神楽輪視点
禪院家の方が出してくれた帰りの車の中で、私は真依の肩に寄りかかってぐったりとしていた。
私は真依と真希さんに挟まれて座っており、乙骨くんは助手席に座っている。
結局あの後、直哉は歯軋りしながら真依に頭を下げ、二度と舐めた真似はしないと誓った。
が、その代わりに私を殺さんばかりの目つきで睨みつけていた。
「いくらなんでも無茶しすぎよ…全く。」
そう真依は仏頂面で私の額にデコピンをする。
あうっと声を出して額を抑える私に、真依は呆れたように笑いかけた。
「ほんと…心配させてくれるわね、私の恋人は。」
「う…ごめん。真依があんな風にされてるの見たら、頭が真っ白になっちゃって」
「………ありがとう、輪。私のために怒ってくれて。気が晴れたわ。見た?あいつが頭下げるところ!」
「ははは…」
そう腹黒く笑う彼女を見て、今は元気になった証だとホッとする。すると、隣の真希さんも私に話しかけてきた。
「私からも礼を言っとく。真依を守ってくれてありがとな。その役目は…私がやるもんだと思ってたが。」
そう言うと、所在なさげに真希さんは目を伏せて自嘲するように笑った。
「真希さん…」
乙骨くんは、何やら不安げに真希さんを振り返って見つめている。…少し、気まずい雰囲気が流れる。
すると、真希さんが表情を一転させてニヤけた顔で真依をからかいだした。
「にしても、アツアツだったなあお前ら。私まだ…まだ貴女と一緒に居たいの!…だったか?妬けるねえ。」
「なっ!?」
真依の顔が沸騰したように赤くなる。
「もうキスは済ませたのか?どこまでやった?」
「は!?あんたには関係ないでしょ!相変わらずデリカシーないわね!」
「いいだろうが?なあ輪。教えろよ。」
「え?いや…その…」
「そのノリで輪に絡むのやめなさいよ!」
私を挟んで、姉妹でギャーギャー騒ぐのが一通り続いた。
乙骨くんも、どこか安心した様子で微笑んでそれを見つめていた。
そんなこんなで、私たちの禪院家訪問は幕を閉じた。
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禪院家の先ほどまで一悶着あった屋敷では、禪院甚一と禪院扇が一つの部屋で静かに語り合っていた。
その内容は、先ほどの直哉にかけられた輪の術式のことだった。
「にしても、肝が冷えたな。凄まじい勢いで呪力が吸われていた。あのまま直哉は死ぬものとばかり思ったが。」
「ふん。あれはあれで良かったかもしれんがな。あの当主の馬鹿息子には良い薬だ。」
そう扇が忌々しそうに返す。甚一は顔を顰めそれを諌めたが、やがて話題は輪の術式の話へと移行した。
「どう思う?あれは。聞いていた話と違うが。」
「一度発動した術式の中止…そんなことが出来るとは聞いていない。」
「だとするとやはり…」
「ああ。報告に穴があったとは考えづらい。楽厳寺学長の処置は、あくまで滅多なことでは術式は発動しないように、とのものだ。」
「一度発動した術式をどうこうするものではない、と。」
そうだった。二人が保守派から聞いていた報告では、幼少期にはニュースで見た程度の遠くの人物ですら、呪力と生命力を奪い呪い殺していた、輪を滅多なことでは呪わないように矯正する役を担っている、それが楽厳寺学長のはずだ。
そして、それが成功したから、神楽輪の呪いで大惨事になるのを恐れて、処刑対象としてあくまで観察中だった(本人は知らないが)輪が今も生きているのだ。
「が、一度発動した術式は止める術がないとも…」
「それでも安全だと踏んだから、輪を屋敷に招いたのだが。」
二人の頭にまたもや直哉が現れ、そして消えた。
「…ならば術式の制御は、何故できたのか。」
その扇の問いに、甚一は思案しながら答えた。
「恐らく、真依の影響…だろうな。」
「…というと?」
「輪の術式は感情に大きく左右されるものだ。そして最近で彼女は、生まれて初めて恋を知った。」
「それは…好都合だな。」
「ああ。」
元より禪院家が神楽輪を操るつもりだったが、それが確実にできるとこれで証明できた形になる。
そう二人は結論づけた。
二人は静かに微笑んだ。
一方、直哉は荒れに荒れていた。
たまたま近くにいた侍従を殴り、屋敷の一角をめちゃくちゃにしてもなお止まる気配はない。
その目には、明確な殺意が篭っていた。
「面は覚えたで…神楽輪。いつか俺が必ず殺したる。」
こうして、禪院家もまた、神楽輪という存在を強く意識するようになった。