神楽輪視点
私は、自身の罪を自覚して最初は死のうとした。
それが私が殺した命に償う方法で、私が存在する価値なんてないと思ったから。
夏油の呪霊のせいで実行に移すことは思考誘導でできないけれど、ボンヤリとさせられた頭でそう考えていたのは変わりなかった。
でも最近の私はそれに疑問を持ち始めている。いや、今でも私には価値はないと思ってるけど。
真依や三輪ちゃん、加茂先輩に楽厳寺さん、皆と仲良くする資格はない。
…真依のことは心残りだけど、もう実力的には一級術師だ。不当な扱いを受けることはないだろう。
私が死んでも、既に発動した術式が無かったことにはならない…はずだ。
そう思っても、胸がチクリと痛む。
でも、死ぬべきだという義務感が消えることはなかった。
それでもただ死ねなくなったのは、多分菜々子と美々子のせいだ。
「ほら、このパフェ美味いっしょ?」
「…凄い行列だった。でも、輪がそんなに嬉しそうにするなら買って良かった。」
そう言いながら、美味しいフルーツパフェを食べる私を見て無邪気に微笑む目の前の二人。
私が死んだらこの二人の友人はどうなるんだろう。
この二人は、私が今まで出会った中で恐らく一番破滅的な女の子二人だ。
私はこの二人にどれだけ情が湧いても、非術師の皆殺しをするつもりは毛頭無かった。
そりゃ、二人の話を聞いて多少揺らいだことは認める。でも、だからと言って、これ以上私が罪を重ねて良い理由にはならない。
もし私が死んでも、夏油傑は非術師の皆殺しを諦めない。
それは今まで見た彼の狂いっぷりからも分かる。
その歪んだ真面目さゆえに、彼は死ぬまで止まることはない。
そして、この二人も彼に盲信して狂っている。
自分で考えることを放棄している。
狂わざるを、得ない環境にいた。
つまり、この二人も止まらない。
そして、夏油傑より先に、この二人が死ぬ確率は高い。
だって、この二人はそんなに強くない。
なら、私は友人として。
「この二人を、絶対に立ち止まらせる…!!」
それをやれる人は、どうやら私以外に居なくて。
だから、私はまだ死ぬわけにはいかなくなったのでした。
************
夏油傑視点
「本当によくやったね…!二人とも…!」
私は菜々子と美々子を抱きしめてそう感極まりながらも二人を労う。
「「ありがとうございます夏油様…!」」
二人も心底嬉しそうにそう言う。それが本当に可愛らしくて。二人の頭をいつものように撫でながら続ける。
「まさかここまで早く神楽輪の自死願望をどうにかできるとは思わなかったよ!これからも監視は必要だろうが、本当の意味で彼女が我々の仲間になる日も近い!」
「そうなると嬉しいです…輪はその…友達だから。」
そう照れながら美々子が言う。彼女がそうはっきりと言うのはかなり珍しい。
…本当に見事だ。彼女らの間には本物の絆がある。その証拠に、彼女らもバッチリと神楽輪の術式対象になっているようだった。
呪力量が飛躍的に上がっている。
…私の計画は、思ったより早く進みそうだ。
神楽輪が大量の猿供を殺し、その呪力を家族に還元することで、私たちは加速度的に強くなり、猿はどんどん弱っていく。
真奈美はその二人を苦々しく見て呟いた。
「彼女に気を許しすぎていないでしょうね?変に出し抜かれでもしたら…」
「なに?真奈美〜、嫉妬してんの?」
「は?」
そう菜々子と真奈美がいつものように互いに火花を散らし始めたので、私とラルゥが慌てて仲裁に入った。
「もう、いつもいつも…飽きないのが凄いわ」
「真奈美…良いんだよ。気を許しすぎて悪いことはない。彼女もいずれ真の意味で私たちの家族になるんだから。」
