉を零し悶える琴をコウガは励ます。
抱き上げてから琴の体温はどんどん上がっているし、熱っぽい吐息は激しくなるばかり。
正常な状態でないのは誰が見ても明らかだ。
本当に酷い体調不良ならフルダイブギアが強制停止するというが、機械のやることだ、安心は出来ない。
本来なら戦闘状態でもログアウトしたいところだが、琴が大丈夫と頑なに譲らないので、とにかく比較的安全そうな丘の上を、人目を避けて目指していた。
ほどなくして、コウガたちは独特の雰囲気のエリアへと入った。
両脇を安っぽい背の高い飾り気のない金属の箱を2段、3段と重ねたような趣で、事実ここはゲームを始めたばかりの初心が借りる事を想定した、アイテムを飾ったり整理するためのトランクルームの集まりであった。
ここは何故か街の戦火から逃れているようで、喧噪も遠い。
「ここを抜ければあと少し――、張られてるな」
「えっ……なにこれ、糸?」
まっすぐ駆け抜けようとしていたコウガがピタリと止まった。
琴が闇に目を凝らすと、そうしてやっと見えるような細い糸がコウガの胸の高さにあり、他にも道のいたるところに張り巡らされていた。
「鋼糸の一種――少し厄介だな」
通常であればともかく、今は琴の身体が優先だ。
コウガは忌々し気に胸の高さの糸を蹴り上げた。
強度を確かめ、それが明らかに凶器であることを確かめる。
切れる、が、気が付かなければ咄嗟に足や手を取られる可能性は多分にある強度の糸だ。
糸の高さから言ってコウガ個人を知って狙った罠ではないだろう。だが、これを仕掛けた人物は間違いなく今様子を見ているとコウガは判断しーー突如コンテナの上から飛来した複数の飛来物を蹴りで迎撃した。
「チッ!!ーー苦無、いや、これは――!?」
蹴り付けた飛来物――苦無の取手に紐で何やら怪しい呪符のようなものが括りつけられていた。
コウガの脳内に一瞬で走馬灯が駆け巡り、今日のバーサークブラッドの経験、最初に戦ったギルドハウスで同様の物を見た記憶が想起される。
「ーーなんか爆発するやつ!!!」
「キャッ――」
瞬間、呪符が連続して爆発し、琴の悲鳴を飲み込んだ。
攻撃用アイテム、時限起爆札。ダメージのわりにテクニカル過ぎると微妙な評判の時限起動式の攻撃消耗アイテムだ。
しかし、様々なアイテムと組み合わせる余地があり、玄人志向のプレイヤーが愛用している。
「あのタイミングで起爆して無傷とはな。確かに悪魔的な反射神経だ」
「あなたは……」
身をひるがえして爆発を紙一重で回避したコウガたちの前に、コンテナの上から人影が降り立った。
マスクをしたその顔は、明らかにシルエットが人間のものではない。それはイヌ科の動物のものである。
その人影は大手PKKギルド『PKぶち殺会』の古参メンバー、犬頭獣人忍者のポムボムゼリーであった。
このエリアに鋼糸を張り巡らせコウガを待ち伏せしていたのは、避難する後輩たちの為時間を稼ごうとする彼だったのだ。
ポムボムゼリーはこちらに近づいてくる気配から、コウガたちが人目を避けながら最短で丘の公園を目指していることを看破し、その通り道であるこのトランクルームエリアに忍んでいたのだ。
このトランクルームエリアは実質上位互換のプレイベートエリアの課金が安い事、そもそもプレイヤーのインベントリ自体無課金でもかなり大きい事、何よりここももちろんセーフエリアではない為、いかに治安が良いバルカーンであっても不心得なプレイヤーが倉庫荒しをする可能性があり、複合的な理由でほとんど使用者がいない不人気エリアとなっている。
人気がないここであればポムボムゼリーは全力を出せ、悪魔じみた強さのプレイヤーとも勝負になる算段だった。
「俺はポムボムゼリー、お前らが襲ったギルドの一員だ。仕掛けられる覚えはあるだろう?」
「なるほど、……この度は大変お世話になりました。僕はコウガと言います。」
