上層部は特定の情報筋で、夏油達の潜伏場所を仙台市外れの山岳部の別荘地に特定。
それに伴い、東京高専の夜蛾正道学長と京都高専の楽厳寺嘉伸学長を中心に、東京都立呪術高専の一室に、十数名の術師が招集された。
学長達と他の術師にとっては意外なことに、禪院家の特別一級術師が全員参加というかなり異例の事態。
彼らはこの場でさらに神楽輪に恩を売っておくことで、彼女を取り込もうとしていることは、神楽輪の術式を知っている者なら容易に察せられたが。
例外的に学生では、輪の術式を知っている京都高専の面々である加茂憲紀、禪院真依、三輪霞も集められ、夏油傑の排除及び神楽輪奪還計画のための会議が行われようとしていた。
「いやー、にしても御三家の当主二人と次期当主が揃うとはねえ。普段からこう集まりが良いと助かるんだけど。」
その五条悟の軽い嫌味を禪院家の面々は無視するが、直毘人が一人答えた。
「がっはっは!!まあ、我が一族の娘の未来の嫁が攫われたとあればな、我らも来ないわけにはいくまい。」
「そりゃご立派なことで、狙いは輪の術式だろ?狸ジジイ。酒さえ飲んでなければもっと立派だったけど。」
五条の言葉通り、禪院直毘人の周りにはかなりの数の空き缶の山が転がっていた。
禪院真依は忌々しそうに直毘人を見つめている。
そんな中で、夜蛾学長は大きく咳払いすると、周りを見つめて宣言した。
「無駄話はそこまでにしておけ、悟。それでは皆さん、よく集まって頂いた。これより、作戦の概要を説明する。伊地知、頼む。」
すると、黒スーツに眼鏡のいかにもサラリーマンといった風貌の補助監督、伊地知が地図といくつかの資料、写真を所狭しと貼ったボードを押して皆の前に立った。
「はい。ではまず夏油傑及びその一派は、既に亡くなっている、金森氏名義の仙台の町外れの別荘に潜伏しています。ただ、一つ問題が…こちらをご覧ください。」
「何、この印?」
そう五条が言う通り、提示された仙台市周辺の地図には、囲うように赤い円の印が十数ほど散乱していた。
「はい。この地図の印は、窓の皆さんが徹底的に調べて回った結果発見した、夏油傑が仕掛けたと思われる結界の位置です。かなり巧妙に隠されていました。夏油が仙台に潜伏していると知らなければ、まず気づかなかったでしょう。」
「結界?何のための?」
「…その結界一つ一つの中には、実に百数体の呪霊が確認されました。つまり…実に千体以上の呪霊が仙台市を密かに取り囲んでいたことになります。」
その一言に、場が騒然とする。
長い前髪を三つ編みにして垂らした白髪の女性、冥冥一級術師が感心したように呟く。
「最近の呪霊の被害報告の少なさから薄々察してはいたが…随分溜め込んだものだね、夏油くんも。」
騒然とする場に慌てる伊地知に変わり、夜蛾学長が忌々しそうに一言叫んで、言葉を続ける。
「ガッデム!」
「これは、言わば我々への脅しだ!もし夏油に手を出せば、仙台市を壊滅させるという無言のな!だが、夏油傑が神楽輪をコントロールすれば、それ以上の被害を齎しかねない。故に、我らは脅しに受けて立つ!」
「受けて立つって…街への人的被害はどうするんすか?」
そう問いかける男…茶色のコートを羽織り、心底面倒そうに問いかける日下部に、夜蛾学長が答える。
「仙台市の人々には突発的なテロリストによる爆破テロと伝え、市の中心部へ避難させる!警察には既に通達済みだ。その人々を我々が全力で死守する。
東西のチームに分け、それぞれが全力で街の中心部への呪霊の行進を食い止める!」
「そのチームのリーダーって誰ですか?僕?」
そう問いかける五条に、真顔で夜蛾学長と学厳寺学長が即答する。
「「それはない。」」
「ちっ。後で伊地知締めます。」
「はっ!?」
そんなコントのようなやり取りを無視して、楽厳寺学長が続ける。
「チームAとチームBはそれぞれが3班に分かれるが、チームリーダーの指示で動くことになる。故に聡く優れた術師に任せたい。」
「チームAのリーダーは禪院甚一特別一級術師に、チームBのリーダーは七海建人一級術師に任せる。」
「心得た。」
「…分かりました。できるだけ努力はしましょう。」