そう私が真奈美を諭すと、真奈美はそれでも不服そうな顔を崩さずに私を嗜めるように言う。
「しかし…本当に家族になるまでは彼女は警戒対象です。絆されるわけには…」
「だが、絆されなければ本当の家族になれない、だろ?」
「それは…」
「まあ、君の言うことも尤もさ。だから監視は続ける。だが…」
次の瞬間、私とラルゥ、ミゲルが同時に付近の呪霊の喪失反応に気づく。
コテージを警戒するように三重に徘徊させていた呪霊達の大部分が、一瞬で祓われた。
「オイ、夏油。」
「分かってるよミゲル。菜々子、美々子、すまないが直ぐに神楽輪を連れて他の皆と共に森の避難経路に。」
「ミゲルは残ってくれ。」
その一言で、場の全員が理解する。
呪術師に…場所が割れた。
「まさか…早すぎます!私たちの痕跡は勿論、所有者の金森と私たちの関係は、徹底的に消したはず…!」
真奈美のその狼狽えに、祢木と美々子、菜々子も当てられて動揺している。が、ミゲルとラルゥがそれを制した。
「ソンナコト今ハドウデモ良い。見ツカッタ。ソレガ全テダ。」
「そうね。今はさっさとやることやりましょ。さあ菜々子、美々子!早く輪ちゃんを!」
「わ、分かった!」
そう言って二人は駆け出す。
やがて神楽輪を二人で担いで連れてくると、裏口から他の家族と共に出て走って森の中に入った。
…これなら想定外の事態でもない限りうまく逃げ切れるだろう。
「五条悟カ?」
「いや…違うね。悟にしては呪霊の位置からここに来るまで遅すぎる。あいつならもうとっくにここに来てるはずだ。」
「ダガ…モウ来タヨウダゾ。」
次の瞬間、玄関の扉が木っ端微塵に吹き飛び、一人の影が飛び出て私に飛びかかる。
速い!
「シッ!!」
ミゲルがその影の進行方向に向かって黒縄を放つ。
が、その影はそれよりも速く私の目の前まで移動し、私の腹を蹴りながら別荘の壁を貫き、私を別荘の外まで吹き飛ばした。
私は咄嗟に呪霊を盾にしてその一撃を防ぎ、呪霊の群れでその影を潰しにかかる。
が、その影は即座に離脱し、私の前へと降り立った。
その影…和服を着た金髪の男は、悪辣な笑みを浮かべて吐き捨てるように話し始めた。
「それが呪霊操術かいな…俺は好きやないなぁ…群れるなんて雑魚のすることやろ?」
「嫌なこと言うねえ、君。同じ術師同士、仲良くしたいんだが。」
その一言に、ハッと笑い捨てて目の前の男は続ける。
「そういう仲間意識、家の連中もそうやけどほんま鬱陶しいわ。そんなんやから、甚繭くんみたいな枠から外れた天才を認めることもできへんのや。」
その瞬間、私は目の前の男を敵と認識した。
あの忌まわしい猿を親しげに話すこの男は…
「君、禪院家の人間か?あんな下等生物の猿を尊敬する態度では、実力もしれるね。」
「その下等生物に学生時代にボコられたのはどこの誰やったっけ?」
「俺は禪院直哉…傑くんと、神楽輪を殺そう思うてな、他の連中から抜け駆けして来たんや。悪いけど、死んでもらうで。」
禪院家…ならば術式は…いや、それよりも抜け駆けということは、他の術師もここに来ているということ。
…なら、彼の馬鹿げた行動は、私にとって大変ありがたい!
私は次の瞬間、仙台市を囲むように結界に秘匿して配置していた呪霊1500体と、さらに物理的に山奥不覚の地下に秘匿していた呪霊500を即座に解き放ち、命令を下す。
無論、指令は猿共の鏖殺。
「ドウスル?夏油。俺モ手伝オウカ?」
「いや、いいよ。ミゲルは他の術師が来ないか念のため警戒しておいてくれ。この男の相手は…」
「私一人で十分だ。」
ここに、過去最大級の呪い合いが、幕を上げた。