頭を下げながら、コウガはポムボムゼリーがなぜわざわざ自分たちの前に姿を表したか訝しんだ。
あのまま陰から攻撃した方が倒すには合理的だろう。
何かコウガたちに近づく理由があるはずだ。
ポムボムゼリーの無遠慮な視線がコウガの身体を見定め、とても小さな声でぽつりと言った。
「コスモノヴァブレードを装備していない……それどころかXユニーク、レジェンド一つ装備していない、か。お前らが装備していれば取り返すチャンスがあるかと思ったんだがな」
その内容にコウガは納得した。
先の一撃はそれで死ぬならそれでよしという色気の一撃で――姿を見せたのは、戦いになってもそもそも全く負ける気がないからである。
ーーポムボムゼリーの気配は、コウガをして強者としての慣れを感じさせる風格があった。
「なるほど、僕の装備を確認していたわけですね?……ごめんなさい、ゲーム初心者なので目に叶うものはないと思います」
「初心者か。ブラフでは……ないのだろうな」
「分かりますか」
コウガはポムボムゼリーと話ながら、どうにも親近感を持った。
なんというか……同じ匂いがするのだ。
ゲームの中でありながら、周囲から浮き出してしまうような、身体に暴力がしみついた匂い。
琴もその暴力の気配におびえているのか、コウガの胸元に顔を押しつけ息を殺していーーない。コウガの少し開いたジャージの胸元に顔を突っ込み無茶苦茶息しまくっている。まあ、おびえ方は人それぞれだろう。
身体の奥で血がうずく感覚に、コウガはどうにもポムボムゼリーを悪く思えない。
そして犬顔にマスクのためだいぶ分かりづらいが、ポムボムゼリーも、明らかにコウガと話すことを楽しんでいた。
「分からいでか、先の動きはまったくスキルのモーション補正がないものだった。そして今のお前の、両手を塞ぎながら隙のない立ち姿、……今まで居たならPvP界隈で話題にならんわけがない。お前、リアルでも尋常の者ではないだろう? 日本人なら『ヤタガラス』か、『御庭番』か?」
ヤタガラスやら御庭番やら、文脈から言えば組織だか流派だろうが、コウガには聴いたことがないものだった。有名な格闘団体とかだろうかと考え、コウガは訂正した。
「いいえ。強いて言うなら『全殺流』ですが……」
「ふはっ!! 『全殺流』!? それは大きく出たな!!」
「あ、ご存知ですか?」
「知らないわけないだろう!」
『全殺流』の名をきいて、ポムボムゼリーは本当に愉快そうに笑った。
「この世のあらゆる存在を殺す、1000年無敗で続くという絶対絶命の修羅の拳!!!裏世界の伝説!!それが最新ゲームで遊んでいるとは面白い冗談だ!はははは!」
現実で名乗れば世界中の力自慢、技自慢が殺しに来るぞと、ポムボムゼリーは笑う。
「ね、コウガくんちってそんなに有名なの?」
「いやーどうでしょう。同じ名前の別流派だったら赤っ恥ですけど……」
コウガと、いつの間にか胸元から顔を挙げていた琴はだっこのまま顔を見合わせる。
裏世界の伝説!なんて言われても全く実感はないし、じゃあそれを知ってるお前は何者だよといった感じである。
コウガは祖父の酔った赤ら顔を思い出し――全く当てにならないと思った。
とにかく、ポムボムゼリーは余り此方を悪く思っていない様子だし、なんというかコウガは闘争心を抜かれてしまった。
戦っても楽しいだろうが、今は琴の事もある。
これなら戦わずとも丘の上を目指せるかもしれない。
「あの……ポムさん。実は僕ら今あの丘の上を目指していて――」
「ああ、そうだと思っていた。『死閃』」
コウガがポムボムゼリーから目を離して丘を見た瞬間、いつの間にかポムボムゼリーの手に抜かれていた短刀が赤く閃きコウガを貫いた。
もう十話となります。
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