名古屋駅付近のとある個人経営の飲食店。そこは本日貸切とされており、一見ただの寂れた店である。が、そこは「窓」の人間が経営している店であり、このような緊急の要件の際には術師が貸切にするのだ。
真依と七海が扉を開けて店に入っていくと、そこにはニット帽を被った茶髪の青年と、補助監督と思われるスーツの女性が座って話していた。
「どうも、戻りました。」
「あ、七海さん!じゃあそっちの女の子が…」
「ええ、一級術師になれるか私が今日審査させて貰う、三級術師の真依さんです。猪野くん、自己紹介を。」
「二級術師の猪野琢真だ!よろしくな。後輩ちゃん!」
「…ええ、どうぞよろしく。」
(あれ?初めての後輩ちゃんなんかそっけない…)
「それでは、今回の任務の話に入りましょう。」
そう七海は言い、4人で同じテーブルを囲う。
補助監督の人が建物の見取り図と思しきものと資料を持ち出し、説明を始めた。
「目標の呪霊はこの廃ビルの中に居ます。準2級の呪術師の方が3級の呪詛師をこの場所で追い詰めたところ、焦った呪詛師が手なづけていない呪霊を解き放ち、呪詛師と呪術師両名が死亡。捕食されたものと思われます。」
「…さらに、付近の低級の呪霊がまるで誘蛾灯に寄せられる蛾のようにこの廃ビルに吸い寄せられています。ですが、その数に反して呪霊が溢れ出る様子はありません。恐らくは…」
「呪詛師と呪術師を殺した呪霊が、捕食している、ということですか。」
そう七海が言う。彼はこの手の手合いは何度か対処したことがあるが、どれも厄介な任務だった。
「…こういう場合は、早く叩くに限ります。放っておくと、特級クラスになりかねない。」
「ええ。故に、七海術師と猪野術師、真依術師で今日中に祓ってもらいます。…もし3人でも手に負えないと判断された場合は、特級指定とします。」
(つまり、上も特級案件かそれ以外か判断できていないというわけだ…)
「では、早速調査しに行きましょう。可能であれば祓います。二人とも、くれぐれも無理はしないように。」
「了解!」
「了解です。」
そして4人は、廃ビルの前に歩いて辿り着いた。
…中からかなりの呪力が滲んでいる。これは…
「かなり強い呪いですね、これ。」
「あ、後輩ちゃんも分かった?俺も俺も。これ一級は確定でありますね、七海さん。」
「…ですね。真依さん。先に君に言っておきます。もし、この任務で少しでも貴女にとって危険だと判断したら私達はさっさと退却します。良いですね?」
「私、これでも一級になりたくてきたんですけど。撤退するためじゃありません。…私のことをあまり舐めないでくれませんか?」
「…舐める、舐めないの話ではありません。私達は大人で君は子供、私達には君を自分より優先する義務がある。それだけです。」
真依はその言葉に少なからず驚いていた。一級にこんな真っ当な人間が居ると思わなかったのだ。
なんせ今まで見た一級といえば、学校のゴリラと加茂か、禪院家の連中ぐらいである。
真依は全員にいい印象がなかった。
「分かりました。でも、できる限り活躍しますからね、私。」
一方で、猪野琢真は猛烈に感動していた。
(俺、七海さんに大人って認めてもらった!よっしゃあ!頑張るぞ!)
「後輩ちゃん!いざって時は俺も居るからじゃんじゃん頼ってくれよな!」
「…うざ。」
(うざって言われた!?)
