神楽輪視点
私は、ある、ひとりの男の夢を見た。
小さな山際の村に住むその男は、小さな奇跡を持っていた。
その男は、善良さと、その小さな奇跡だけが取り柄の、なんて事はない農民だった。
奇跡のおかげで、
よく婆さんをぶった、彼が嫌いな悪どい爺さんは、なぜか風邪になりやすく、よくバテ、すぐに逝ってしまった。
彼が大好きだった優しい婆さんは、なぜか彼が生まれてから健康そのもので、年も10歳ほど若く見えた。
そんなある日、次に月が満ちる頃、村に平安の都からやんごとなき身分の方が近くの神社を詣るために来ると村中で噂になった。
平安の都のことなど、夢想しようにも、学がないので彼は、ヘンテコな妄想ばかりを膨らませた。
せめてそのやんごとなき身分の方に少しでも滞在を楽しんでもらおうと、村一丸となって頑張った。
村の猟師は上等な鹿を狩り、小農民の彼は、必死で育てた貴重な白米を用意した。
料理がうまい小農民の婆さんは、腕を振るって料理を作ることになった。
そのお方の到来を、今か今かと待ち侘びた。
そのお方は、異様なまでに美しく、恐ろしかった。
四本の腕と四つの目を持ち、その肉体は筋骨隆々。まさに完成されていた。
付き人も、赤が混じった白髪のおかっぱ頭の中性的な御仁で、その対照的さが、二人の美しさを際立てていた。
そんな彼らを、私たちは必死にもてなした。
それで満足されると思っていた。
それが、過ちだった。
「何だこれは。不味い。」
その一言で、小農民の婆さんの首が飛んだ。唖然とする顔が気に食わなかったようで、猟師の顔が無惨に裂けた。
そこからは、地獄だった。
悲鳴が気に食わなかったようで、その御仁…両面宿儺は、村中を殺して回った。
皮肉にも、最初に殺された婆さんの孫である小農民が最後に残った。
だが、小農民の中にあるのは恐れではなく、完璧なまでの憎しみであった。
ころす。殺す。八つ裂きにしてやる。その美しい4本腕を引きちぎってやる、殺す。殺す、殺す…
「お?」
両面宿儺は、小農民をつまらなさそうに殺す前に、そんな声をあげて、手を止めた。
「お前…面白い術式を持っているな。名は。何という。」
「加唐…加唐佐之助だ。」
「佐之助。お前は今俺に何をした?」
「俺は…お前を殺したいと思った。」
僅かな沈黙。そして、両面宿儺は大笑いし始めた。それと対照的に、お付きのおかっぱ頭は顔を真っ赤にしている。
「貴様、ふざけたことを…」
「よせ、裏梅。よい。愉快だ。」
そして一通り笑い終えると、宿儺はこう言った。
「お前の術式は、悪くないが些か貧相だ。他の術師と交わってみろ。それなりに楽しめるかもしれん。」
そして宿儺は男の目を見て言った。
「殺意を絶やすな。俺への殺意を。そうだな…それを忘れぬよう俺がお前に名付けてやる。」
「加唐…そうだな。神楽だ。俺のために、神と人とが共に楽しむような、殺意の宴を開いて見せろ。」
「ゆめ、俺を忘れるな?」
そう言って、両面宿儺は去った。
男は数日の間ただ呆然としていたが、やがてむくりと立ち上がった。
その顔は、最早善良なだけが取り柄の優しい男のものではなかった。
鬼が宿った…殺意の化身と化した男は、誰が見ても震え上がる顔をしていた。
それから男は旅をし、宿儺の足跡をひたすらに追った。
そして、同志を見つけ始めた。
殲滅された藤原北家直属の征伐隊の遺族たち。
安倍家の精鋭と菅原家余党で編成された涅漆鎮撫隊の残党たち
そして、数多くの宿儺に恨みつらみを抱えた一般人。
男はやがてそれらの人々を束ね、山中に幾つかの集落を作った。
そして、呪術を学んだ彼は、いくつかの自分達への縛りを設けた。現代文に訳すと、以下の通りである。
一、年に数回里の外の人間を供物として殺し、呪力を取り込む儀式を行うこと。
一、村で生まれた赤子の半分を殺し、これもまた呪力を取り込む儀式として活用し、残り半分の赤子に取り込ませるべし
一、村の掟に反するもの、村から逃亡を図る者もまた、儀式の対象とする。
一、必ず宿儺への恨みを絶やすな。
一、もし仮に集落の機能が果たせぬと判断した場合は、集落全ての命を持って、他の集落への供物とせよ。
全ては、両面宿儺を殺せる人間を生み出すために。
この狂った男の残した妄執は、集落全てに長きに渡って残った。
時代が変わり、宿儺が指を残して現世を去り、電気が通る時代になっても、集落は減り、やがて一つになっても、残り続けた。1000年の時を経ても、なお。
そう、男の術式を、何倍にも強力にした、神楽輪という呪いの結晶が生まれ落ちるまでは。
1000年分の、呪いを背負って。