今回だいぶ文字数長めです。
神楽輪視点
真依との忘れられない夜を経た数日後、私は楽厳寺学長の部屋の扉の前にいた。
楽厳寺学長に呼び出された理由は、真依と結局予定外に二日泊まり続けたこと…さらに二日激しすぎる夜に参って寝込んだことによるお叱りではないと思いたい。
それに関してはもう先日散々お小言を頂いた。
今日呼び出されたのは、まず間違いなく私の術式のことだろう。
先日お小言を頂いた際に、私の術式について話し合いたいと真剣にお願いした結果、今日呼び出されたというわけだ。
ドアをノックして返事を待ち、ドアノブを開けて部屋へと入る。ここに入ると毎回緊張する。
「失礼します。」
「よく来たの、輪。座りなさい。」
「ありがとうございます。」
私は楽厳寺学長の机の前の椅子へと座る。
彼のことは尊敬しているし、育ての親なので親しみもあるが、この場だとどうも取り調べされている様で少々落ち着かない。
「楽厳寺学長。要件というのは…私の術式のことですか?」
「…ああ、そうだ。その様子を見ると、既に夏油傑から吹き込まれている様じゃの。」
そう言うと彼はため息を吐きながら緑茶を飲んだ。
「……私の術式は、単に術式対象の力を上げ下げするのではなく、呪力や生命力を略奪して与える…そういうもの、ということで、間違いないんですか?」
「………間違いない。」
私は震える声を飲み込みながら努めて冷静を保とうとしつつ次の言葉を喉から出す。
「わ、私が100人以上の非術師をその能力で生命力と呪力を奪い尽くして、殺したと言うのも…」
「………間違いない。」
視界が軽く歪む。そうなのか。…やっぱり、本当だったのか。
「なら…なら何で私はまだ処刑されてないんですか!?」
重い沈黙。やがて楽厳寺学長は断固とした声で話し始めた。
「…お主ならそれも分かっておろう。簡単な話だ。お主はもう術式を制御できる。故に害は無く、利しかないと、そうわしも含めた上層部は…」
「そんなの…そんなの筋が通らないじゃないですか!!」
私は思わず楽厳寺学長の言葉を遮り、立ち上がって叫ぶ。そんなことをしたのは初めてだが、無我夢中だった。
「な、何で罪に対して罰が無いんですか!!利とかそんなの関係なく!私は裁かれるべきだった!!」
そう。好き嫌いで人を呪い殺したなら、それはもうただの呪詛師で。
なら、当然私は裁かれるべきだった。
「………世の中には、罪と罰以上に、優先されることがある、ということだ。」
「そんな…」
「それにの、輪。お主は確かに大勢の人間を殺した。それより大勢の人間を不幸にしたと言える。しかしの。」
楽厳寺学長は立ち上がり、私に近づいて諭すように話し始める。
「これからより多くの人を救える可能性もあるのだ。…それで罪が無くなるとは言わん。だがの。」
楽厳寺学長は私の肩を叩いて、静かに私を見つめて言った。
「早々に裁かれ罪から解放されるよりも、罪を背負って自分を呪い、人を助ける。その方が、よほど辛い罰であり、多くの人がこれから幸せになる道だ。」
「過去は変えられん。だがこれから先はいくらでも変えられる。お主はお主が助けられる人々を見捨てて早々に死ぬ道を選ぶのか?」
「真依を見捨てて死ぬ道を選ぶのか?」
そうだ。楽厳寺学長の言うことは正しい。どうしようもなく。
私は楽になろうとした。
…それに気づいて更に自分が嫌いになった。
罪さえも、逃げる言い訳にしかけた。
でも、今は。これからは!
