真依視点
私は、努力というものが大嫌いだ。痛いのも、怖いのも嫌いだ。
でも、最初からそうだったわけでもない。
子供の頃は、これでも自分なりに努力はしていたつもりだ。…でも、
「…不愉快だ、出来損ない。私の目の前で、呪術擬きをするのはやめろ。」
「可哀想になあ、真依ちゃん。クソカスみたいな呪力しか持って生まれへんかったんやから。俺が慰めたろか?」
私は、努力は無意味だと齢10にも満たぬ頃に思い知った。
…でも。
「真依は、足手まといなんかじゃありませんよ。彼女が居たから、私は術式でフルパワーを出せた。」
…愛する人からのただその一言だけで、私は嬉しくなってしまった。
だから、自分らしくないと思いつつも努力してみた。あの陰険とクソゴリラの指導にも黙って耐えた。
…すると、人生で初めて、努力に結果がついてきた。
体を鍛えると、呪力のコントロールがどんどん速くなるのが身体で分かった。
術式を見直すたび、新たな呪力での可能性が見え始めた。
そして、1ヶ月半が経過した。目の前にはムカつく笑顔のクソゴリラが居る。
何故か良い匂いがするのが余計に腹立つ。
輪からこのゴリラと同じぐらい良い匂いと言われた日には、割と本気で傷ついた。
「…なんだ、それは。呪具か?」
東堂は私の持っている棒切れを見て訝しげに目を細めた。今回私が持ってきたのは、事前に私の『構築術式』で作ってきた虎の子だ。
『構築術式』の利点の一つ。術式で生成したものは、消える事がなく、後日も使うことができる。私の何日分もの呪力を籠めて生成した武器だ。
これを作るのに1ヶ月かかった。さんざん失敗したが、ようやく形になり始めた。
…かつての私なら、自分が死ぬ縛りでもかけなければ、ここまでの呪具は作れなかったろう。
「呪具を使っても良いって前に言ったのは、あんたよね?気兼ねなく使わせて貰うわ。」
「面白い…良いだろう!今日は高田ちゃんのご当地グルメレポ番組が昼からある。さっさと片付けるぞ!」
そう意味不明なことを叫ぶと、ゴリラは私に向かって急接近し、蹴りを胴に向かって入れようとしてくる。…今!
「呪力変形…盾!」
私は呪具の特定の部位に呪力を流し込む。すると、棒切れが瞬時に変形し、壁となってゴリラの蹴りを阻む。衝撃は、足に呪力をためて辛うじて踏みとどまる。
「…ほう。特定の呪力によって変形する呪具…いや、元の形に戻ろうとした、と言うべきか。熱ではなく、呪力で変形する形状記憶合金と言ったところか!」
…なんでこの一瞬でそこまで分かんのよ!
まあ、厳密には形状記憶合金っぽい物質ってだけなんだけど!
「呪力変形…三節棍!」
即座に呪具を三節棍の形に変え、ゴリラの腕に絡めて、腕を極めようとする。
「発想も良い…呪具の頑丈さもある…だか!」
そう叫ぶとゴリラは信じられない力で腕を振り回す。
三節棍ごと私は持ち上げられ、そのまま投げられる。
「なんて馬鹿力よ…!」
私は辛うじて着地の瞬間に体勢を整える。するとゴリラが猛スピードでラリアットの構えで突っ込んでくる。
今!
