神楽輪視点
私が美々子と菜々子に色々とお世話になりながら療養してざっと一ヶ月が経過した。
何度か私を出してくれと説得してみようとしたが、暖簾に腕押しだった。
お風呂で二人に体を洗われるのはまだ慣れないけど(二人とも裸で私の体を洗ってくるので、至近距離の二人の体から必死で目を逸らした。菜々子はそんな私を面白がって、よく胸を当ててきて、大変困った。)
いくつか分かったこともある。
一つ目の分かったことは、二人が本当に夏油傑が大好きだということ。
彼女達はまるで尊敬する父親を自慢する幼女のように、夏油様は私たちの救世主だと毎日のように言った。
だから、説得のためにというのが半分、興味半分で聞いてみた。
「何からどうやって、夏油さんは菜々子達を助けたの?その…良かったらでいいんだけど、教えてくれない?」
「あー…アタシ達もあんま思い出したくないんだけど、あの話は。」
そう言って、暗い顔をする菜々子と無言で黙っている美々子。ちくりと痛む胸を無視して、私は彼女達から話を聞き出そうとする。
「…私、迷っててさ。夏油さんに本当に協力していいのか。もし菜々子達と夏油さんの話を聞いたら、決心がつくかもって。」
協力を匂わせると、二人は一転して真剣な顔をして、頷いて「それなら勿論話すし!」と話し始めた。
その話は、私の想像より遥かに暗く、辛いものだった。
二人とその両親は、▪︎◾︎県▪︎▪︎市(旧▪︎▪︎村)に住んでいた。
呪術師であるからという理由で、呪霊が原因の神隠し騒動を村人は彼女達のせいにした。
石を投げ、化け物がと叫んだ。
両親は、首を吊って死んでしまった。
二人は、村人から木の檻に閉じ込められ、毎日暴行と罵詈雑言に晒された。
「産まれなければよかった」そう言われた日も、思った日も何日もあった。
そこに、夏油傑が現れた。
彼は高専の任務で、神隠し事件の呪霊を排除した。そして、彼女達を見つけて、非術師に絶望した。
夏油傑は彼女らを救った。他の村人を皆殺しにして。
だから二人は、そんな夏油傑を心から尊敬している。
…………やっぱり、そうだ。
この人たちは、根っからの悪人じゃない。
だから、どこかに優しさが滲み出る。
「うっ……くっ……」
「ちょ、どうしたん!?」
「…輪、泣いてる。」
双子の戸惑う声を聞きながらも、私は涙が止まらなかった。
「だっで…二人が本当に、酷い目に遭ってだんだなっで…」
「あーもー…そんなんで泣くなし!」
「…でも、嬉しい。私たちのために泣いてくれた人、初めて。」
私は二人に抱きついた。
二人は戸惑っているようだったが、やがて2人は笑い出した。私も、やがて泣きながら笑った。
私は、もう…この二人を敵だとは思えないかもしれない。
そして二つ目は、彼女達が…
「ねえねえ聞いてよ輪!美々子がさぁ…スイーツならパフェみたいな派手派手な洋菓子より、和菓子の方が好きだって言うんだよ!?ありえねえし!」
「…だって、抹茶美味しい。」
「「輪はどっち?」推しなん!?」
「えーと…どっちかと言うと…和菓子かな。育ての親がそうだったし。」
その答えに、美々子はガッツポーズをし、菜々子は落ち込んで
「はー!?ありえねえし!!今度二人にマジで美味いパフェ食わしてやるし!!」
「でも…輪、暫くは外に出られない。」
「そうだったー!夏油様も外出れねえみたいだし、マジでつらみ。今度この部屋までテイクアウトで買ってくるし!」
二人が、本当はただの年頃の女の子だってこと。
ああ。そうか、本当に私、この二人を
友達だって思っちゃってる。
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夏油傑視点。
神楽輪は勿論だが、私とミゲル、それにラルゥは迂闊に外に出ることはできない。
当然いくら無能な上層部といえども、今は血眼で窓を総動員して、私たちを全国で探し回っているはずだ。