「…なら私は、罪を背負っていきます。呪いで理不尽な目に遭う人を少しでも減らせるように。」
そう宣言する私に楽厳寺学長は静かに頷いた。
そしてまた厳かに座り直す。
お茶を啜り、静かに微笑んだ。
「ならば良い。お主がどれだけの人を助けていくのか、楽しみにしておるぞ。」
「はい。それと…実はお願いが。」
そう言って意を決した私は楽厳寺学長を見る。
「私の術式を、京都高専の皆には知らせておきたいんです。その許可をください。」
すると、楽厳寺学長は少し驚いた顔で問いかけてくる。
「良いのか?」
「ええ。やっぱり私が普段お世話になってる皆は知っておくべきだと思いますし…彼らは信頼できるとようやく実感で分かりましたから。」
話が終わり、頭も冴えた。
退出の際の礼をして、私は部屋から出る。
…まずは訓練だな。
黒縄の所有者はミゲルから私になった。
あの呪具を使えば、戦闘の仕方にも幅が生まれるだろう。
もっと、私は強くならないと。
人を、たくさん救うために。
呪いで、かつての私のように他人を傷つける存在の敵となると決めたのだから。
私にはその義務がある。
そうして、私は訓練場へと駆け出した。
****************
楽厳寺学長視点
取り敢えずは輪の説得をできたことに安堵し、わしは件の事件の書類に目を通す。
東南アジアにおける一級以上と思われる呪力の反応。まだ可能性の範囲の域を出ないが、都市部付近での呪霊の発生となれば危険度はかなり高い。
万が一にでも呪いの存在が海外で明るみになる事態だけは避けねばならない。
かと言って相手は一級レベルの呪力を発している。
並の術師では返り討ちに遭いかねない。
…五条悟に頼るのは癪だが、そもそも奴は国内の一級以上の呪いへの対処の予定でしばらくまともな予定の空きはない。
まあ、冥冥一級術師を高い金で雇って偵察に向かわせてはいる。
それで終わればよし。偵察の結果を順当に待つか…
そう思案を終えて茶を啜ると、扉をノックする音が聞こえてきた。
「入りなさい。」
すると、加茂が入ってきた。
「何の用じゃ?加茂。」
「いえ。少し学長殿にお聞きしたいことがありまして。」
「ふむ。というと?」
「夏油傑の一派であった二人を京都高専に預かることになったとか。…正気ですか?」
短い沈黙。少ししてから答え始める。
「……無論正気だ。お主の言いたいことも分かるが、あの二人は問題なかろう。自白に強い術師も使うたが、計画などを漏らすことはなかった。あれは真に輪を慕っておる。」
「慕っていると言っても、ほんの一ヶ月共に過ごしただけでしょう。何故そこまで…?」
その疑問ももっともだ。…そう言えば加茂の奴も輪の術式の全てを理解しておるわけではなかったな。まあ、取り立てて話すほどでもない言わば副作用のようなものじゃが。
「ふむ。そう言えばこのことは話題にしたことはなかったの。輪の術式の軽い副作用の様なものなのだが。」
「輪の…?」
「ああ。お主も輪の術式が好感度によって対象を認識し、呪力と生命力を奪うか、与えるかを決めるのは知っておるな?」
「ええ。それが?」
そう。本人は知らなくても、加茂憲紀とわし、後は極一部は元から輪の本当の術式効果を知っていた。
故に夏油にも漏れることとなったのだが…
まあ、今の輪なら周りに漏れてもさほど心配はいるまい。
「その際に、対象者の魂に、輪が相手をどう思っているか…その感情が、直接叩きつけられるのだ。お主も心当たりはあるのではないか?」
「………言われてみれば。確かに、彼女が私に友情を感じているのが、何故か何の疑いもなく理解できました。」
「そうじゃろう。故に、それは相手の感情を大きく揺さぶるのだ。」
「言葉や表情などの上っ面ではなく、魂で直接相手にどう思われてるか分かる、というのは意外と劇的なものでの。」
「例えば先の禪院家の倅の暴走。あれも輪の術式を途中で解除されたとはいえ、喰らった。」
「つまり、魂の底までお前が嫌いだと吐き捨てられる様なものだ。それはそう簡単に無視できるものではない。逆もまたしかり。」
そう端的に説明し終えると、加茂は納得した様に頷いた。
「…理解できました。つまり、その二人も輪が己を好いていると魂の奥底まで理解したと。」
「まあ、それに対してどう反応するかは個人次第じゃがの。少なくとも絆を深めやすいのに違いはあるまい。」
「お主のように友愛に友愛で返すものも居れば、己に向けられる敬愛に愛情を抱くものもおる…三輪のようにな。」
「ああ。三輪が最近輪とよく一緒にいるのはそういう理由でしたか。」
加茂はそれだけで納得した様で、短く思案した後に礼をして部屋を去っていった。
…輪の奴を大事に思うとる者がここまで増えた。
育ての親としては、少々感慨深いの。
そうぼんやりと思いながらわしは茶を啜った。
****************
三輪霞視点
こんにちは!最近輪さんの術式のおかげで準一級になった、それなりに役に立つ三輪です!