「全体の監視をして各チームに戦況を伝える言わば監視役は、冥冥一級術師に頼む。」
「委細承知。賞与、期待してますよ?」
「…で、肝心の夏油くんをどうにかして神楽輪を救出する役は誰が?悟くんが?」
その冥冥の問いに、夜蛾学長が頷いて続ける。
「悟は勿論だが、乙骨にも同行してもらう。この二人の精鋭部隊によって、確実に夏油を殺すというのが、上の判断だ。」
「チッ。」
その精鋭という言葉に自分が含まれていないことに、直哉は小さく舌打ちする。
それを無視して五条が尋ねる。
「優太を?そりゃ確かにグッドティーチャー五条の生徒だけあって、憂太は優秀ですよ。でも、傑を相手にするなら僕一人の方が…」
「…確かに、その通りだ。里香が居なければな。」
「は?それって…」
「上層部が、特級仮想怨霊、折本里香の完全顕現を許可した。」
一回目以上のざわめきが、場を支配する。
これには流石に五条悟も驚いた様子だ。
「………マジ?」
「大マジだ。」
その答えに暫く考え込むと、五条は笑って言う。
「はっ。上層部がねえ。あの爺さんども、よっぽど夏油傑が怖いのか。…いや、怖がってるのは輪のことか。」
「………そこまでにしておけ、悟。」
そう夜蛾学長が嗜める。
「でもまあ、そんな事態にはならないと思いますがね。正直、僕一人で十分でしょ。」
「まあ、傑とその一派だけならそうなんだがな。もし神楽輪が…」
「ああ、そういうことですか。上層部は輪を殺すことも視野に入れてると。」
「……………ああ。」
その楽厳寺学長の一言に場がさらに騒然となる。
だが、輪の術式を知っているこの場の一部の人間は理解していた。
神楽輪をもし仮にでも夏油傑が操り始めたら、この世界は終わる。
「ちょっと待ってください。」
それに待ったをかけたのは、真依だった。その声は冷静を装っているが怒りに震えている。
「どう言うことですか?輪は術式も制御できていたはずです。夏油について行ったのも、私たちを守るために過ぎません。そんな彼女を殺す?ふざけないで!」
その怒声に、場が静まり返る。五条だけが口笛を吹いて感心しているようだった。
楽厳寺学長は暫く黙っていたが、重い口を開いた。
「……あくまで、可能性の話だ。もし、輪のやつを夏油が従えれば、その脅威は計り知れん。故に…」
「だから育ての親が娘を殺す可能性を考えるって?相変わらずのクソ石頭だねえ、ジジイ。」
「悟!」
夜蛾学長が五条を大声で嗜める。それをハイハイと受け止めると、五条は黙った。
長い沈黙。
そんな中で、加茂憲紀が初めて声を上げた。
「その精鋭部隊、我々京都高専の3名にも参加させて頂きたい。」
場の視線が、学生3人に集まる。
直哉が鼻で笑って言った。
「はっ。何を言うかと思うたら。憲紀くんはともかく、真依ちゃんとそこのあー…誰や知らんけど学生が?ありえへんわ。」
その一言に、真依が直哉を睨みつける。
憲紀を諭すように楽厳寺学長が口を開いた。
「憲紀…真依…三輪…お主らが輪を目の前で攫われ悔しいのは分かる。わしもそうじゃ。だがそれはいかん。」
「どうしてですか!私たち以上に輪を助けたいって思ってる人間は居ないのに…」
「戦場じゃ感情論は何の役にも立たないよ。無駄死にするだけだ。やめておいた方がいい。」
そう冥冥が三輪の叫びに静かに答える。
その重みに三輪は黙り込む。
他の皆も同じ考えのようだった。ただ一人を除いては。
「僕は良いと思いますけどね。彼らの言うことも尤もだ。」
五条悟だ。
「悟くん…」
「まあ、聞いてくださいよ冥さん。僕たちの一番理想的なこの任務の終わり方は、傑を倒すことだけじゃない…神楽輪を助けることでしょ?」
「それに彼らが何の役に立つと?」
「神楽輪を、確実に説得できると思うんですよ、彼らはね。なんせ、青い春を共に生きてるんだから!」
その一言に、また五条は…といったいった雰囲気が場を包む。楽厳寺学長が呆れたように呟く。
「何だその理想論は。」
しかし、夜蛾学長が楽厳寺学長に声を上げる。
「……ですが、確かに一番説得に適した人材ではあります。」
「悟の言い方はアレですが、実際、神楽輪と交際関係にある真依と学友の二人で説得するのは、悪くない作戦でしょう。それですんなり解決するなら、それが一番良い。」