国外へ出ることも考えたが、空港は真っ先に見張られているだろう。そんなリスクを冒すより、こうした程よい都会の近くで潜んだ方が良い。
仙台市を囲うように仕込んだ、小規模な結界で隠した中に、呪霊の群れを潜ませている。
いざここがバレても、奴らを猿どもに向ければ、悠々と逃げられるだろう。
「何、気長に待つさ。いくらでも。」
神楽輪が心変わりした時点で、私たちの勝ちは決まる。なら、特にすることもない。
いくらでも待とう。数年だろうが、十年だろうが。
「…それは分かりましたが。本当に、あの二人に神楽輪を任せていいんですか?」
そう心配そうに私の反対側に座って共に将棋を指している真奈美が問いかける。
「ああ。今の神楽輪は非常に不安定だ。精神の安定が最優先。それに、美々子達以上の適任はいないさ。」
パチン
「…私には、そうは思えません。夏油様が直接彼女を説き伏せる方が、確実じゃないですか。」
そう真奈美は将棋盤で穴熊を作ろうとしながら私に問いかける。
「いやいや、そう簡単な話でもないさ。何しろ、彼女は年頃の少女だからねェ。」
パチン
私が棒銀の構えを作り、速攻で攻めるように盤を作りながら、彼女に答える。
「神楽輪が一番心を許すのは、どうしても野望を見据えてしまう私より、明け透けな彼女達だろう。どうやら、良好な関係を気付けているようだよ?」
「…だとしても、あの二人は適当すぎます。」
パチン
「それが良いんじゃないか。なにせ彼女達は…」
パチン
「今を全力で生きている、青い春を駆け抜けている若人なんだから。」
パチン
十数手打って、私は完全に真奈美の守りを突き崩した。
「まだ続けるかい?」
「…やります。負けるまで。」
待てば良いのさ。いくらでも。
彼女が、美々子達の頼みを断りきれなくなるまで。
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仙台市外れの山中の深夜。
そこに、二つの影が佇んでいた。
一つは、黒髪で美人、だがそこらに居ても違和感のないような年配の女性の姿。
ただ、異質な点が一つ。
額に、派手な縫い目。
「やれやれ。ようやく見つけたよ。にしても面白いとは思わないか?裏梅。」
そう彼女は秘匿され、ぎっしりと呪霊が詰まった結界をいとも簡単に見つけた後、くつくつと笑った。
それに不機嫌そうに答える中性的な声がひとつ。
「知るか。貴様が何を愉快だと思おうが、私には何の関係もない。」
そこには赤の混じった白髪のおかっぱ頭の中性的な魔性が一人立っていた。
「つれないねぇ。答えは、私が息子を産んだ縁のある地に、夏油傑が潜伏してるってことだよ。面白いだろ?」
「…それのどこが愉快なのか、私にはまるで分からん。それよりも、私たちがわざわざ動いてまで夏油を探す必要はあったのか?羂索。」
羂索と呼ばれたその女性は、笑顔のまま続けた。
「ああ。夏油がただ暴れてるだけなら、別にどうでも良かったんだが。いや、まあ彼の術式は欲しいけどね。神楽輪は不味い。」
「もし夏油が彼女を手駒にして操ったら、日本の非術師は死に絶える。それは不味い。」
裏梅は、その答えにハッと吐き捨てると、嘲るような表情で答えた。
「…全く。宿儺様の前で小便を撒き散らしながら睨みつけていた、どうしようもない農民の子孫が、まさかここまで化けるとはな。これこそ愉快だ。」
「…へえ?その話、是非聞きたいな。」
「それは良いが、その前にさっさと上層部の連中に連絡するのが先でしょう。何のためにここまで来たと思ってる。」
「ああ、そうだね。いやあ、今の時代は便利になったものだ。こんな小さな器具で連絡を取るとは、昔は思いもしなかったよ。」
そう言うと羂索はスマホを取り出して、端的に夏油の潜伏場所と、呪霊の群れの位置を書き記したメールを送信すると、静かに微笑んだ。
「この地をまさか、早々に戦場にすることになるとは。本当に、愉快だ。」
仙台の地が、静かに熱を孕み始める。
呪い合い、後の世に百鬼夜行と伝えられる、戦争の前に。