そんな私ですが今実はなんと…
「ど、どうかな?私の水着姿、変じゃないかな?」
「超似合ってますよ!可愛すぎます!」
想い人の輪と水着で屋内プール施設に来ています!
「大阪府内の屋内の温泉及びアミューズメントを含めた総合施設での呪霊の発生…ですか?」
私と輪は補助監督の車の後部座席の隣同士で座りながら、田辺さんから受け取ったタブレットで資料を一緒に眺めていた。
「えェ。どうやら、一級の呪霊、もしくは呪詛師が、大勢の人間が集まる場所を狙って、施設に入り込んだ様で。」
「行方不明者をくまなく捜索しても残穢が残るのみで、影も形もありませんでした。」
「それなりの行方不明者が短期間で出てしまったため、緊急で救出と討伐任務が組まれたという訳ですよ。」
「その割には、報道されてませんね?」
「それはまァ、我々からとりあえずストップをかけました。人気がなくなって別の場所にターゲットが移ることだけは避けたいですから。ですので早々に討伐しなければなりません。」
そう言うと深刻そうに田辺さんは固く凝り固まった眉を揉んだ。
…どうやら急遽大掛かりな任務を組む必要性にかられ、働き詰めのようだ。
「被害者は…小学生の子供が二人に、女子高生の二人、シニア層のご夫婦が一組…ですか。これが一日でとなると、かなり活発な呪霊か呪詛師ですね。見境もない。」
そう輪が顔を顰めて厄介そうに資料を眺めている。
「えェ。ただ、見境がないというわけでも無さそうで。」
「というと?」
すると、田辺さんはこちらの反応を気にしつつ話し始めた。
「その…どうやら、特定のカップルシートをご利用の方達…その中でも恋愛関係にある方達が、狙われている様でして。お二人には、付き合っている演技をしてもらいたいんですよ。」
「「え?」」
暫くの沈黙。そして当然の疑問が輪の口をついた。
「じゃあなんでその…真依との任務じゃないんですか?」
その問いに、露骨に不機嫌そうな、ただでさえ固い表情をさらに固くしながら、田辺さんはブツブツと答えた。
「そりゃァ、以前真依さんと輪さんがホテルに泊まった時の件ですよ。貴女達は我々に無断で、スイートルームの予約に空きがあったのをいい事に、延長の連絡と送金をした挙句、結局2日丸々閉じこもってましたよねェ。」
「う…」
「そのうえ、貴女は真依さんとその…激しい運動をしていたので、体が弱い貴女は、帰ってきてからも2日間満足に動くこともできなかった。」
「その節はどうも…」
輪は顔を赤くして申し訳なさそうに小さくなっている。
「急ピッチで予定を組み直して任務諸々の連絡に駆け回った我々の身にもなって欲しいですねェ。」
「申し訳ありませんでした…」
ああ。輪が暫く寝込んでたのってそういう…そう納得すると同時に、言いようのない胸焼けが私を襲った。
「つまりその…以前と同じ様にならないために?」
「えェ。私が上に進言しました。交際されるのは結構ですが、術士としての本分を忘れてもらっては困りますのでねェ。」
要は、任務を忘れてプールデートに輪と真依がはしゃがない様に、私が組まされたという事らしい。
…真依には申し訳ないが、これはチャンスだ。めちゃくちゃ都合良すぎて小躍りしたくなるのを必死に抑える。そして努めて冷静に戻る。
浮かれそうになっても、これはあくまで任務。人死にがかかっている以上、責任は常に私たちにある。
「交際していた同性の女子高生二人も被害に遭ったことから、お二人で演技をすれば釣れると判断しました。まあ、そういうことですので。悪く思わないでくださいねェ。仕事なので。」
「「了解です。」」
そう私と輪が同時に相槌を打つ。
思わずハモったことに嬉しくなって、少し照れくさくて顔が赤くなる。だめだ私。仕事!これは仕事!
