フルダイブ修羅 ~リアルで殺人拳をマスターした僕がフルダイブMMOで無双したら続々修羅が集まって来た件~ 作:ジャントゥ
炎に燃えるバルカーンの街をコウガは疾走する。
自らを追う魔法の閃光を引き離し、出くわしたもの全てを皆殺しにしながら駆ける様は、さながら死の旋風と言ったところか。
その黒いジャージは煤け、メタリックな仮面にも汚れが目立つが、それでも無傷と言っていい様相である。
何もかも破壊と死に飲まれる街を、コウガ一人縦横無尽に、戦闘の気配全てに突っ込んで蹂躙していた。
「ウ、ハ、ハ、ハ!」
仮面の奥から聞こえる呼吸の高揚が、いかにコウガが上機嫌かを表していた。
人生で一番上機嫌と言って良いかもい知れない。
自分の力と技、判断力を十全に発揮する事は、コウガにとってそれほどの喜びだった。
そしてまた、コウガが出くわした魔法使いの首を蹴りこんで絶命させた時、琴が声を掛けた。
「コ、コウガくん、ごめっ、ちょっと待って……」
コウガの無傷の姿とは対照的に、琴の姿は頭から足先まで煤とダメージでボロボロの様相である。
何度コウガの戦闘の余波でふっ飛ばされたのだろうか、美少女と言っていい琴のかわいらしさに影を落とすほど無残だ。
コウガの傍、地獄の中心に居続けて今まで生きていられたのは単に幸運であった事と、とにかくコウガが優先で狙われるので、巻き込まれてダメージを負うたび回復ポーションを頭から被る隙があったおかげだ。
しかし、ステータスを盛られた肉体でももう息がもたない。夕方から夜になるまでの今までずっと痛めつけられ、煙にまかれ、ぶっ飛ばされながら数時間走りっぱなしの状態なのだ。気力を振り絞り死ぬ気でなんとかコウガに付いてきていたが、ついに限界がきてしまった。
「こ、琴さん…!」
「あ、やっぱなし、なし、大丈夫だから――」
咄嗟にごまかそうとするが、すでに琴は息も絶え絶えで、涙がこぼれそうなほど瞳が潤んでしまっていた。そしてそれは痛みや疲労ではなく、ただ自分の情けなさからだった。
琴はコウガのことを特別だと思っていた、特別にかっこいい人だと。
だが、コウガの特別性は想像をはるかに超えていた。
現実離れした強さで、誰一人及ばず、束になろうが関係ない。
例外なく一方的に強者と弱者の図式を強要する、力強く美しい怪物。
中二病? とんでもない。彼は本当に、神に選ばれた存在だったのだ。
きっと彼は有名になる。地球上唯一の、真に特別な存在として。
PKギルドに入ってPKKギルドを襲うことを彼に提案したのは自分だ。
バルカーンの火薬庫っぷりは有名であったし、とにかく戦うことが好きなコウガに喜んで貰いたかったのだ。ロールプレイの嘘を教えたのだって、気兼ねなく戦って欲しかったからだ。
おかげでこの街は燃えたが、彼はその力を発揮する機会を得て、そしてこんなにも輝いている。
自分が役に立ち、一緒にいて意味のある存在だと証明できて本当に嬉しかったのに、多勢に無勢を粉砕する圧倒的な姿を見て、どうだ、これが私の好きな人なんだぞ、と誇らしい気持ちで一杯だったのに。――あっと言うまに自分はボロボロになり、彼の活躍の舞台を満足に見ることさえ出来ない有様になってしまった。
自分が彼の傍に侍ることさえままならない平凡な存在だから。
そして、彼に置いて行かれるのが嫌で、待ってと声に出してしまった。
彼を好きで好きで堪らないと自負する自分が、彼の一人舞台に水を差してしまったのだ。
こんな有様では優しい彼は自分を気遣い舞台から下りてしまうだろう。
彼の活躍を、自分の存在が邪魔してしまう。
本当に情けなくて、悲しくて、悔しくて、琴は視線をあげることが出来なかった。
「ーー大丈夫、本当に大丈夫だから……」
「ごめんなさい琴さん、僕、周りが見えてなくて――まさか琴さんがこんなに疲れてるとは……」
「コウガくん……」
俯く琴の手を取りコウガは謝った。
その手の大きさと、労りが伝わるような優しい触れ方、声色のギャップにきゅんと琴の心臓が締め付けられた。
コウガが自分の身体に気を使っている。
心苦しさに反して飛び跳ねたくなるほど嬉しくて琴の心はぐちゃぐちゃだ。
こんなに素敵な人を束縛するような馬鹿な真似はするな、今回は準備が足りなかったのだ、素直に諦めろ、と琴は自分に言い聞かせーー
「大丈夫です琴さん。全部僕に任せてください」
「はえ? ひやっ!? こここ、コウガくんっ!!??」
コウガは、いきなり琴の事を抱き抱えた。いわゆるお姫様抱っこである。
琴の健気さに心打たれ、コウガは琴の思いに気が付いたのか!