暫く考え込んでいたが、楽厳寺学長はため息をついて頷く。
「よかろう。ならばお主ら3人で、輪の奴を救ってみせい。頼んだぞ。」
この場にいる全員の役割が纏まったところで、夜蛾学長が叫ぶ。
「さて、この場にいる術師の協力の締結はこれで成った。あとはOB、OG、アイヌの呪術連にも協力を要請しろ!」
「おいおい…マジっすか。」
猪野の小声の驚きの呟きも尤もだった。
一都市を守り、1000体以上の呪いを祓う
そのために集める戦力の巨大さ…
「総力戦だ!今度こそ夏油という呪いを、完全に祓う!!」
戦争が、始まろうとしていた。
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三輪視点
取り敢えず私たちの要望が通ってホッとした。
夜蛾学長の檄で会議が終わったあと、私が胸を撫で下ろしていると、日下部さんが私にツカツカと不貞腐れた顔で近づいてきた。
呆れたような顔でいつものように気怠げに言う。
「三輪、お前なあ…そういうことは事前に俺に言っとけよ!ヒヤヒヤしたぞたっく…」
「?何で日下部さんに言わないといけなかったんですか?」
心底分からないので聞いてみると、凄い顔をして日下部さんは答えた。
「あのなあ…一応俺は、お前の、同門で、目上だろ!?」
「あ、そういえばそうでしたね。」
「お前、俺のこと根本的に舐めてるよな…」
そう渋い顔で言うと、日下部さんは頭を掻いて続けた。
「確かにお前は強くなったさ、三輪。何でか知らんが、今ならもう準一級クラスはあるだろ。だがな…」
「呪術師やってるなら楽することを覚えろ。生き急いでると、死ぬぞ。」
そう真面目な顔で私に日下部さんは言ってくる。どうやら本当に心配してくれているようだ。
「分かってますよ。私だって早死にしたくありませんし。でも…輪を救うことだけは、絶対に曲げられないんです。私。」
見つめ合って無言でしばらく経つと、呆れたように日下部さんはため息をついた。
「…そうかよ。すっかり熱血馬鹿のガキになりやがって。わーったよ、なら好きにしろ。だがな…」
「本当にヤバくなったら、さっさと逃げろよ。それは何にも恥じゃねえからな。」
そう言い残して、日下部さんは去っていった。
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禪院真依視点
「真依ちゃんにとって呪術師をやることが辛いのは分かってる!!でも、私が貴女を絶対守るから!禪院家からも、呪霊からも!」
私を始めて禪院家から守ってくれると叫んだ彼女
「私、真依ちゃんのことが大好きになっちゃったから!」
…今でも忘れない。あの馬鹿みたいに突拍子もなくて、情けなくて…
「だから、だから…私と一緒にいて欲しい!呪術師をやってる私の隣に、いてください!お願いします!」
力強く、私が心底惚れた、告白の言葉の数々を。
でも、私は焦っていた。
だって、私から彼女に返せるものがあまりにも少なすぎたから。
愛のあるキスを初めてした。
あの照れてほんのり赤く蒸気した肌と、ルビーのような綺麗な赤い瞳を今でも覚えている。
互いに求め合っていたという自負はある。
でも、恋人として以外では輪に何も返せていない。
輪に私は守られてばかりだ。
彼女のおかげで、禪院家のクズ共の私への見る目は明らかに変わった。
嘲りの目は、畏怖の目に。あるいは、屈辱の目に。
だけど、多少の優越感はあっても、もう正直彼らのことはどうでもよかった。
彼女のおかげで、私は一級術師に昇進した。
嬉しかった。これで任務でも、彼女を守ることができる。
初めてできた、努力が大嫌いな私のモチベーションだった。
でも、その希望は淡く潰えた。
「君たちは素晴らしいよ…特に真依さん。私は感動した。呪術師が呪術師を敬い、助け合い、尊重する。私の理想とする世界が!今目の前にある!」
忌まわしい呪詛師の声。
私は地面を這いながらも夏油に食らいつこうとする。
「動け…!動きなさいよ!私の足…」
ここで動かなかったら、何のために強くなったのよ。何のために一級になろうとしたのよ!