「ただ、演技と言っても、固すぎるとバレる可能性もあるので、まあそれなりに楽しんでください。では、向かいましょうか。」
そう言葉を残すと、田辺さんは器用に混み合った駐車場の中から空いた場所を見つけ出し、車を止めて私たちに出るように促した。
「それでは、私はここで待機しています。もし釣れなかった場合は、ここに戻ってきてください。ご武運を。」
そう気を引き締めるかのように田辺さんは言う。
そう。これは任務。任務でも…この浮かれた場所の雰囲気と、輪の水着姿を見てその意識を保てるか不安だった。
…でも。もし一瞬でも気が緩んだ隙に誰かが死んだら。それは洒落にならない。
呪術師なら、その視点は常に持っていなければならない。
一瞬の油断で、誰かが、自分が死ぬかもしれないということ。
私のせいでそうなったら、輪は絶対に自分のせいだと背負おうとする。それだけは嫌だ。
それに、この任務で手柄を立てれば私の一級昇格への一歩ともなる。
家族を養うことも、私の第一目標なのは変わらないのだ。
私はピシャリと頬を手で叩いて気合いを入れる。
「よしっ!頑張りましょう!」
そう私は歩き出そうとすると、
「ねえ三輪ちゃん。ちょっといい?」
そう言って輪が真剣な声音で背後から話しかけてくる。私はそれに振り返って
ぷに
……なぜか微笑んでいる輪は、私の頬に指を当てていた。
「えっと…なんですか?」
そう思わず困惑して問いかける。すると輪は微笑みを浮かべて話し始めた。
「三輪ちゃん。三輪ちゃんが真面目なのは私もよく分かってる。本当に偉いと思う。」
……言葉だけでなら人は何とでも言える。でも、私には彼女のそれが紛れもない本音だと分かる。一度彼女の術式を浴びた夏油が襲来したあの日、
『私はね、初めて会って、お金がなくて厳しい生活を送ってる家族のために働いてる三輪ちゃんを見て、眩しいって思ったんだ。』
『こんな眩しい人がいるのかって。そんな三輪ちゃんのことが私も大好きだよ。』
彼女が本心でそう言っていると、私を敬愛しているのだと、魂の奥底まで分からせられた。
それが術式の効果なのだと分かったのは彼女が自身の術式の説明を皆んなの前でしたつい最近のこと。
だから、術式を受けていない今でも、彼女が本音で私を褒めているのは何となく分かる。
そんなの…そんなの狡いじゃん!
「でもさ、今はカップルの演技するわけなんだし、折角なんだから楽しみながら行こうよ。」
「でも…人の命がかかってるんだしやっぱり緊張していかないと不味くないですか?」
「うん。そうだね。だから、楽しみながらいつでも警戒に意識を切り替えられるようにしよう。」
そう朗らかに彼女は笑った。その笑顔に私は魅了されている。
「…成る程。確かにそれが一番合理的ですね。そうしよう!」
そう私も無理矢理納得する。
こうして私たちの楽しい、けれど危険に満ちた任務は始まったのだった。
ああ…やっぱり私は輪の一番になりたいなあ
そんな想いを、胸に秘めて。