――もちろんそうではない。コウガは琴の内心にまっっったく気が付いていない。
コウガという生き物は恐ろしいことに、人生で一度も、肉体的に疲れたとか苦しいとか感じたことが無かったのである。
そのため他人が疲れた様子の時、どれくらい辛いのか分からず、共感すらできない。
今だって琴が泣きそうになっているのを見て、疲労で人は悲しい気持ちになったり不安定な精神状態になるという知識から、「自分のペースに合わせた為に泣きそうなくらい疲れてるんだ!」としか理解できない。
だからもう、琴が疲れずに済むよう抱きかかえただけなのだ。
コウガは人心の理解が出来ないという意味で、正しく悪であった。
それでも、琴にとってそれは正に夢のようなシチュエーションで。
「ああ、あちらの方ならまだ休めそうですね。人影もちらほら見えますし、あの丘の方に行きましょう」
元が何の建物か分からぬほど燃え立つ建物の向こう側をコウガは見つめた。
夜闇と炎のコントラストが強すぎて琴には人影など全く見えない。
だが、コウガが言うならそうなのだろう。
「……わ、私なら大丈夫だから、ね? 休むなら一人で行けるよ。コウガ君はまだまだ遊び足りないでしょ? なら……んひっ!?」
コウガに抱かれ理性が焼ききれそうな中必死に言葉を選ぶ琴だったが、それを言い終わらないうちに、顔と顔が近づくようにコウガからさらに抱き寄せられた。
炎とは違うコウガの生命の熱が、触れ合う身体を通して交換され琴を内側から焼く。
火と煙にまかれたはずなのに、コウガの身体からは汗の不快な匂いはしない。
むしろもっと離れがたく思ってしまうような何かが燃え立ち、香っている。
「前に学校で僕が野生動物と戦ってるって言ったとき、琴さんは笑いませんでしたね。それどころかこんな楽しい遊びを教えてくれて、もっと面白くなるよう考えてくれて……。他のだれかに自分の生き方を分かってもらえて、僕がどれだけ嬉しかったか……」
コウガの仮面の額と、琴の額が触れ合いそうな程近づく。
その姿はどこか肉食獣が獲物に食らいつく直前を思わせた。
「僕は遊ぶなら琴さんが一緒にいるときに遊びたいし、琴さんが休みたいなら僕も休みたいです」
コウガの瞳に宿る黒い星が、魔性が、琴の眼前で瞬く。
琴にはもう、息をのんでそれを見つめる事しかできない。
「楽しい事、安らぐ事、刺激的な事、僕は琴さんと分かち合いたいです。ダメでしょうか?」
人の抗う意思を消し去ってしまう、余りに優しく、深く、甘い声色。
そのほの暗い響きは、狂気とさえ言える感情へ琴を誘っている。
「……ホントに?ホントに私でいいの?」
「はい! 琴さんが良いんです!」
「あ、う……」
コウガの言葉、熱が、匂いが……その輝きがあまりに甘美で、脳の奥がしびれ切った琴は言葉が出ない。
(ああ、ダメ、ダメだ、ダメだよ……もうこんなに好きになってるのに……。こんなのもう離れられないよ……)
好きで好きでたまらない人に、傍に居させてくれと懇願される。これ以上の喜びがあるだろうか?
この人が望むなら、ゲームの世界どころか現実の世界さえ炎に沈めてもいい。
この時琴は、本当に心の底からそう思った。
そう思っているのに……
(うーん、黙っちゃった……それに本当に顔が赤いな。炎に煽られて熱中症?ゲームの中でもなるのかな?とにかく早く休ませないと……)
ゴミカスコミュニケーション能力者のコウガは、ただただ本心で琴に感謝し、心を許し、体調を心配しているだけだったのである。
ーー訂正しよう、コウガは人心の理解が出来ないという意味で、正しく『大悪』であった。
暴力大好き、戦闘大好き、気軽でジャンクな小説を目指しております。
有難いことに意外と読んでくれる方が多くて嬉しいです。
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