「入る前に、術式の開示を私たちで済ませておきましょう。」
そう言うと、七海は布で覆ったナタを真依に見せて言った。
「私の術式は、どんな相手にも強制的に弱点を作ることができます。7:3。対象の長さを線分したとき、この比率の点に攻撃を当てることができれば、クリティカルヒット。格上にもそれなりのダメージを与えることができます。」
「俺の術式は来訪瑞獣。この帽子で顔を隠すことで、4種類の架空の霊獣を降霊できる。まあ、遠距離の追尾攻撃とか水を体に纏って防御とか、そんな感じ。後輩ちゃんは?」
「…私の術式は、構築術式。基本は、銃の弾を生成して遠距離攻撃します。基本は一日に十数発、生成できます。他にもこの呪具に呪力を流して、形態変化させての接近戦も一応できます。形態変化は、網、盾、三節棍の3種類です。」
「ただ、以前から呪力で特殊な弾を作って備えているので、30発は撃てます。」
「…これで互いの情報交換も十分ですね。」
「では、入りましょう。」
「帷を降ろします。」
「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え…」
補助監督が帷を降ろす。
黒い膜がじわじわと廃ビルを覆っていく。
「ご武運を。」
3人が廃ビルの一階に入ると、纏っている一気に空気が重くなる。
「ぐ、これは…」
「中々の呪力の満ち具合ですね。真依さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫…です!」
そう真依が言うと、七海は静かに振り返った。
「根性は買いますが、無茶はしないように。」
「…呪力の残穢からして、居るのは上の階ですかね。私が先頭に立っていきます。二人は戦闘体制でいつでも私を援護できるように準備しておいてください。」
そう言うと、3人は臨戦体勢に入り武器を構えながら2階へと物音を立てないように静かに上がる。
「クリア。居るのは3階ですね。」
そうして、3階に上がる。居る。確実に。
扉を静かに開けていく。4つ目の部屋で正解を引いた。
中には、魔法陣のようなものがびっしりと書かれている。そして、骨だけになった骸二つ。呪詛師と呪術師のものだろう。そして、背中を見せて呪霊を捕食しているのに熱中している大男のような姿をした呪霊。幸い、こちらには気づいていない。
「私が仕掛けます。真依さんはその後にこの位置で遠距離から私の援護を。猪野くんは真依さんのサポート。」
そう小声で七海が指示を出す。それに真依が小声で答える。
「先手は私にやらせてください。これなら気取られずに確実に撃てます。」
そう言うと、真依はサプレッサー付きの拳銃を見せる。以前はリボルバーを使っていた真依だが、複数の弾を生成できるようになった真依には、もはや弾数のブラフを張るためのリボルバーは不要だった。
「…分かりました。ただし構築術式は使わないように。呪力の起こりで奴に勘付かれます。」
「分かってます。」
「よし!頑張れ、後輩ちゃん。俺もいざという時はいるからな!」
真依はそして備えてあったとある弾を出す。
これは特別製だ。一日に3発程度しか作れない。
その特性は、呪力を中に籠めることができる。
…欲を言えば愛しい輪の呪力を注ぎ込みたかった。が、
「ごめん、真依。私こういうのは苦手で…準一級ぐらいの呪具でも、一回呪力込めすぎて壊しちゃったんだよね…」
とのことだった。だがよりにもよって
(あのゴリラの呪力に頼るとはね…!!)
そして弾を込めて、サプレッサー付きの銃で呪力を纏わせて撃つ。勘付かれることなく、呪霊の右足に命中、呪霊の内部まで弾が侵入する。そして…
「ゴガアッ!!?」
東堂の呪力が、炸裂する。
呪霊は、いきなり片足を失ったショックで、バランス感覚を失い、前のめりに倒れる。
「もう片足も頂きますよ。」
即座に七海は呆然としている呪霊に接近し、左足にナタを振り下ろす。
グシャアッ
鈍い音と共に、呪霊の左足が宙に舞う。
そこでようやく敵の呪霊はこれが敵襲だと理解する。
「ゴガアアアアァァァァッッッ!!!!!」
敵の呪霊は野太い腕を持ち上げ、地面に叩きつける。3階が崩壊し、2階へと全員が落下する。
瓦礫と埃で、七海と真依、猪野の二組に分断される。
(これは…かなりのパワー!なるほど…耐久が低かったのは、膂力にのみ取り込んだ呪力を使っていたからか…!!)
「真依さん、猪野くん!!私がこの呪霊を祓います!お二人は自分の身を守るのを最優先に!!」
2階の別の部屋にまで飛ばされた二人は、その声が微かにだが聞こえていた。
「くそッ埃で周りがよく見えねえ…!!大丈夫か?後輩ちゃん。」
猪野は後ろの後輩にしゃがみ込み、無事かどうか確認する。
「ええ、大丈夫…ッ!?」
真依は目撃する。今まさに目の前の猪野を薙ぎ払わんとする野太い手を。
「猪野さん!クッ…『呪力変形…盾!!』」
真依は猪野を咄嗟に庇い、呪具を盾状に変形させ敵の腕を呪力で踏ん張り抑える。が、
(クソっなんてパワーよ!?)