「無理はしない方がいい。足の骨にヒビが入ってるだろう。…私は、君の彼女を殺すつもりもないし、痛めつけるつもりもないんだ。」
「少し、寝ててくれ。」
そこで、私の意識は途絶えた。
…そこからの記憶は、あまりない。
輪が居ない。一緒に寝ていた輪。一緒に食事をしていた輪。ずっと、私の隣に居ると思っていた輪。
居ない。輪が居ない。
ああ、私は何も変わっていなかった。
輪にまた守られて、そのせいで彼女は消えた。
日々だけが無常に過ぎて行った。
そんな折だった。霞が私の部屋を訪ねて来たのは。
「…………なに?」
「少し、話があるんだけど。今いいですか?」
私は無言で霞を部屋に入れる。
好き放題散らかった部屋を見て、霞は少し顔を暗くしたが、何か決意を固めた顔をしていた。
「それで、何の用?」
「実は、輪は夏油についていく時に、私に伝言を残してたんです。」
「は…?」
初耳だった。この1週間で、一度もそんな話を霞から聞いたことなかった。
思わずカッとなって霞に掴みかかる。
「どうして…!どうして今まで黙ってたのよ!?」
「それは…私がムカついたから、です。」
「え?」
「だって、おかしいじゃないですか。今生の別れでもないのに、しんみりした伝言を私に残すなんて、ふざけてますよ。」
「そもそも、私伝書鳩じゃないから!」
「…………何言ってるの?」
いつも大人しい霞は今まで見たことないほど激しい感情を乗せて、言葉を紡ぎ始めた。
「真依も、輪も、ふざけてるよ。何で二人ともそんな簡単に諦めてるの?私は諦めてないよ。」
「………」
「だって、私輪に惚れちゃったから。」
「………は?」
二度目の衝撃と苛立ち。こいつ、まだ輪の術式を狙って…だが、輪の目を見てその考えは浅はかだったと知る。その目は、どこまでも真剣だった。
「言っておくけど、術式目当てじゃないよ。もうそんなのどうでもいいもん。輪はこんな私を肯定して、全力で守ってくれた。だから私は全力で輪を助ける。」
「真依と話す前までは、見ないふりをしてたのにね…私が輪に惚れてるなんて。だから苛立ってたんだ、私。」
「真依は違うの!?輪に貰った力は、何のためにあるの!?そんなんじゃ、私に輪が取られちゃうよ?」
「…………」
…霞は、私を励まそうとしている。発破をかけて、一緒に輪を助けようとそう言っている。
そうよ。まだ何も終わってない。
まだ、私は輪に何も返せてない!
「…言っておくけど、輪は渡さないわよ。」
そう言って、私は無理やり笑った。
それからこの会議までの2週間、私はさらにもう一つの武器を作り出した。
そして、完全に新しい戦闘スタイルも手にした。
輪の奴に思い知らせてやる。私は執念深いんだから。
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禪院直哉視点
俺は会議のための高専の一室の扉を乱雑に開けて外に出る。
忌々しくて舌打ちをする。
会議終わりに部屋で真依のカスに面白半分で絡んでやった。
「真依ちゃん、恋人がこんなになって可哀想になあ。輪の奴が死んだら、また抱いたろか?」
だがあのカスはふざけた挑発的な笑顔で怯みもせずに言った。
「あら。負け犬が何か言っても聞こえないものね。輪は死なないし、輪に負けた男にそんな機会は一生ないわよ。頭が残念なのね。」
思わず本気で手がでかけたが、その手を無理やり引っ込めて部屋を出た。
俺は神楽輪に少し不覚を取った際に、縛りで真依への手出しは禁止されている。
他者間の縛りは、かなり罰則が厳しい。
いくらムカついても、それを破るほど俺は馬鹿やない。
ムカつくことはもう一つあった。
ふざけんなや。何で俺がそこらの雑魚扱いやねん。
甚一くんはチームの隊長。
取るに足らへん存在の真依と2人のカスどもは悟くんと一緒。
乙骨くんはまあ分かる。
本人やのうて、憑いとるもんの強力さを考えれば、そら精鋭扱いもされるわ。
だが、「何で俺が一般の雑魚扱いやねん…!!」
俺は柄の筆頭や。甚一くんやのうて、俺が。
なのに何で甚一くんが隊長やねん!
扇のおっさんはそらパッとせえへんからどうでもええわ。
歯軋りをして高専の外に出て、呑気に屯している猫を蹴り飛ばす。
それに、あのクソッタレの神楽輪を助けるゆうのも気に食わん。
…そうや。
楽厳寺学長の言う通り、今の神楽輪は一歩間違えるとただの危険人物。
そこで閃く。そうや。なら…
俺が夏油を倒すついでに神楽輪を殺してまっても、何の問題もないんやないか?