「呪力変形…網!」
「!」
呪具は網状に変形し、突っ込んでくるゴリラを絡めとる。
「どう!?ゴリラ捕縛したわよ!」
私はそう勝利を確信して応援するために来ている輪の方を見る。が、
パアン
「は?」
あのゴリラは術式を発動し、気がつくと呪具に絡め取られているのは私の方だった。
「…クソ。結局私の負けか。」
「よく成長したな、真依。かなり手加減しているとはいえ、俺が術式を使うことになるとは、正直思っていなかった。」
「で?」
「…俺とここまで近接で張り合えるなら、もう準一級クラスは最低でもあるだろう。合格だ。東堂葵の名において、お前を一級術師に推薦する!」
「やったあ!真依ちゃん!」
「おめでとう!真依!」
「やりましたね!真依!」
女子3人がグラウンドの傍から走ってきて、私をもみくちゃにする。
…努力して、恋人と友人からこんなにも喜んでもらえる。…まあ、これなら努力してみても良いかな。
午後からは、いつもの教室で輪と一緒に、加茂の奴がクソ真面目に作ったと言う試験問題を解いていた。
半分がマークシート式で、半分が記述形式である。
万という過去の術師について必死に調べたおかげで、ある程度は解けたと思う。
最後の『構築術式』についての論述も、上手く書けた手応えがあった。
全てを解き終えると、暫く加茂の奴が採点していたが、あいつにしては珍しく笑顔を浮かべてやってきた。
「真依はマークシートが8割がた正解、論述は完璧だった。輪はマークシートが9割正解、論述はまだまだだな。」
「つまり?」
「合格だ、よく学んだな。御三家を担う術師として、嬉しく思うよ。一級術師加茂憲紀の名において、禪院真依を一級術師に推薦する!」
輪の自室で、お祝いパーティーを女子陣で開いていた。桃が開こうと言ってくれたらしい。
「…本当に凄いね、真依は。私なんかで君に釣り合うのかな。」
そう輪が祝福しながらさらっと自分を卑下する。…とても嬉しいけれど、折角だし少しやり返してやろう。
「あら、輪は自分を卑下することを言うのね。そういうところは嫌いよ?私。」
「う…」
「あはは、前回のやり返しですね。」
そう霞が苦笑いしながら呟く。図書館で輪にそう言われた時は、割と傷ついたものだ。…自分を見つめ直すきっかけにもなったけど。
「いやー!ほんっとうにめでたい!先輩として鼻が高いよ私は!」
そう桃が肩を組んで笑顔で語りかけてくる。
…友人に恋人。私は人に恵まれた。
夜は輪のベッドで眠る。今日は大胆に輪を抱き枕にして寝てみると、いつもよりよく眠れた。
輪の心音で輪が生きているのを実感できる。
輪は眠れなかったみたいで目に隈を作ってたけど。
翌日早朝の学長室。私はゴリラ、加茂、輪と一緒に楽厳寺学長の前に立っていた。
「…なるほど。まさかこの短時間でそこまで成長するとは。若者の成長速度は末恐ろしいのう。」
そう心底感心したと言わんばかりに楽厳寺学長は私を見つめる。
「どうも。で、これで私は一級になるための任務に出れるんですよね?」
「そうじゃな。では、推薦者の加茂と東堂以外の一級術師との任務をお主に回す。順調にいけばその次は単独での一級の任務じゃ。その結果次第で、お主も一級術師の仲間入り。」
…未だに実感が湧かない。私の知っている禪院家の一級術師の面々は、全員が最低のクズだが、実力だけはずば抜けていた。なれるんだろうか、私に。
そう考え込んでいると、輪が私の肩を叩いた。
「大丈夫だよ。真依なら絶対やれる。私が保証する。でも…もし何かあったらすぐに助けにいくから。約束する。」
「…ありがとう、輪。でも、なんか信頼されてないみたいでムカつく!」
「え?あ、ごふぇん…」
輪の頬をグニグニと引っ張る。スベスベで気持ちがいい。
頬を離してやると、輪は楽厳寺学長に控えめに語りかけた。
「それで、一級相当の術師というのは、禪院家の人間も含まれるんですか?もしできるのなら、彼ら以外の術師に頼むというのは…」
そう輪が、私に気を遣って楽厳寺学長に尋ねる。
が、
「…すまんの、輪。お主の気持ちも分かるが、それはできん。こればかりは運と禪院家の出方次第じゃな。」
「どうしてですか?」
「お前なら分かるだろう、輪。呪術師は、いつ何時誰と組むかも分からない。相性の悪い相手だからといって、仕事ができない言い訳にはならない。」
「…それに禪院家は御三家なだけあって、政治方面でも強い力を持つ。彼らの意向を止めるのは、相当難しい。」
…正論だ。それは分かる。分かるからこそ、余計に苛つく。やはり、私は加茂の奴が好きにはなれそうになかった。
ただ、今の私は運が良かった方らしい。
歌姫先生の紹介で、かつての歌姫先生の後輩の術師に依頼が回ったのだ。
私は単身、愛知県の名古屋駅に降り立った。人が忙しなく通り過ぎる、目立つモニュメントのような金時計の前で、言われた通りの男が立っていた。
サラリーマン風のスーツに几帳面そうな顔。白人とのハーフだという金髪の七三分けに、目に特徴的な眼鏡。
彼は私の制服を見ると、ツカツカとこちらに歩いてきた。すると、スッと私にお辞儀をする。
「七海建人です、初めまして。貴女が禪院真依さんですね?」
「どうも始めまして。真依、と呼んでください。禪院は抜きで。」
「…分かりました。では、近くの店で補助監督の方と二級級術師の猪くんと合流予定です。向かいましょう。」
ここから、本当の試練が始まる。