真依は猪野と共に壁まで弾かれる。このままでは無防備に壁に激突する!
「来訪瑞獣!!霊亀!!」
猪野は壁に激突する瞬間に呪力の水を壁際に集中させ、衝撃を緩和する。
そして二人は即座に体勢を立て直す。
「どうします?猪野さん。」
「かなりの腕力の呪霊だな!潰した足のある背後に回って死角から攻撃を…!!」
そこで猪野は気づく。這いつくばった呪霊の背中に立っている、自分が一番尊敬している術師の存在に…
「…いや、もう俺たちの仕事は終わりだな。」
「よくあの攻撃を耐えてくれました、二人とも。さて、これで…」
七海はあらん限りの呪力をナタに込めて振り上げる。目標は呪霊の頭。
「ゲームセットです。」
ズドン!!
その一撃で、呪霊の頭は粉々に潰れた。呪霊の全身が消えていく。
任務完了。
帷が、晴れていった。
所変わって名古屋市の焼肉屋。個室の席で3人は今日のお疲れ会を開いていた。
真依は最初は行くのを渋っていたが、七海の奢りだということで着いてきていた。
「お疲れ様でした、二人とも。今日はいい仕事ぶりでした。」
「どうもっス!ほら、後輩ちゃんタン焼けたぜタン。取ってやるよ。」
「いいですよ、自分で取るので。」
「猪野くん、真依さんは優秀ですよ。先輩風はほどほどに。」
そう言うと七海は酒を一口煽って真依に尋ねる。
「ところで、あの最初の弾に籠っていた呪力、あれは真依さんのものではありませんでしたね?」
「ええ。事前に京都高専のゴリラに頼んで呪力を籠めてたんです。」
「ゴリラ…って何?」
「なるほど、東堂くんの呪力でしたか。」
(七海さん、なんで分かんの!?)
「…自力でできないなら、一級術師にはなれませんか?」
「…そんなことはありませんよ。私たちは一級術師といえども、所詮はただの人間です。他者の力を借り、目的を果たせるならそれ以上のことはありません。まあ、もう少し地力は鍛える必要があるでしょうが。」
「ただ、一つだけ聞きたいことがあります。」
「なんでしょう?」
「貴女はなぜ、一級術師を学生の時期に目指すんですか?…確かに、君は優秀です。もう準一級クラスの地力はあると今回の任務で分かりました。」
そう言うと、彼は真剣な目を真依に向けて問う。
「…それでも、君はまだ学生だ、子供です。無理して走りすぎると、早死にしかねませんよ。」
その問いに、真依は少し考えると、輪の顔を思い浮かべて、答え始めた。
「…そりゃ、本当は嫌ですよ、私だって。面倒ですし。何なら術師自体がそう。」
「…ではなぜ?」
「そんな私に、一緒に術師をやって欲しいって馬鹿がいるんです。その馬鹿は、特級様のくせに、危なっかしくて…そんな人が、私は大好きになってしまった。」
「……」
「だから、守りたくなったんです。いつまでも、あの人の隣で私が笑ってられるように。彼女が、私の隣で笑ってられるように。」
その答えに、七海はしばらく沈黙する。そして、酒をまた煽って話し始めた。
「誰かのために術師をやるのは、辛い道ですよ。」
「…それでも行くというのなら、鍛錬を重ねて強くなってください。相手が死ぬとき、自分を呪わないで済むように。」
「自分が死ぬとき、相手を呪わないで済むように。」
…その言葉に、真依は七海自身の悲しさを感じ取った。術師であれば、他人の死は見ることになる。でも、輪の死だけは絶対に見たくない。
もっと強くなろう。そう、真依は決意した。
「さて、説教くさい話は終わりです。焼き肉を楽しむとしましょう。」
そうして、真依の一回目の一級相当の任務は、無事に終わりを迎えた。